「ご連絡いただいた、三澄さまですね?」
「は、はい、そ、そうです」
車から降りながら話しかけると、彼女は青ざめた顔のままにコクコクと頷いた。
「はじめまして、駆除員の周十四郎と申します」
十四郎はよそ行きの笑顔を浮かべて、名を名乗る。
フルネームを名乗るのは、分裂少女駆除法にそう規定されているからである。
少女駆除員は、一人残らず周という姓であるがゆえに、個人の識別は名前の方で行うしかないからだ。
「早速ですが、駆除対象はどちらでしょう?」
「は、はい。寮の……四階奥の角部屋なんですけど……」
彼女の視線が動くのを追って、十四郎は建物の方へと目を向ける。
一見すると分譲マンションのようにも見える六階建ての立派な建物。
その中で灯りが点っているのは一部屋だけ。四階の角部屋、あそこに駆除対象がいるということらしい。
他の部屋に灯りが点いていないのは、恐らく生徒たちの避難が完了しているということなのだろう。
「発症に気づかれたのはいつ頃でしょう?」
「は、はい。あの……今日の昼過ぎ、たまたま部屋の前を通りかかった子が目撃して……」
「なるほど、部屋の中にいたのは何人か分かりますか?」
「その子が言うには三人だったと……」
「なるほど」
三人なら、オリジナルとレプリが二体。事前情報通り、発症二日目だ。
時間的には、まだまだ慌てる必要はない。
「それでは、早速駆除に取りかかろうと思うのですが、この寮の責任者は?」
「は、はい、本来は理事長なのですが、緊急時には私が代行することになっています」
「結構です。それでは、これに目を通して、サインと捺印をお願いします」
十四郎が鞄から取り出した書類を目にして、彼女は戸惑うような顔をした。
「駆除同意書?」
「ええ、どうしても少しは建物を破損させてしまうことになりますので……保険は入っておられますよね」
「も、もちろんです。年頃の女の子を預かる寮ですから」
「結構です。三枚複写になっていますので、捺印は三枚ともにお願いします。一番下はそちらの控え、あとの二枚を戻していただければ結構ですから。保険の申請の際には、駆除同意書の控えと、後ほど郵送させていただく駆除完了証明書のコピーの添付が求められますから、大切に保管してください」
「わ、わかりました」
「あとは……こちらの通報褒賞の振込先にもご記載をお願いします。駆除完了一週間ほどで、薄謝ではありますが褒賞を振り込ませていただきますので」
通報褒賞という言葉を聞いた途端、ほんの一瞬ではあるが、彼女の表情が緩んだ。
褒賞が意外と馬鹿に出来ない金額なのは有名な話。多少顔が緩んだとしても、彼女を不謹慎と責めるのは酷だといえよう。
彼女はざっと書類に目を通すと、「少しお待ちください」と寮の中へと入っていく。そしてしばらくたって、署名捺印済みの書類を手に戻ってきた。
手渡された書類を確認しながら、十四郎は彼女に問いかける。
「事前にオペレーターからお伝えしているとは思いますが、最低限、真下と真上、それと両隣の部屋の方には避難していただいた方が良いですね。流れ弾の危険性もありますので」
「は、はい、それは大丈夫です。寮生は皆、研修施設の方へ避難させておりますので」
「結構です」
危険なのはあくまで流れ弾であって、駆除対象自体は近づきさえしなければ、モンシロチョウよりも害がない。少なくとも発症後七日を越えるまでは……ではあるが。
十四郎は、あらためて周囲をぐるりと見回す。
寮の周りに高い建造物はなく狙撃は不可能。ということは突入による処理しか選択肢はない。
「それでは三澄さま、誠にお手数ですが、屋上への行き方を教えていただけますか?」
「屋上?」
「ええ、正面から踏み込むのはリスクが高すぎますからね。屋上からロープを使って、ベランダに降ります」
実際のところ、リスクが高いというのはかなり控えめな表現である。
真正面からレプリと対峙しようものなら、普通の人間であれば、数秒の内に肉塊へと変えられてしまう。
それは、いくら訓練を積んだ駆除員とて変わりはない。
レプリというヤツは、それほどにデタラメな化け物なのだ。
唯一の駆除方法はオリジナルを殺すこと。オリジナルを発見して即座に射殺することである。
もちろん、オリジナル自身はただの少女であり、レプリのような怪力も狂暴性もない。
ゆえに、こういう状況になった際には大抵、駆除されることに怯え、扉から離れて部屋の一番奥で膝を抱えて泣いている。
十四郎たち駆除員は、それを背後から襲うのだ。
人聞きは悪いが、人知を超えた化け物を相手に、卑怯もへったくれもあったものではない。
いや、それ以上にお役所的効率主義の前には、人道主義的主張はひれ伏すしかないのである。
三澄女史の後について、エレベーターで六階へと上がり、そこから階段を上って屋上へと足を踏み入れる。
屋上には、貯水タンクやアンテナの他には何もなかった。
そもそも点検以外で人が上がる想定はないのだろう。柵やフェンスの類すらついていない。
もちろん、これからロープ伝いに下に降りる分には、その方が都合が良いのだが。
屋上の床部分には、改正建築法の通りに登攀ロープを固定する金具がついている。
この十年以内に建造された四階以上の建物には、この金具の設置が義務付けられているのだ。
建築法改正の当初、空き巣被害が増えることが懸念されたらしいが、実際はさほど影響はなかったと、そう聞いている。
それはそうだろう。
ロープ伝いに侵入するというのは、それなりに経験と技術が必要なのだ。
金具があるから誰にでも出来るかといえば、そんなことはない。
十四郎は、ハーネスのベルトを強く締め、カラピナでロープと金具を接続する。
部屋の間取り図を確認すると、十二畳のワンルーム。
繰り返すようだが、流石お嬢様学校の寮である。実に残念なことに、十四郎の住まう安アパートよりも遥かに広かった。
恐らくオリジナルはこのあたりで蹲っているだろうと、図面だけでも予測は出来る。
世の中、個性、個性と声高に主張する者はいるが、いざ生命の危機に陥れば、人間の行動にはほとんど差がない。
十四郎は、鞄からホルスターを引っ張り出し、腕を通す。
この条件なら特殊装備は必要ない。
拳銃はナンブEX、信頼の国産、軽井沢で製造された支給品。
装填されてる弾頭は、ブラックタロンEPである。
殺傷力の高いホローポイント弾には違いないが、ハーグ陸戦条約の規制範囲外だ。
ウィンチェスター社が二千年に販売を停止した後、日本政府が少女駆除用にライセンスを買い取って、国内の企業で委託製造している。
もちろん、これも支給品。
正直、十四郎には銃のこだわりなどない。
レプリ相手には銃など等しく役に立たないし、ターゲットとなるオリジナルの方は、頭を撃ち抜けば、銃の種類に関係なくまず間違いなく死ぬのだから。
相手は訓練された兵士でもなければ、抗争慣れしたヤクザでもない。
十代半ばの普通の少女なのだ。猛獣狩りではない、兎を狩るよりも簡単。
十四郎の腕なら寸分違わず少女の眉間を打ち抜くことぐらい訳はない。
ただのルーティンワークだ。
だが、駆除員の中には射撃が得意ではない者もいるのだ。
当たれば威力の大きいホローポイント弾が支給されるのは、そんな理由からである。
もちろん威力の大きさゆえに、原形をとどめぬほど頭を吹っ飛ばすことになってしまうし、非人道的だと言われれば反論のしようもないのだが、公務員としては与えられたもので市民の皆様に感謝しながら、公務に従事するのみである。
そう、皆さまから納めていただいた税金を弾丸に変えて、感謝の気持ちとともに、幼気な少女の頭を吹っ飛ばすのだ。
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