十四郎は、時計へと目を落とす。
二十時十五分。そろそろだ。
彼がいるのは、アパートにほど近いコンビニの駐車場。
そこに車を停め、通りに車を乗り入れるタイミングをはかっている。
恐らくアパート前の通りに繋がる角の辺りは、警察が封鎖していることだろう。
マスコミや野次馬たちは、近隣住民たちとともに強制的に遠ざけられている筈だ。
発症者が発見されれば、その周囲二キロに亘って、広く避難指示が出される。
大袈裟なようにも思えるが、レプリの能力を思えば必要な措置。
アルゼンチンで発生したスタンピートにおいては、レプリが放った投石が、アルゼンチン共和国軍の爆撃機を撃墜することさえあったのだ。常識で推し量れる存在ではない。
レプリにかかれば、ただの投石がキャノン砲並みの威力を持つのだから。
ただの石礫がFMA-IA58の胴体を貫くシーンが当時、ニュースで何度もリピートされ人々の恐怖心を煽ったものである。
最初に警察が踏み込んでから一時間余りが経った今、この周辺がこれほどまでに静かなのは、ほとんどの住人が避難し終えているからだろう。実際彼が今、車を停めているこのコンビニも完全に灯りが消えている。
警察が出来ることと言えば、野次馬を遠ざけることと、誤ってアパート前の通りに入ってくる車の無いように、通りの入り口を封鎖することぐらいだ。
実際、レプリを相手に警察などクソの役にも立ちはしない。
ラジオは、しきりにこの事件のあらましと、周辺住民への避難指示をがなり立てている。
二十代男性が発症者を隠匿していた。
少女駆除員が――と報道されないのは、報道規制が掛かっているのだろう。
本来、発症少女を駆除するはずの人間が、それを隠匿したとあっては、市民からの風当たりは凄まじいものになるのは想像に難くない。行政への信頼は失墜する。お偉いさん方はそう考えているに違いない。
アナウンサーは淡々と被害状況を読み上げる。
部屋に踏み込んだ警察官がレプリに襲われ、死者一名、重傷者一名。
明日の新聞の一面は、十四郎と鈴で一杯になることだろう。鈴を無事脱出させることができれば尚更だ。
(……そろそろだな)
二十時十六分。
十四郎は、鍵を回してエンジンをスタートさせた。
◇ ◇ ◇
二十時十六分。
発症者には、まだ動きがない。
光学スコープから目を離して、九也は瞼の上から眼球を指圧する。
持久戦は勘弁してほしい。どうせ死ぬのだから、早く出てくればいいのに。
――と、彼は胸の内で独り言ちた。
ここへ来る前に受けた報告では、未成年者略取の容疑で踏み込んだ警察官の内、一人がレプリに腕を引きちぎられて重傷、一人は窓の外へとぶん投げられて死亡したのだという。
ま、そりゃそうだろう。
むしろ、それぐらいで済んで良かったねというのが、正直な感想である。
追い詰められたオリジナルが恐慌状態にでも陥れば、レプリたちが暴れ出して、警察官どころか周囲数百メートル内の住人が軽く全滅コースなのだから。
警察から齎された情報に拠れば、レプリの数は四。部屋に十四郎の姿はなく、オリジナルらしき個体の姿も見当たらなかったらしい。
ま、レプリとオリジナルが離れることは有り得ないから、たぶん押し入れにでも隠れていたのだと思うが。
とはいえ、発症者とレプリが登場した時点でもう、これは警察の仕事ではない。
九也たち、少女駆除員の業務である。
窓から見る限り、周辺の家屋に灯りの点いている家はない。警察の避難誘導はほぼ完了しているということだろう。
そして、この静けさが続けば、どうなるか。
発症者自体は素人、ただの女子高生なのだ。
警察に発見されたという事実に加えて、周囲に人の気配が無くなれば、どうにかして逃げ出そうと画策するはずだ。
もちろん、観念して自決……という流れも無い訳ではないが、九也個人としては、その選択は楽しくない。
スパンと、一撃で頭を吹っ飛ばした時の爽快感は癖になる。
それは、少女駆除員だけに与えられた特権なのだ。
仕事として、合法的に可愛らしい女の子を台無しに出来るのだ。
たまらない。
時刻は二十時十八分。
九也は渇いた唇を一舐めして、再び光学スコープを覗き込む。
ここからでは、十四郎の部屋は直接狙えない。
だから、アパートからその前の道へと出る私道、そこに立っている街灯の下にオリジナルが入ったら、そこがキルゾーンだ。
(早く来いよ……)
そんな思いが通じた訳でもないのだろうが、暗闇の中に人影が蠢くのが見えた。
(来た!)
九也は、スコープを覗きながら引き金に指を添える。
光学スコープの円形に切り取られた視野。暗闇の中に白いシャツが動いている。数は四つ。その真ん中の五つ目の影が恐らくオリジナルだろう。
(……いや、慌てるな。もっと観察するんだ)
過去にもレプリに服を着せ、自分が裸になって欺こうとした少女がいた。それぐらいは普通の知能があれば、考えつくことだ。
少女たちの一団が街灯の下へと差し掛かったところで、九也は中央の人物に照準を合わせると、即座に判断を下した。
(……オリジナルだ)
真ん中にいるのは制服姿の女の子。金髪の割とかわいい女の子だ。
それがキョロキョロと左右を見回している。
レプリは、あんな怯えるような動きをしない。
判断を下したその瞬間、無意識に指が動いて引き金をひいていた。
銃口で爆ぜた炎が空気を焦がし、耳に痛い破裂音。反動による衝撃が腕を這い上がってくる。
そして、それに抗いながら九夜は見た。
スコープの向こう側で、熟れすぎた果実のように、ぐしゃりと赤い飛沫を上げて破裂する少女の頭部を。
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