SISTER1,000,000

シスターミリオン~百万人妹大逃亡!
円城寺正市
円城寺正市

●17 ヘッドショット

公開日時: 2020年9月28日(月) 23:00
文字数:2,241

 十四郎は、時計へと目を落とす。


 二十時十五分。そろそろだ。


 彼がいるのは、アパートにほど近いコンビニの駐車場。


 そこに車を停め、通りに車を乗り入れるタイミングをはかっている。


 恐らくアパート前の通りに繋がる角の辺りは、警察が封鎖していることだろう。


 マスコミや野次馬たちは、近隣住民たちとともに強制的に遠ざけられている筈だ。


 発症者が発見されれば、その周囲二キロにわたって、広く避難指示が出される。


 大袈裟なようにも思えるが、レプリの能力を思えば必要な措置。

 

 アルゼンチンで発生したスタンピートにおいては、レプリが放った投石が、アルゼンチン共和国軍の爆撃機を撃墜することさえあったのだ。常識で推し量れる存在ではない。

 

 レプリにかかれば、ただの投石がキャノン砲並みの威力を持つのだから。


 ただの石礫いしつぶてがFMA-IA58の胴体を貫くシーンが当時、ニュースで何度もリピートされ人々の恐怖心を煽ったものである。


 最初に警察が踏み込んでから一時間余りが経った今、この周辺がこれほどまでに静かなのは、ほとんどの住人が避難し終えているからだろう。実際彼が今、車を停めているこのコンビニも完全に灯りが消えている。


 警察が出来ることと言えば、野次馬を遠ざけることと、誤ってアパート前の通りに入ってくる車の無いように、通りの入り口を封鎖することぐらいだ。


 実際、レプリを相手に警察などクソの役にも立ちはしない。


 ラジオは、しきりにこの事件のあらましと、周辺住民への避難指示をがなり立てている。


 二十代男性が発症者を隠匿していた。

 

 少女駆除員が――と報道されないのは、報道規制が掛かっているのだろう。

 

 本来、発症少女を駆除するはずの人間が、それを隠匿いんとくしたとあっては、市民からの風当たりは凄まじいものになるのは想像に難くない。行政への信頼は失墜する。お偉いさん方はそう考えているに違いない。

 

 アナウンサーは淡々と被害状況を読み上げる。


 部屋に踏み込んだ警察官がレプリに襲われ、死者一名、重傷者一名。


 明日の新聞の一面は、十四郎と鈴で一杯になることだろう。鈴を無事脱出させることができれば尚更だ。

 

 (……そろそろだな)


 二十時十六分。


 十四郎は、鍵を回してエンジンをスタートさせた。



 ◇ ◇ ◇



 二十時十六分。


 発症者には、まだ動きがない。


 光学スコープから目を離して、九也はまぶたの上から眼球を指圧する。


 持久戦は勘弁してほしい。どうせ死ぬのだから、早く出てくればいいのに。

 

 ――と、彼は胸の内で独り言ちた。

 

 ここへ来る前に受けた報告では、未成年者略取の容疑で踏み込んだ警察官の内、一人がレプリに腕を引きちぎられて重傷、一人は窓の外へとぶん投げられて死亡したのだという。


 ま、そりゃそうだろう。


 むしろ、それぐらいで済んで良かったねというのが、正直な感想である。


 追い詰められたオリジナルが恐慌状態にでも陥れば、レプリたちが暴れ出して、警察官どころか周囲数百メートル内の住人が軽く全滅コースなのだから。


 警察からもたらされた情報に拠れば、レプリの数は四。部屋に十四郎の姿はなく、オリジナルらしき個体の姿も見当たらなかったらしい。


 ま、レプリとオリジナルが離れることは有り得ないから、たぶん押し入れにでも隠れていたのだと思うが。


 とはいえ、発症者とレプリが登場した時点でもう、これは警察の仕事ではない。

 

 九也たち、少女駆除員の業務である。


 窓から見る限り、周辺の家屋に灯りの点いている家はない。警察の避難誘導はほぼ完了しているということだろう。


 そして、この静けさが続けば、どうなるか。


 発症者自体は素人、ただの女子高生なのだ。


 警察に発見されたという事実に加えて、周囲に人の気配が無くなれば、どうにかして逃げ出そうと画策するはずだ。


 もちろん、観念して自決……という流れも無い訳ではないが、九也個人としては、その選択は楽しくない。


 スパンと、一撃で頭を吹っ飛ばした時の爽快感は癖になる。


 それは、少女駆除員だけに与えられた特権なのだ。


 仕事として、合法的に可愛らしい女の子を台無しに出来るのだ。


 たまらない。


 時刻は二十時十八分。


 九也は渇いた唇を一舐めして、再び光学スコープを覗き込む。


 ここからでは、十四郎の部屋は直接狙えない。

 

 だから、アパートからその前の道へと出る私道、そこに立っている街灯の下にオリジナルが入ったら、そこがキルゾーンだ。


(早く来いよ……)


 そんな思いが通じた訳でもないのだろうが、暗闇の中に人影が蠢くのが見えた。


(来た!)


 九也は、スコープを覗きながら引き金に指を添える。


 光学スコープの円形に切り取られた視野。暗闇の中に白いシャツが動いている。数は四つ。その真ん中の五つ目の影が恐らくオリジナルだろう。


(……いや、慌てるな。もっと観察するんだ)


 過去にもレプリに服を着せ、自分が裸になってあざむこうとした少女がいた。それぐらいは普通の知能があれば、考えつくことだ。


 少女たちの一団が街灯の下へと差し掛かったところで、九也は中央の人物に照準を合わせると、即座に判断を下した。

 

(……オリジナルだ)


 真ん中にいるのは制服姿の女の子。金髪の割とかわいい女の子だ。

 

 それがキョロキョロと左右を見回している。


 レプリは、あんな怯えるような動きをしない。


 判断を下したその瞬間、無意識に指が動いて引き金をひいていた。

 

 銃口で爆ぜた炎が空気を焦がし、耳に痛い破裂音。反動による衝撃が腕を這い上がってくる。

 

 そして、それに抗いながら九夜は見た。

 スコープの向こう側で、熟れすぎた果実のように、ぐしゃりと赤い飛沫しぶきを上げて破裂する少女の頭部を。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート