SISTER1,000,000

シスターミリオン~百万人妹大逃亡!
円城寺正市
円城寺正市

●12 出口が見つからない

公開日時: 2020年9月28日(月) 13:00
文字数:3,014

 座卓の上には、料理が並んでいた。


 卵焼きに、レバニラ炒めに、お味噌汁に冷ややっこ。


 ちゃんと一汁三菜の、実に立派な晩御飯である。


「冷蔵庫にあったものだけで作ったから、大したものじゃないけど……」


「驚いた……鈴、料理できるんだな」


「どういう意味よ!」


「人は見かけによらないってことだ」


 物言いはそっけないが、十四郎としては無茶苦茶嬉しい。


 嬉しいのだが、それをどう表現していいのか分からない。


「お兄ちゃんって、ほんとデリカシーの欠片もないよね。モテないでしょ?」


「まあ、こんな仕事してるとな」


「ふーん……仕事のせいだけじゃないと思うけどねぇ」


 ジトっとした目を向けてくる鈴から視線を逸らして、十四郎は卵焼きを一口かじる。


「……うまい」


「ほんと?」


「ああ、なんだこれ? 俺がつくるのと何が違うんだ?」


「ふっふーん。やっぱ愛情ってやつ? そりゃもう愛情いっぱい込めたから」


「あ、そういうのはいいから」


「ちょっと!? お兄ちゃん!」


 形もいびつで、焦げ目も多くて、硬くて、ちょっと焼きすぎじゃないかと思うのに、どういう訳かおいしい。


 実のところ、十四郎にはなんとなくその理由は分かっている。


(何を食べればおいしいかではなく、誰と食べればおいしいか……か)


 つまり、そういうことだ。


 ひとしきりの食事を終え、鈴が洗い物を済ませてくれている間にシャワーを浴びる。


 それから一時間ほどテレビを見ながら寛いだ後、電気を消してベッドに横たわった。


 ベッドには、先に鈴が寝転がっている。


 背中に彼女の体温を感じた。


「その……お兄ちゃん、大丈夫?」


「なにが?」


「なんか、暗い顔してる」


「気のせいだ」


 むしろ、今日は誰も殺してはいないのだ、十四郎は。


 大丈夫? などと、心配されるようなことなど何もない。


 強いていうなら、今日自分の前に立ちはだかった発症者の兄、彼の態度を見て、それはそうだ、そうするよな。だって妹なんだから……と、おかしな共感をしてしまったことぐらいだろうか。


(あのまま部屋に突入してたら、俺はあの少女を撃てただろうか?)


 分からない。


 撃てたかもしれないし、撃てなかったかもしれない。


 だが、レプリのいる只中に突っ込むのだ。


 コンマ数秒の躊躇ちゅうちょが即座に死に繋がる。


 撃てなかったら十四郎は、死んでいたはずだ。


 このまま鈴を残して死ぬことを許容できたかと言われれば……それは無い。有り得ない。


(どうにかして……鈴を生き延びさせる方法を探さないと)


 気ばかりが焦っているが、出口はどこにも見つからない。


(鈴はどう思っているんだろう?)


 一緒のベッドで寝ようと言い出したのは鈴だ。


 背中同士とはいえ、肌を寄せ合って眠るのはこの年齢の兄妹としては異常だろう。


 良識ある人間であれば、大抵眉をひそめるに違いない。


 だが、鈴はどうにかして空白の十数年を埋めようとしているのだと思う。


 二人に残された日は、それほど長くないことを予感しているのかもしれない。


 そんなことを考えていると、背中越しに鈴の微かなささやきが聞こえてきた。


「ねぇ、お兄ちゃん、無理しなくていいから……もう無理だと思ったら、いつでもアタシを殺していいから。絶対に恨んだりしないからさ」


「……心配すんな」


 言葉の中身はすっからかん。


 解決策なんて何も見つかっていないのだ。


 ただ現実に目を向けることを拒否しているだけだ。


 だが、それでも諦める訳にはいかない。


 ……いかないのだ。兄として。



 ◇ ◇ ◇



「言っときますけど、まともな研究者じゃないっスよ」


 一夜明けて翌日の午後、十四郎は狭山を助手席に乗せて、車を走らせていた。


 但し、いつもの軽自動車ではない。


 あのポンコツは、出発しようとした途端、プスンと音を立ててエンスト。そのままうんともすんとも言わなくなってしまったのだ。


 一応修理の手配はしたものの、十四郎は、そのまま廃車になってくれよと願うばかりである。


 というわけで、他部署から人員輸送用の大型車を借りた。八人乗りの黒いヴァンである。


 ちらりと助手席に目を向ければ、狭山がドライブスルーで購入したハンバーガーに齧りついている。


 今日は特に通報もなかったのだが、こいつはこいつでかなり忙しそうにしていた。昼飯も食い逃して、今になって三時間遅れの昼食である。


 二人が向かっているのは、隣県にある私大。


 西都工科大学である。


 なんだかんだと言いながらも、狭山はそこに少女分裂病の研究をしている学者がいることを突き止めて、アポイントまで入れてくれていたのだ。


「そもそも少女分裂病に関しては、研究自体全然進んでないんスから。死体を検証しても、普通の女の子となんにも変わらないし、原因も不明。病気とはいいながら、本人が分裂するわけじゃなくって、いつのまにか分身が増えてるってだけですし、医学っていうよりもうオカルトの領域っスよ」


「確かに……な」


「レプリがヤバ過ぎて、発症者を生け捕りにもできないし、死体じゃ意味ないわで、学会そのものがさじ投げちゃってる感じっスから、そんなの研究したって、なんのキャリアにもなるわけじゃないですしね。まともな研究者なら、絶対手ぇ出さないっスよね」


 実際、人類の存亡に関わると言われ続けながらも、少女分裂病についての研究は全くと言っても良いほど進んでいない。


 最初に観測されてから、既に十八年が経とうとしているのにだ。


 発症者の死体については各種鑑定から解剖に到るまで、ありとあらゆる調査が為されたが、結論としては、通常の少女と変わらないというもの。


 発症メカニズムも不明なら、発症する少女とそうでない少女についての違いも不明。


 観察を通して分かっていることだけが、現状の全てだと言ってもいい。


 とりあえずオリジナルが死ねば、レプリも全て消滅するという事実。


 その一点が判明した時点で、人類の対処方法は確定した。


 癌の治療と同じである。侵された患部を切除する。それだけだ。


 それが癌の場合は身体の一部で、少女分裂病の場合は少女丸ごと。その程度の違いでしかない。


 そして、癌のように投薬や放射線治療といった、切除せずに治療する方法が確立される可能性は、現時点ではかなり薄いと言わざるを得ない。


「尋ねるのは、磯山准教授って若手研究者なんですけど、三十過ぎですでに学会から異端の烙印を押されてるみたいっス。もともとは某有名国立大で将来を嘱望されてた研究者だったみたいですけど、分裂病の研究に取りつかれて大学を追われ、流れ流れて三流私大に行きついたってことみたいっスね」


 実際、西都工科大学はいわゆる三流私大で、本来引く手数多の理系大学のはずなのに、卒業したって就職できないモラトリアム学生の収容所呼ばわりされるような大学だ。


「いや……それでも何の手掛かりもないよりマシだ。ありがとうな」


 十四郎がそう口にすると、狭山はびっくりしたとでもいうように目を丸くした。


「せ、先輩がデレた!」


「デレてない」


「いやぁ……なんでしょうね。全然懐かなかった飼い犬がお手したみたいな気分っスよ」


「飼い犬って、おまえ……俺、一応先輩なんだけど?」


 そんなことを言いながら、高速を降りてしばらく走ると、日本海に面した海岸沿いの道へと辿り着く。


 埋め立て地らしきその一体には、フィルムケースみたいな大きな建造物が、遠く近くいくつも並んでいるのが見えた。


 このあたりは、原発銀座などと揶揄やゆされるように、原子力発電所が数多く建造されている。


 その原発が立ち並ぶ埋め立て地から、海岸線を東進すること数キロ先。


 くだんの大学は、そこにあった。


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