『今回の駆除対象は、家出娘みたいっス』
「家出娘?」
『先輩、仙頭町の外れにでっかい廃倉庫があるの知ってます? もともと大手通販業者の配送センターだったやつ。その娘、そこに住み着いてるみたいなんスけど、近所の住人が、同じ顔した裸の女の子と一緒にいるところを見たって、通報があったんスよ』
「そりゃ……楽でいいな」
狭山とハンズフリーで通話を続けつつ、十四郎はハンドルを大きく回し、路肩に乗り上げながらUターンをする。
帰投する途中だったのだが、緊急の通報だ。やむを得ない。仙頭町は、庁舎とは真逆の方角なのだ。
今日、ここまでの通報は二件とも通報者の勘違いだった。
こういうことはかなりの頻度で起こる。
いや、むしろ勘違いの方がはるかに多い。
実際に少女分裂病の発症者であることは、全出動の二割程度。
多くは双子であったり、姉妹であったり、極端なものでいえば親子であったこともある。
少女分裂病を発症した者が、隠蔽する意志はなくとも、自分そっくりな少女が全裸でいることを気にして服を着せることも多く、全裸であるかどうかは判断基準にはならない。
逆に全裸の少女という通報であれば、それはほぼ当たりだと思ってよい。
少なくとも十四郎は、それがただの露出狂だったというようなケースに出会ったことはない。
今しがた、十四郎が「楽でいい」。そう口にした理由はそれが一つ。
そして、もう一つは家出娘であれば、家族が回りにいないということである。
実際、一番厄介なのは、発症者が家族と同居しているケース。しかも、通報者が家族ではない場合だ。
家族による抵抗に遭う場合もあるし、そうでなかったとしても、娘の頭を吹っ飛ばした直後、死体に縋りついて泣きわめく家族を相手に、市役所職員として通報義務違反の罰則金についての説明をしなくてはならない。
「人殺し!」などと罵ってくる相手に、「おまえら罰金払わなかったら犯罪者だからな」と、営業スマイルを浮かべながら懇切丁寧に説明するのは、それはそれは気の滅入る作業である。
その点、家出娘というのはいい。楽な仕事だ。
もちろん発症者として駆除されたことは保護者に連絡がいくのだが、それは十四郎の仕事ではない。
同居中という規定からも外れるため、見舞金も発生しなければ、その家族に対する罰則も発生しない。
スタンドアローンPCのように隔絶されている。
時刻は十九時を少し回った辺り。
仙頭町の倉庫街に近づくに連れて、街並みは急速に寂しくなっていく。
家屋や商店の灯りは消え去って、まるで目盛りのように均等に配置された街灯だけが、羽虫を集めながら静かに佇んでいた。
十四郎は路肩に車を停めると、倉庫街の一角で簡易な鉄柵に囲まれて聳え立つ廃倉庫を見上げる。
廃倉庫とは言っても、四階建ての巨大な元流通センターだ。
数年前に、ネット通販の大手が経営破綻して、結局そのまま放置されているらしい。
誇らしげに掲げられた仙頭ロジスティクスセンターの看板も、雨ざらしの末に赤さびだらけ。廃墟感を決定的なものにしていた。
十四郎は、それを見上げて肩を竦める。
「……楽ってのは、訂正だな」
これだけ大きな建物のどこにいるのかも分からなければ、屋上からの急襲や狙撃といった常套手段も使えない。
どうにか家出娘の居所を特定しての、発見即射殺以外に方法は見当たらない。
もちろん緊縮予算に喘ぐ市役所に、暗視装置や温感装置などという装備がある訳も無く、懐中電灯片手の探索活動。古い時代の館系ゾンビゲームの再現である。
しかもレプリの危険度は、ゾンビなんぞ非にならない。
レプリの膂力はおよそ人間の数十倍、アルゼンチンでは投石で爆撃機を撃墜し、跳躍力は垂直飛びで八メートルを超えるというレポートもあるのだ。
だが、割り切ってしまえば逆に楽になる部分もある。
特殊装備はなし。持っていける物が無ければ、携行する物は最小限で済むのだ。
十四郎は、銃の収まったホルスターに腕を通すと、懐中電灯を手に、鉄柵の隙間から敷地内へと入り込む。
それにしても、たった数年でこれほど荒れ果てるものなのだろうか。
敷地内、元駐車場らしきエリアのアスファルトは砕けて、その破片がゴロゴロと転がっている。
割れたアスファルトの間から、背高泡立ち草がいくつも茎をのばしていた。
建物自体で特徴的なのは、各階に直接トラックを乗りつけるのだろう。外壁の一面に、湯がく前の巻パスタみたいな螺旋状の車両用スロープが設置されていること。
一階部分は全面シャッターになっていて、悪ガキどもの落書きだらけ。
見回してみれば、シャッター脇の、本来扉があったと思われる部分のバリケードが壊れているのが見えた。
どうやらあそこから中に入れそうだ。
足音を殺して、慎重に中へと足を踏み入れる。
シャッターを締め切った倉庫の中は真っ暗闇。
十四郎は、懐中電灯片手に拳銃を引き抜く。物音一つ無い空間に、安全装置を外す音がやけに大きく響き渡った。
懐中電灯で照らし出してみても、全体が見えないほどの広い倉庫である。
元は段ボール箱が山積みになっていたであろう場所には、パレットが幾つか置き去りになっているだけの寂しい空間が広がっていた。
赤や黄色のテープでラインが描かれた床は埃まみれ、砕けたコンクリート片が転がっている。
よくよく目を凝らしてみれば、床の上には、ところどころに黒く焼け焦げたような跡がある。
その周囲に煙草の吸い殻や酒瓶が転がっているところを見ると、ここは地元の悪ガキどもが屯する場所なのかもしれない。
(……ってことは上だな)
屯することが目的ならば、わざわざ悪ガキどもも、こんな薄気味悪い建物の上の階まで行こうとは思わないだろう。
家出娘が隠れているとすれば、出来るだけ上の階にいくはずだ。
当然だが、エレベーターは動いていない。
十四郎は、倉庫端の螺旋階段を上り始める。
二階三階を軽く覗き込んで、やがて最上階。
そこは一階から三階までのいかにも倉庫と言わんばかりのフロアとは、趣を異にしていた。
緑の樹脂製の床、クリーム色のパーティションで空間を区切って、幾つもの部屋が設置されている。
どうやら、嘗て事務所として使われていたフロアらしかった。
中央を真っ直ぐに通路が貫いていて、左右には不規則に扉が設置されている。ほとんどの扉は開けっ放しになっていた。
(下手に動きが取れないな)
当然だ。考えなしに部屋を覗き込んで、レプリと鉢合わせでもしたら一巻の終わり。不死身の化け物相手では、人間に出来ることなど何もない。
(いや……まてよ)
十四郎はしゃがみこんで、床に頬を付けるように通路を眺める。懐中電灯で照らし出せば、うっすらと積もった埃の上に、微かに足跡が見えた。
スニーカーらしき足跡と裸足の足跡。
それは、手前から数えて四つ目の扉の前で途切れている。そこから奥には、足跡は見えなかった。
(あそこか……)
十四郎は懐中電灯を消し、足音を殺して四つ目の扉の傍へと歩み寄った。
そっと部屋の中を覗き込むと、置きっぱなしになったオフィスデスクの向こう側で、なにかのモニターらしき灯りがぼんやりと灯っている。
そして、扉のすぐそばには全裸の少女が二人。
(……発症二日目ってのは、間違いないらしいな)
だが、これはなかなか難しい状況だ。
おそらくオリジナルは奥のデスクの向こう側、そこに座り込んでいる。
ここからでは姿は見えず、しかも、そいつは二体のレプリの向こう側。
やるとすれば、部屋の中を一気に駆け抜けて、レプリたちが動き出す前に、オリジナルの頭を撃ち抜くしかない。
もし、一瞬でも遅れれば、レプリに五体を引き裂かれるのは十四郎の方だ。
まさにコンマ数秒の勝負だと言っていい。
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