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シスターミリオン~百万人妹大逃亡!
円城寺正市
円城寺正市

●26 テロリストのレッテル

公開日時: 2020年10月15日(木) 17:06
更新日時: 2022年1月26日(水) 07:07
文字数:3,094

周七海あまねななみ氏の死亡が確認されました」


 専属オペレーターの井沢貴子から連絡をうけたのは、隣県のビジネスホテル。


 部屋の大半をベッドで占める、安ホテルの狭い一室でのこと。


 ベッドの上にバラしたライフルのパーツを並べながら、九也は気のない声を漏らした。


「へー……それはそれは」


 七海が死んだと言われても、九也に大した感慨はない。


 失敗すれば死ぬ。当然だ。今さら確認するまでもない。


 周養育院に入る頃から、ずっと言い聞かされてきたことだ。


 実際、今回のターゲットはただの女子高生を相手にするのとは訳がちがう。


 十四郎という、こちらの手口を知り尽くした人間がオリジナルと一緒にいるのだ。


 おまけに、そのレプリはこれまでのものとは異なる不可解な動きをする。


 どう考えても侮っていい相手ではない。


 射撃、狙撃、いずれも十四郎が何らかの対策を講じているだろうし、最初の一撃を外してしまえば一気に形勢逆転。


 余程の距離をとっていなければ、あっさりレプリの餌食だ。


(七海のことだ。どうせ相手を侮ったんだろうさ)


 だが――


「死因は頭部への銃撃です」


「っ!?」


 これには、九也も息を呑んだ。


 彼は、七海はレプリにやられたものだと思い込んでいた。


 いくら十四郎が必死だと言っても、自らの手で殺人を犯すとは思っていなかったのだ。


「おいおい……マジかよ」


「死体の頭部は激しく損壊していたと報告を受けております。使用された弾丸は、駆除員に支給されているブラックタロンEPと見て間違いないでしょう」


 発症者の頭を吹っ飛ばすのは、駆除であって殺人ではない。


 市民を守るための市政サービスの一つであり、保健所が犬、猫を殺処分するのと何ら変わりがない。


 だが十四郎が七海を殺したというのであれば、それは同列に扱えるものではない。ただの殺人だ。


 保健所の職員が捕らえられそうになっている野犬が可哀そうになって、仲間の職員を殺したら普通頭がおかしいと思うだろう。


「ははっ……はははっ! バカだバカだと思っていたが、とうとう殺人犯にまで成り下がりやがった」


(まあいい。これで、この先十四郎を殺すことになったとしても、正当防衛が成立しやすくなる)


 九也にしても同じこと、発症者を殺すのは駆除だが、十四郎を殺すのは殺人である。


 だが、これで十四郎を殺しても、罪に問われる可能性は減った。


 なにせ相手は殺人犯なのだ。やらなければ殺されるところだったと主張すれば、無罪を勝ち取ることは出来るだろう。


「で……十四郎はどうなった?」


「見失っております、残念ながら。七海氏との通信が途絶えたため、他の職員を現地に向かわせたのですが、潜伏していたと思われるコテージはもぬけの殻。恐らく対象は更に山中、奥地へと分け入ったものだと思われます」


「……俺は行かないからな」


「ええ、そう仰ると思って、周五十三あまねいさみ氏と周二三弥あまねふみや氏のお二人に、山中を捜索していただいております」


「ふーん……」


 どちらも近隣の市役所に配属されている周養育院の出身者ではあるが、九也はその二人とはほとんど面識がない。


 二三弥とは周養育院の在籍時期が被っているはずなのだが、顔はまったく思い浮かばない。


 五十三に到っては、多分会ったことすらないと思う。


「お二人が駆除出来なかった場合には、恐らく県境を越えてそちら側へ降りてくるものと思われます」


「ああ、だから俺はこっちに滞在してるんだってば」


 九也は、十四郎が高速道路に乗ったのも、山の中へ入ったのも追い詰められて仕方なくだとは思っていない。


 何らかの目算があって、日本海側へと向かっている。そう見ている。


「結構です。県知事は他府県に損害を与えてしまうことを憂慮されております。県庁職員であるあなたの手で始末をつけられれば、それに越したことはありません。ただ一応、他府県での活動ということになりますので、申請は済ませておりますが、恐らく隣県の側から公式に応援要請が来ることは無いかと……」


「だろうな」


 地方自治体という奴は、異常なほど縄張り意識が強いのだ。


 隣県側の警察や駆除員と協調行動を取ることは無いだろう。


「俺の方は、俺の方で勝手にやらせてもらうさ」


 九也が隣県に在籍する駆除員は誰がいたかと考えながら、そう答える。


「結構です。但し対象がそちら側に降りてくる時点では、既にスタンピートを起こしている可能性が非常に高い。自衛隊への治安維持出動が要請されている可能性があります」


「……まあ、そうだろうな」


退き際を誤らないようにだけ、ご注意いただきたい」


「分かっている……ところでさ今度食事……」


「結構です。それでは」


 いつものことではあるが、通信を切るにあたって何の余韻も残さない。井沢貴子は非常にドライだ。


「ほんと……一回ぐらい食事につきあってくれてもいいと思うんだけどな」


 九也は苦笑しながら、リモコンに手を伸ばし、テレビをつける。


 どんな報道が為されているかが気になったのだ。


 時刻はゴールデンタイム。


 チャンネルを繰りながら、ニュース番組を探していると、唐突にテレビに見知った顔が大映しになった。


 県知事……要は九也の直属の上司が、記者会見を行っている光景だった。どうやら中継ではなく録画らしい。


 県のスローガンと県章が描かれた背景。


 四本ものマイクを前に恰幅の良い男が、カメラのフラッシュを浴びながら、沈痛そうな面持ちで言葉を紡いでいる。


 当然ではあるが、話の内容は逃亡中の発症者のこと。


 ここまでの不手際を詫び、巧みにマズいところを隠しながら状況を説明。


 最後は市民に避難と警戒を促し、協力を求める紋切り型の会見。


 政治屋というのはよくもまあ、これだけ巧みに表情を作れるものだと感心する。


 九也の知る県知事は悪人ではないが、やり手の合理主義者。絡め手や非合法な手段も、それが最善であると判断すれば躊躇しない。


 そんな腹黒いおっさんが、誠実そうに見えるのだから大したものである。


 ぼんやりと画面を眺めていると、「発症者と行動を共にしている男性について」そんな前置きで始まった記者の質問に、知事はこう答えた。


「発症者と行動を共にしている男性については、未だ詳細は不明であります。発症者の家族ではないことは判明しておりますが、これは異常なことであるのは、皆さんにもお分かりになると思います。なんらか近くにいてもレプリに襲われない。そんな特殊な方法を発見して行動に移していると考えられます。信じられないことではありますが……。しかしながら、スタンピート間近の発症者を連れまわしている訳ですから、何らかの破壊的な意図をもって行動していると見て間違いないでしょう。少女分裂病発症者を利用した、最悪のテロ事件と言っても良いかもしれません」


「ははっ……テロときたか」


 色々考えるものだと感心する。


 殺されようとしている女の子を連れて、男が逃げている状況は安易なヒロイズムと結びついて、美談になりやすい。


 実際、ここへ来る途中で見かけた新聞の見出しには『現代のボニー&クライドか?』などと、アホみたいな文言が躍っていた。


 対案もないくせに発症者の駆除をただ非難するだけの連中、未だに現実を見ようとしない自称人権派という連中が存在する。


 そいつらがヒーローに祭り上げる前に、十四郎にテロリストのレッテルを貼り付けてしまおうという訳だ。


 実のところ、今回の記者会見、その一番の目的はこれだろう。


(笑える。とうとう殺人犯どころか、悪質なテロリストにまで落ちやがった)


 嫌いな奴が転落していく姿は、本当に心が躍る。


「……早く出て来いよ、十四郎」


 正直 二三弥や五十三なんていうひよっこが十四郎を捕らえられるとは思っていない。


 だからこそ、九也はここで待ち受けているのだ

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