「……ずっとついて来てるね。白バイ」
シートを乗り越えて助手席へ移動してきた鈴が、背後を振り返りながら不安げな声を漏らす。
「追跡することしか出来ないってことだ。心配しなくていい。停車させられたって、警察じゃレプリをどうすることも出来ないんだから」
「そっか……そうだよね」
実のところ、十四郎は市内の細い一般道を行き来して白バイを巻くことを試みたりもしたのだが、機動性に長けたバイクが相手では、それも不発に終わっている。
どうにもできないのは、お互いさまなのだ。
白バイの数は三台。
増えもせず、減りもしないで、一定距離を保ちながら十四郎たちの後をついて来ている。
時折、速度を上げて並走してきたりすることもあるが、単純に監視しているといった雰囲気である。
だが――
「お兄ちゃん! 前! あれ!」
鈴が大声を上げて指さした先。そこに目を向けると、前方の交差点を警察が捜査車両を道路に横たえて封鎖しているのが見えた。
ご丁寧なことに、対向車線もだ。
停車させようとしているのか? 狙いはなんだ?
周囲にはビルが立ち並んでいる。
この交差点には、狙撃可能なポイントがいくつもある。
それを特定して、対応するのは不可能に近い。
十四郎は急制動で速度を落とすと、ドリフト気味に後部車輪を滑らせながら左折して、交差点手前の細い道へと入り込む。
入った先は繁華街の裏道。
薄暗い道の左右には、ビルの搬入口が並び、電柱にはゴミが山と積まれている。
その一方通行の細い道を、わずかに速度を落として走り抜ける。
入り込んだ先に警察の姿はない。
(なにかがおかしい……)
どうにも腑に落ちない不自然さ。
わざと穴を開けておいたとでもいうような……。
十四郎はカーナビの画面に触れて、親指と人差し指で画面を拡大表示させる。
「まったく……ウチの部署のとじゃ、えらい違いだよな」
西都工科大学へ向かう往路でも、狭山に散々愚痴ったものだが、この車に搭載されているのは、最新式のカーナビである。
一体どこからそんな予算が出ているのか知らないが、十四郎に割り当てられていた、クーラーすらついていないオンボロ軽自動車に比べれば、技術ベースで四半世紀の格差がある。
画面の中央にはこの車両を示す赤い矢印。進行方向は上、その先へと画面をスライドさせると、緑色に彩られた表示が目に飛び込んできた。
「インターチェンジ……仁井寺東か」
この道を真っ直ぐ行って、右折すれば高速の入り口。
どうやら十四郎たちを、そこへ追い込もうとしているらしい。
だが、
「……悪くない」
十四郎がニィと口元を歪めると、鈴が不安げな声を漏らす
「で、でも、お兄ちゃん。高速に入っちゃったら、袋の鼠なんじゃないの?」
「警察もそれが狙いだろうな」
高速では脇道に逃げられる心配も無いだけに、警察の追跡も楽になる。
いや車両による追跡すら必要ないだろう。
監視カメラも数多く設置されている上に、衛星による監視も容易。
その上、ジャンクションや出口を順番に封鎖してしまえば、十四郎たちを都合の良い場所に誘導することも出来る。
言うなれば、川を自由に泳いでるつもりの鮎が、竹で組み上げた簗場へと追い込まれるようなものだ。
「じゃあ! どこかでUターンして……」
「いや、このままでいい。折角誘ってくれてるんだ。無下に断るのは野暮ってもんだろ」
「は? え? なにそれ?」
「自分たちの思い通りに物事が進んでいれば、強引な手は打ってこない。それに高速に乗る方が、実はこっちにとっても都合がいいんだ」
「ちょ、ちょっと! お兄ちゃん。意味わかんないよ! どういうこと?」
「種明かしは、その時になったらちゃんとするから」
次の交差点を曲がれば、インターへの入り口。
そう思って前方に目を凝らすと、予想通り高速のインターへと繋がる道を残して、交差点は封鎖されていた。
もはや信号の色など関係ないのだが、交差点の信号が黄色から赤へと変わりかけるのを目にして、十四郎は反射的にアクセルを踏み込む。
野太い唸り声をあげるエンジン。一気に加速するヴァン。
バックミラーで後方をチェックすると、相変わらず三台の白バイが追いかけてくる。
十四郎がアクセルをベタ踏みにすると、白バイとの距離が大きく開いた。
「ひっ、お、お兄ちゃん! す、スピード出し過ぎっ!」
だが、十四郎に速度を落とす気配はない。
インターの入り口でETCのバーを弾き飛ばし、鈴がきゃっと悲鳴を上げる。
ナビのモニター上では、紅い矢印が緑色の記号と交差した後、細い螺旋状の道路を突き進んでいる。その先は高速の本線である。
◇ ◇ ◇
『当該車両、信号無視の後、仁井寺東インターから高速に侵入。繰り返す――』
白バイ隊員からの報告。大型モニターに、猛スピードでインターのゲートを駆け抜ける黒いヴァンのテールランプが映った。
「高速の見取り図を」
知事がそう指示すると、モニター脇の一回り小さな液晶にカラフルな路線図が現れる。
「この路線は、山間部を日本海側へと抜ける縦貫道です。環状線よりも道幅が広く、ほぼ直線ですな」
本部長はそう告げると、そのまま近くにいた部下に指示を下す。
「とりあえずここから一時間以内に降りる可能性のある出口は全て塞げ。一般車両を外に出した上で車両を逆走して停める。車両から降りてきたところを駆除員に狙撃させればいい」
「分離帯撤去可能地点はどこだ?」
「はっ、こことここ。それとここです」
部下が見取り図の数か所をポインターで指し示す。
高速道路の中央分離帯は万が一の事故や緊急車両通行に融通を利かせるため、人力で簡単に動かせる地点がいくつも設置されている。そこから捜査車両を逆走させるのだ。
「高速上の一般車両の排除は七割完了」
現地の捜査員からの通信が聞こえてきた。
とりあえずは高速へ追い込んだことで一安心、そんな空気が対策本部に流れる。
県警本部長が「ふぅ」と大きな息を吐きながら背もたれに身をまかせると、周囲の者たちも安堵の吐息を漏らした。
「それにしても、周十四郎と言ったか。彼はなぜレプリに襲われずに行動できているのだね?」
県知事がそう問いかけると、九也の専属オペレーター井沢貴子が静かに応じた。
「不明です。彼の詳細について周養育院に問い合わせ、パーソナルデータは全て確認いたしました。旧名柊奏太。六歳の時に両親を交通事故で失い、施設に入所。尚、二歳年下の妹は別の施設に入所後、肺炎を患い死亡しております。適性テストで歴代二番目の数値を叩きだし、六歳という年齢は少々遅めですが、適性を認められ、周養育院に転院しております」
「なるほど……あのオリジナルが彼の家族であるという可能性は?」
「万に一つもありません」
「では、家族以外のものが傍にいて、レプリが襲わなかったという事例は?」
「それもありません。ただ、周九也駆除員の報告の通りであれば、演技レベルの細かい動きをする。即座に反撃に移る。見ての通り乗車していることもですが……これまでのレプリに見られなかった行動が顕著に見受けられます」
「それは……どういうことかね」
「進化している……もしくは新種の少女分裂病である可能性も否定できません」
その一言に、捜査本部がざわついた。
「バカな! 最初の発症者から数えて十八年、新種どころか亜種さえ見つかったことはないのだ。そんなことはありえん!」
本部長が席を立って声を荒げるが、井沢貴子は顔色一つ変えずに口を開く。
「突然変異というのは経過年数に関わらず発生しうるものです。だとすれば、あの個体は我々の知らない未知の存在だと考えて対処すべきでしょう。例えば、あの周十四郎という駆除員に家族だと錯覚させて、自分を守らせる……そんな寄生虫のような」
県知事は眉間に皺を寄せる。
「妹だと錯覚させて……? ふむ、寄生というより托卵のイメージに近いな、それは。いずれにせよ、それが事実であれば由々しき事態だ」
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