SISTER1,000,000

シスターミリオン~百万人妹大逃亡!
円城寺正市
円城寺正市

●22 高速からのエスケープ

公開日時: 2020年10月7日(水) 17:06
更新日時: 2022年1月26日(水) 07:06
文字数:3,001

 少し時間をさかのぼる。


 黒いヴァンが大破、炎上する少し前のことである。


 東の山、その稜線りょうせんが赤黒く燃え始める夜明け前。


『希望』のイメージを被せて眺めれば、きっと美しいはずの日の出の風景も、希望のない朝ゆえに、空の赤さに血のイメージが重なって、車窓からそれを眺める鈴は『汚れた赤』と、そんな風にしか表現できずにいる。


 自分たちの他には無人の高速道路。緑の只中を走る、眠気を誘う直線。


 レントゲンに映った古いボルトを思わせるその道路を、ノロノロと彼女たちを乗せた黒いヴァンが走っている。


 十四郎には寝ていろと言われたものの、鈴は寝付けぬまま、重い体のままに朝を迎えた。


 夜の間、彼女はくだらない妄想を繰り返していた。


 夜に死に、朝に新たに生まれる。


 そして少女分裂病は、夜の向こうに置き去りになる。


 そんなライフサイクルだったとしたら、どんなに良いだろうか、と。


 そして彼女は、背後でモノ言わずたたずむ分身たちに目をやって、小さくため息を吐いた。


「ここから先は、しばらく、ずっとトンネルが続く」


 十四郎が誰に言うともなしにそう呟き、トンネルに入る直前には、更に速度を落とした。


 メーターを覗き込むと時速十キロ。


 完全に徐行である。


「鈴……もうすぐ目的地だ。降りる準備をしといてくれ」


「目的地?」


「ああ、この高速道路から脱出する。二つ目のトンネルに入ったら車を停めるから、降りたらレプリ達に、後ろの荷物を下ろさせてくれ、全部」


「う、うん、わかった」


 県境には山が連なっている。


 一つ目のトンネルを抜けると、たった五十メートルほどで、二つ目のトンネル。


 後部座席に目を向けると、レプリが更に一体増えていた。


 どうやら、二つ目のトンネルはすごく長いらしい。


 入ってすぐの辺りでは、出口は全然見えなかった。


 十四郎はトンネルの途中で車を停めると、顎で後方を指し示しながら、鈴に指示を出す。


「よし、鈴。レプリ達に荷物を下ろさせてくれ、全部だ」


「う、うん」


 鈴は助手席から降りると、後部座席のスライドドアを開け、レプリ達に向かって声を上げた。


「みんな、手近な荷物を持って降りて!」


 降りてきたレプリの手には、食糧と水の詰まったリュックに、アパートから持ち出したリュック。


 だが、座席の脇にあった発煙筒と羽根帚を手にしている者、窓の開閉レバーを引っこ抜いて手にしている者までいる。


 結局、下ろせた荷物は半分程度。


 やはり、ちょっと複雑な作業になると、こうなってしまう。


 溜め息を一つ吐いて、鈴は車の後部座席に乗り込むと、重い荷物を必死に引き摺って、車外へと投げ落とす。


 ひとしきりの荷物を下ろし終えてドアを閉じると、彼女は顎に滴った汗を拭いながら、運転席の十四郎へと声を掛けた。


「お兄ちゃん、下ろしたよっ!」


「よし、ちょっと離れてろ」


 ハンドルはガムテープでがっちり固定。


 運転席のドアを開け放ち、十四郎はニュートラルの状態で、アクセルの上に乗せたタイヤ交換用のジャッキ。そのクランクを回す。


 パンタグラフ式に広がったジャッキがアクセルを押さえつけ、エンジンがけたたましい唸りを上げた。


 そして、彼はギアをドライブに入れるのと同時に、猛スタートを切る車から飛び降りる。


 凄まじい勢いで走り出す無人のヴァン。ゴロゴロとアスファルトの上を転げる兄の姿に、鈴は大きく目を見開いた。


「お、お兄ちゃん!? だ、大丈夫!?」


 声を上擦らせながら、駆け寄ってくる鈴。


 そんな彼女に十四郎は、起き上がって服についた砂を叩きながら微笑みかける。


「大丈夫だ」


 十四郎は遠ざかっていく無人のヴァンを目で追って小さく頷いた。


「ここは監視カメラの死角だし、トンネルの中は衛星からも捕捉できない。道は真っ直ぐだから、あのヴァンもしばらくは時間を稼いでくれるはずだ」


「うん、それでこれからどうするの?」


「非常口から高速を降りて、ここからは山中に潜伏する。レプリ達に荷物を背負わせてくれ。急いでここから移動しよう」


 十四郎は、以前からこの場所に注目していた。


 ここに逃げ込まれたら厄介だと考えて、詳細に調査しておいたのだ。


 一体何が厄介なのかというと、ここの非常口を降りた先は、山中の農道。そのまま山の中へと隠れてしまうことが出来る。


 山中に入られてしまえば、山狩りぐらいしか追跡する手段はないのだが、大規模な人員で山狩りを行おうにも、レプリが潜伏するところに一般人を送り込む訳にはいかない。

 

 つまり山中に逃げ込んでしまえば、ただの山がとんでもない危険地帯に早変わりするのだ。


 鈴が、レプリ達に荷物をひとしきり背負わせ終わるのを待って、十四郎はトンネルを奥へと歩き始める。


 それにしても、白シャツか制服姿の四体はともかく、新たに発生した一体は当然全裸。


 全裸の少女が巨大なリュックを背負って、平然と立っている姿はシュールとしか言いようが無い。


 数分も歩くと、非常停車帯の脇に非常用の電話、更にその脇に鉄製の扉があった。


 十四郎は、そこに歩み寄るとレバーを捻って扉を開く。


 そして、その扉の向こうを覗き込んで、鈴は目を丸くした。


「なんでこんなとこに滑り台?」


 扉の向こうには、下へと続く階段と銀色に光る滑り台があった。


「子供や老人、体の不自由な人間もいるからな。高速の非常口の多くには、こうやって滑り台が設置されてるんだ」


「楽しそう! 滑っていい?」


 鈴が期待に満ちた顔で問いかけるも、十四郎はすげなく首を振る。


「ダメだ」


「ぶー……」


 途端に恨めしげな顔をする鈴に、十四郎は肩を竦めた。


「まったく……泣いたり怒ったり、根性が座ってるんだか、座ってないんだか……」



 ◇ ◇ ◇



 五体のレプリを引き連れた十四郎と鈴、二人は夜明け直前の薄暗い山道へと降り立った。


 彼らは、緩やかな勾配に横木を埋め込んだ、人の手の入った階段状の道を上っていく。


「お兄ちゃん、食糧買って来るんだったら、服も一緒に買ってきてくれればよかったのに」


「女の子の服なんて、俺に買える訳がないだろう。不審者も良いところだ。それに、レプリと見分けがつかないほうが安全なんだから、ホントは服は着ないほうがいいんだって」


「……うっさい、ドスケベ」


 レプリに扮してアパートを脱出したせいで、今の鈴は下着の上に白のワイシャツのみ。


 そんな格好で山道を歩いているとか、一歩間違えれば痴女である。


 一応、制服を着せたレプリから靴は奪い取ったが、制服自体は血塗れで、とてもじゃないが着られたものではない。


 そのまま農道から山道、そこから道なき道を分け入って、二人と五体は山の奥深くへと入っていく。


 更に一時間ほど歩き、二人は見つけた川辺で少し休憩することにした。


「念のため、レプリに周りを囲ってもらおう。狙撃されないとは限らないからな」


 十四郎の言う通りに鈴は、二人の座ったその周りを、レプリに指示して囲むように立たせる。


 だが……。


「お兄ちゃん」


「なんだ?」


「出来たら、目を瞑ってて欲しいんだけど」


 鈴が言わんとしていることは分かる。


 座っていると、丁度十四郎の目の高さ、顔の至近距離にレプリのお尻がくるのだ。


 流石に、自分そっくりのお尻をマジマジとみられるのは抵抗があるだろう。


「だが、断る!」


「なんでよ!」


「いざという時に咄嗟に動けなくなるからな」


「うるさい! このスケベ! 咄嗟に動けなくていいから!」


「こら、やめろ! 鈴!」


 無理やり十四郎の目を手で覆う鈴。


 子供じみたじゃれ合いである。


 だが、そんな他愛もないことが、十四郎にはとても新鮮に思えた。

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