水色のラインが入ったバス。窓に金網を張り巡らせた人員輸送車両が、携帯ショップの看板を掲げたビルに、まるで斜塔のように寄りかかって、炎上している。
(どっかで見たな、こういうの……)
周九也は、記憶を辿る。そして、なんとかいうハードロックバンドのセカンドアルバムのジャケットが、こんな絵面だったことに思い当たった。
但し、その写真はバスではなく蒸気機関車だったが。
それにしても、派手に燃えている。
欧米のストやテロならば、車両の炎上はさほど珍しいものでもないが、ここ日本でこれだけ派手に車両が炎上する光景は、そうそうお目にかかれるものではない。
だが、いつまでも物珍しがっている場合ではない。
九也はバスからレプリの群れへと視線を移すと、あらためて眉間の皺を深くした。
「それにしても……どういうことだ?」
彼は、通り全体を見下ろせるビルの屋上から、機動隊が全滅するまでの一部始終を見ていたのだ。
百二十体前後のレプリを、毎分八百発撃てるMP5サブマシンガンを装備した機動隊員が挟撃。通りの一区画に、何百発もの弾丸が嵐のように撃ち込まれた。
まさに弾幕。撃てば当たるという状況は、撃つ方にしてみれば、さぞ気持ちがよかったことだろう。
とはいえ、十四郎のことだ。何らかの方法でオリジナルを脱出させるに違いない。その瞬間を狙い撃ちしてやろうと、九也はライフル片手に待ち受けていたのだが、レプリの群れ、そのどこにも十四郎の姿は見当たらなかった。
その上、どれだけ弾を撃ち込んでもレプリが崩れ落ちる気配はなく、機動隊員たちを嘲笑うように、歩みを止めることもない。
そして最後には、レプリが圧倒的な力で機動隊を蹂躙してしまったのである。
普通に考えれば、あれだけの銃弾の嵐に晒されて、レプリに紛れ込んだオリジナルに、弾が全く当たらないことなどありえない。
変わった動きをする個体も無ければ、十四郎が関与するような場面も見当たらなかった。
一体、何が起こっているのか。
考えられるのは、あのレプリの集団の中に、オリジナルはいないということ。
だが、レプリがオリジナルと別行動することなど有り得ないし、もしそんなことが出来るのだとしたら、車に載せてまで十四郎たちがレプリと一緒に行動していたことに説明がつかなくなる。
オリジナル抜きで、レプリが自主的に行動した?
悪い冗談だ。そうなってしまったら、もう手の着けようがない。
天使が終末のラッパを吹き鳴らすようなもの。世界の終わりは、すぐ近くまで来ているに違いなかった。
だが、確かにあの桧垣鈴という娘のレプリは、最初からどこかおかしかった。
十四郎のアパートで狙撃した時にも、レプリがオリジナルのフリをする。そんな行動を取っていたのだ。
あのレプリなら、オリジナルと離れて自主的に行動することも……いや、やはりそれはない。
全く別々に行動できるというのなら、十四郎もとっくの昔にオリジナルだけを連れて逃亡しているはずだ。
ならば――
「ある程度……距離を取れるってとこだろうな」
そうとしか考えられない。
ということは、このレプリから少々離れたどこかにオリジナルがいるはずだ。
九也はビルの上から地上をぐるりと見回す。
レプリ達が侵攻している大通り。その右側を平行に走っている裏通りが怪しい。
「……行くしかないな」
ここまでライフルを運んで来たジュラルミンケースをその場に残して、彼は慌ただしく階段を駆け下りて行った。
◇ ◇ ◇
レプリ達が北へと向かって行進を続ける大通り、それに並走するように、建物一棟分を挟んで右側を走る裏通り。
そこは、華やかな表通りとは打って変わって、庶民染みた店舗とビルの搬入口が雑然と並ぶ隘路である。
周九也はそこに降り立つと、すぅううう……と深く息を吸いこんだ。
建物一棟を挟んだ向こう側に、百体を越えるレプリがいる。
いくら駆除員がレプリに慣れていると言っても、恐ろしいものは恐ろしいのだ。緊張だってする。
通りに人影はなく、野良猫と縄張りを争うカラスたちが、けたたましく鳴いている。
放置自転車がそこら中でドミノ倒しに横たわっている辺り、住人たちの避難がいかに慌ただしかったかが伺い知れた。
「大通りを挟んだ反対側だとしたら、お手上げだな……」
正直その可能性は低い。
こちらの通りと違って、向こう側は大通りとずっと平行に道が走っている訳ではないからだ。
「どこだ……十四郎」
九也は、ライフルを肩に担ぎ、ヒップホルスターからハンドガンを取り出して、安全装置を外す。
オリジナルが、どこか一か所に留まっている可能性は低い。
レプリたちは移動し続けているのだ。オリジナルも同じように移動していると考えるべきだろう。
九也は足音を頼りにレプリたちに並走しながら、十四郎とオリジナルの姿を探すも、それらしき影は全く見当たらなかった。
やがて、大通りと交差する十字路に差し掛かると、彼は通りの向こう、レプリたちを警戒しながら、全速力で一気に走り抜ける。
スタンピートを起こしたレプリは、動くものを見つけたら、問答無用で攻撃してくるのだ。
気付かれたが最後、九也に向かって一気になだれ込んで来かねない。
そうなったら一巻の終わりである。
十字路を走り抜けて、デパートの前を駆け抜け、パチンコ屋、ディスカウントストアを越えて、無人の交番の前で足を止める。
レプリ達の足音は斜め後方から聞こえてくる。
既に追い抜いてしまったというのに、やはりオリジナルの姿は見当たらない。
(……見当違いだったか?)
実際にはオリジナルはレプリの群れの中にいて、ただ弾丸が当たらなかっただけ……そういうことなのだろうか?
だとすれば、こんなことをしている場合ではない。
機動隊が全滅したことで、今頃こっちの県庁は上へ下への大騒ぎ、自衛隊の到着を今か今かと待っているはずだ。
井沢貴子に、自衛隊がレプリと接敵するであろう場所を確認させ、そこで待ち受けるのが建設的だろう。
だが、先回りしようにも移動手段がない。
バスも地下鉄も止まっているし、タクシーが走っている訳でもないのだ。
(何か移動手段は……)
そう考えたところで、何かが引っかかった。
(……地下鉄?)
そうだ。
なにもオリジナルがいるのは、前後左右だけとは限らない。
立体的に考えれば、上下だってありうるのだ。
(あのレプリ達の真下にいるってことか!)
一つ先の駅から地下に降りて、線路を移動してくる十四郎たちを待ち受ける。そうすれば、奴らを袋の鼠に出来るはずだ。
九也が、駆け出そうとするのとほぼ同時に、通りの向こうからずっと聞こえていた集団の足音が、急に止まった。
◇ ◇ ◇
「結構歩きにくいね……線路って」
鈴がうんざりと言った顔をして、十四郎を見上げた。
「……枕木がなぁ」
枕木とは言っても、コンクリート製の凹凸ではあるが、それが邪魔で自分の歩幅で歩くこともできない。
「疲れたか」
「うん、ちょっとね」
「じゃあ、少し休憩しよう。昼飯もまだだしな」
二人はレプリの担いだ荷物から、固形食糧とペットボトルを取り出してレールの上に腰を下ろす。
栄養価だけは高い、パサパサの塊。
一応チーズ味やフルーツ味なんてのもあって、決してマズい訳ではないのだが……。
「……うぅ、飽きた。ラーメンが食べたいよぉ、ラーメン」
「じゃあ、次の駅に着いたら、給湯室を探すか」
「給湯室?」
「電気やガスが全部止まってる訳じゃないだろ。実は食糧の中にカップラーメンもある。二つだけだが……」
その途端、鈴はぴょんと身を跳ねさせる。
「うそ! お兄ちゃん最高! 気が利いてる! 普段からこれぐらいの気遣いが出来れば、彼女の一人ぐらいできてもおかしくないのに」
「ほっとけ」
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