「……あそこか」
周七海は、ニィと犬歯をむき出しにして笑った。
時刻は午後三時を少し回ったところ。
捜索を開始したのは六時過ぎのことだから、既に九時間近くが経過している。
『廃コテージに対象らしき人影を発見』
捜索に当たった者たちからそんな連絡を受けて、七海は現地に駆け付けた。万一に備えて、監視していた者たちを山から下らせる。
相手はレプリなのだ。もししくじれば命はない。
双眼鏡で確認すると四棟ある廃コテージの手前の一棟、その窓に白いシャツを着た金髪の少女の姿が見えた。
立ったまま身動きする気配はない。
恐らくあれはレプリ。
十四郎がいるかどうかはわからないが、レプリがそこにいる以上オリジナルも一緒にいるはずだ。
見つけてしまえば、行動を躊躇する理由は無い。
七海自身は、九也ほど十四郎に対して屈折した感情は持っていないし、馬鹿なヤツだと思う反面、可愛いらしい女子高生に救いを求められれば、どうにかしてやりたいと、気持ちが揺らぐのも分からなくもない。
駆除員としては、あってはならないことだが。
「狙撃は不可能……だな」
オリジナルの姿は見えない……いや、正確には、どれがオリジナルなのかも判然としない。
「ふむ……試し撃ちには、いい機会だ。ここなら文句も言われることもなかろう」
彼はどこか浮かれたような様子で、狙撃銃の入ったジュラルミンケースを投げ捨てると肩から筒状のモノを下ろし、それにひし形の対戦車擲弾を装填して、肩に担ぎ上げる。
ロシア製の対戦車擲弾筒――RPG-7。
もちろん正規の装備品ではなく、某海域の海賊船から押収したものを頼み込んで流してもらったのだ。
狙撃は得意でもないし、正直言って性に合わない。
狙撃だけで仕事を終えてしまうと、いささか損をしたような気さえするぐらいだ。
周囲の被害を心配しなくて良いのであれば、コイツで吹っ飛ばしてしまった方が、どう考えても話が早い。
七海は片膝をついて、コテージに照準を合わせると一気に引き金を引く。
途端に弾頭がすさまじい音と白煙を上げて飛び出した。
その推進剤の衝撃で身体がよれそうになるのと同時に、円筒部後方からのガス噴射で衝撃を相殺。
七海の身体全体を覆い隠すほどの白煙が立ち上る。
激しい噴射音に続いて、着弾と同時に爆音が響き渡り、狙い通りにコテージが木っ端みじんに吹き飛んで、木製の土台と残った壁の一部が、黒煙と炎を噴き上げた。
「うははははははははっ!」
七海は上機嫌に笑い声を上げる。
RPG-7は、手に入れて以来ずっと使う機会をうかがっていたのだが、流石に市街地で使用する訳にもいかず、宝の持ち腐れ、ずっと置きっぱなしになっていたのだ。
いざ使用してみれば、こんな爽快なモノはない。
七海は発射管を地面に下ろすと、わずかに浮かれたような挙動で、黒煙に包まれたコテージに双眼鏡を向ける。
(もはや影も形もあるまい。あっけないものだ)
だが、双眼鏡の拡大された視界、黒煙の中で何かが動いた。
粉々に吹き飛んで炎上するコテージ。その炎の中に身体中に火を纏わせながら、レプリたちが次々と立ちあがるのが見えたのだ。
これには七海も目を丸くする。
「ちぃぃっ! バカな! 仕留め損ねたのか!」
オリジナルが死なない限り、レプリは死なない。
瀕死なのかもしれないが、どうやら未だにオリジナルは生きているらしい。
七海は歯噛みしながら、肩にたすき掛けにしていたショットガンを抱えるように構えた。
コテージの方へと歩み寄りながら、一発、二発と黒煙の中へと散弾を打ち込む。
ガチャリと硬質なリロードの音、腹に響くような重く短い銃声。
散弾を打ちこまれて、人の身体を穿つ鈍い音とともに、レプリの身体が小刻みに震えた。
だが、すぐにレプリは傷ついた身体を再生し始める。
(マズい! マズいぞ、これは……)
再生を終えれば、レプリ達は七海へと容赦なく襲い掛かってくるだろう。
そうなればとてもではないが、人の足で逃げ切れるものではない。
「ど、どこだ! オリジナルッ!」
七海は声を荒げながら、黒煙に向かって次々と散弾を打ち込む。
生身に当たった音。それは聞こえてくる。
もちろん、それがレプリなのかオリジナルなのかは判断がつかない。
ただ、一向にレプリ達の再生は止まらない。
「くっ! 弾切れかっ!」
遂に散弾が尽き、七海は忌ま忌ましげにショットガンを投げ捨てるとヒップホルスターに差し込んであった拳銃を手に取りながら後退る。
七海は迷っていた。
今逃げれば、逃げ切れるかもというわずかな可能性と、オリジナルにあと一撃を加えれば、それで終わるという思い。
引き際の難しさに、額からたらりと汗が滴る。
「くそっ……やむをえまい!」
失敗したと分かれば、九也にまたバカにされるに違いない。
そんなことを考えながらも、七海はどうにか決断を下して、駆け出そうと踵を返す。
だが――
振り向いた彼の目に飛び込んできたのは、銃を構えた十四郎の姿。
ギラつくような午後の陽射しを、ナンブEXの銃身が反射した。
「じゅ、十四郎っ、貴様ァっ!」
七海が呻くような声を上げた途端、銃声とともにその顎から上が吹っ飛ぶ。
ビシャッと地面へとぶちまけられる血と脳漿。
ゆらりと巨体が背後へと崩れ落ちる。
ドクドクドクとトマト缶をひっくり返したかのように溢れ出た血が、乾いた土へと染みこんでいった。
十四郎は、相手を殺さない射撃方法など知らない。
威嚇射撃など、レプリには何の意味もないのだ。
兄弟。七海とも周養育院では、そう言われて育ってきた。
それだけに七海の腕はよくわかっている。
やらなければ、やられるのは十四郎の方なのだ。
十四郎は七海の死体へと歩み寄り、その手から拳銃を奪い取る。
更に彼のウェストポケットを漁って、弾丸を手に入れる。
十四郎と同じ支給品のナンブEXとブラックタロンEPである。
これからどれだけ必要になるか分からないのだ。予備は多いに越したことはない。
「それにしても……上手くいったな」
七海が『仕掛け』に引っかかってくれなければ、こんなに簡単に倒すことなど出来なかっただろう。
単純な話だ。
鈴と十四郎はレプリとは別のコテージにいただけのこと。
レプリはオリジナルの傍をついてまわり、攻撃を受ければ反撃する。
オリジナルの傍を離れることがあるとすれば、逃げた敵を追い詰める時だけ。それが常識だ。
つまり、レプリとオリジナルは常に同じ場所にいるはずなのだ。
これまでの常識に従うならば。
だが、鈴のレプリは、駆除員が持っている常識とは少し齟齬がある。
オリジナルの命令に従って動き、簡単な反復運動をさせ続けることも可能。
アパート脱出の際、怯えるような動きをしているからオリジナルだと、九也が見誤ったのはコレである。
わずかに首を左右に振らせるように、十四郎が鈴に指示を出しておいたのだ。
そして、オリジナルから最大十五メートルほどなら、離れてもじっとしているように指示することができる。
つまり、レプリを一番手前のコテージでじっとさせておいて、十四郎と鈴は、もっと奥のコテージにいたのだ。
そして、七海がレプリに気を取られている間に、十四郎は木々の間を駆け抜けて、彼の背後を取ったのである。
計算違いがあったのは、まさかRPG-7などを持ち出すとは思っていなかったこと。
おかげでレプリたちに着せた服が、完全に燃え尽きてしまったことである。
レプリたちが裸でも、十四郎はなんとも思わないが、鈴が恥ずかしがるだろうと思うと、正直ちょっと面倒くさかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!