『こんばんわんこそばー! 今日もおかわりありがとう!! いつもあなたの“おそば”にそばこでーす』
そばこ――それは最近、僕は見始めたとあるバーチャルユーチューバー、通称Vtuberの名前である。僕がVチューバーに興味を持ったのは、とあるYoutuberとのコラボ動画がきっかけだった。ポリゴンでできたキャラクターが、有名なYoutuberと一緒にCGアニメーションみたいにぬるぬる動いているのを見てから『Vチューバー』ってナニモンだ? と、なったからである。
『さあ。恋は今夜も急加速! 今日紹介するお悩み相談はこれだッ! はい……SBネーム、“ごはんよりそば派”さん。ええと……私は、クラスに好きな子がいるのですが――』
そばこはいつも、視聴者のコメントを集め、気になった話題を“お悩み相談”としてピックアップしていくという動画を撮っている。生放送スタイルの時もあれば、普通のYoutuberのように編集してアップロードするということもしている。
僕も何度かコメントを送っているのだが、なかなか拾ってもらえない。親近感のある話口調と、時々出てくるブラックジョーク、そして人間性が垣間見える好きなモノの話――気づけば画面の向こうの“そばこ”の虜になっていた。
――当然、そばこもVチューバーの中じゃ名は知れ渡った方だろう。視聴者だってそこそこ多いし、コメントも100以上着く。でも、一度も拾ってもらえたことが無いのだ。これじゃあ……いつもおそばにいるとはとても思えないなあ。
なんてことを考えていた昼休み。僕はイヤフォンを外して、スマホの電源を切る。
「何やってんだよ香川! またユーチューバー見てたのか?」
「香川は好きだよなー。ユーチューバー」
「ああ、まあな。今度あれ見てみろよ、サッカーのリフティング動画上げてるやつ」
「ああ、リフ太郎だろ? 前も進められたっつーの」
僕は香川悠輝(かがわ はるき)。一応、徳島玲也(とくしま れいや)と高知陸玖(こうち りく)という友だちがいる。2人の間では、僕は無類の“Youtuber好き”で通っている。
「そいえばあの動画見た? めちゃくちゃ募金したやつ、すげーよな」
「香川に聞くのがナンセンス。香川は既に知ってるに決まってんだろ」
2人ともサッカーが大好きないわゆるサッカー小僧なわけだが、玲也も陸玖もYoutuberについて特に何も思わない。一つの趣味としての“市民権”はだいぶ得られてきた証拠だろう。
「あ、既に知ってると言えば……ほら、姫ちゃんまたコクられたらしいぞ?」
「姫ちゃんって……あの姫ちゃん?」
姫ちゃん――高松姫依(たかまつ ひめえ)という名前の、俺と同じクラスで隣の席の女の子である。ちなみに高知が俺の後ろに、徳島が高松の後ろに座っているという座席配置である。まあ、クラスのグループワークでは絶対にこの4人で組むので、俺たち3人とも、姫ちゃんの“そういう話”には敏感なわけである。
「あーこれは今日の学活で問い詰めねえとな」
ケタケタと品の無い笑い声をあげる徳島。その横で静かにクスクス笑う高知。僕は笑う気にもなれない。
「姫ちゃんって……好きな子とかいんのかなあ?」
「……」
「……」
僕のふとした一言が、3人の間に静寂を招いた。
「姫ちゃんはやめとけ」
「確かにかわいい。かわいいんだけどな……」
「「女受け悪いぞあの子」」
口を揃えた徳島と高知。ああ、男から見てもそう思うって、相当なんだろうな。
「うーん、悪い子じゃないんだろうけどな、あざとい?」
「あー、あざといめっちゃわかる!! 恋愛対象じゃない男に優しくすんのはマジ卑怯!!」
ああ、この二人は僕とは徹底的に違う。“人との距離感の掴み方”を、教えられなくても気づけるタイプだ。
だから、“姫ちゃん”みたいな『誰にでも』優しくて、『誰とでも』平等に接するタイプの女の子がイレギュラーだから、逆に扱いに困るんだろう。
――まあ、そういうのを手に余るっていうんだっけ。
「ってことを……相談してよいのかなあ」
そばこに相談するかしないか……僕は画面の前で悩んでいた。
でもよく考えてみろ……好きな子が、八方美人で周りから悪く言われてるんです。どうしたらいいですか? なんて相談したところで、返答なんて簡単に予想ができる。
『あなたの気持ちに正直になって!』
『周りの意見なんて気にしちゃだめ!』
って言われるんだろうな……。
とか思いながら、そばこの動画を見ている――そばこは画面の向こうにいるけど、そばこの“中の人”がそばこを演じている。そう、演じている人が確実にいるのだ。声も顔も違うけれど。
『はい、昨日のお悩み相談、たくさんの反響がありましたねえ。クラスで隣の席の女の子を好きになっちゃった男の子の話でしたが……今日も、似たような話を一つ! していきたいと思います!』
そうだ、確か昨日は“好きになった女の子が絶対に自分の事友だちとしてしか見てくれない”って話だった。
『今日は、SBネーム“好きと書いてジョーシキと読む”さんからの相談です。『私は多分、とある男の子に片思いされています。しかし、私にとって彼は友だちで、恋愛対象として見れる自信がありません。好きなんだろうなというのが凄く伝わってくるのですが、気持ち悪いと突っぱねるほどの不快感は無いので、中途半端に生殺しにしてしまっているんじゃないかと不安になります。どうした良いでしょうか?』とのことです。うわああああ。これ昨日の男の子のことじゃないことをただただ願うばかり~』
そばこ――お前がピックアップしたんだろ。
『私から言いたいのは、ただ一つ! お前の望む関係でいい! です!!』
お前の望む関係――か。今までとは違う切り口だ。今までそばこは、どうにかして“プラス”の人間関係になれるような言葉がけをしていた。でも今回は、別に付き合わなくてもいいんじゃないとすら聞き取れる。これ、いろんな人からたたかれるんじゃ……
『多分、私の経験上、男の子は君のことが好きだ! でも、君にとってはそんなのどうだっていいじゃないか!! 君が彼の望む関係になる必要はない! 誰のための君だ!』
あ……さっき自分が想像した答えと同じような答え――なのに、響く。僕にとって、顔も見えない、声も機会を通していじった存在、コメントを拾ってもらえたことも無い遠い存在。でも、響く。
ああ、そうか……この人の“言葉”だからか。
多分、あなたの気持ちになって……とか、周りの意見なんて気にするな、とかおんなじことだ。何も変わらない、一緒の意味。でも……そばこは同じような場面に出逢ったことがあって、そのときに悩んだ末に決断した“なにか”がある。僕に響いたのは、その“なにか”なんだ。
気づけば、僕もコメント欄に【相談希望】で始めた僕の悩みを書き始めていた。
翌日、夕方6時に上がるそばこの動画を待つ前に、僕は学校の授業を受けなければならない。
「んじゃ、今日の道徳のグループワーク……佐藤くんの『僕の気持ちは結局伝わらなかった』とありますが、佐藤くんの気持ちが高橋さんに伝わらなかったのはどうしてなのか、考えてみましょう」
道徳の授業でも、こんなタイムリーな話題か。さあて、姫ちゃんの意見も聞きたいところだ。
「佐藤くんはシンプルにモテないから高橋さんに好きだって思ってもらえなかっただけだろ?」
徳島は相変わらず大きな声で笑う。
「……いや、高橋さんの受け取り方にも難はあると思うぜ。普通、二人きりで話をするって言われて、友だち連れていくか?」
「確かに……」
「佐藤くんのアピール不足説と、高橋さんの鈍感説だね」
姫ちゃんが徳島と高知の意見をまとめた。
「香川くんは?」
「え、僕?」
「そうだな……好きの形が違っただけじゃないか? 佐藤くんにとって高橋さんは、女の子の好き。でも、高橋さんにとっては、友だちとしての好き。お互いの“好きな人”に対する“ジョーシキ”の違いってやつでしょ」
僕の言葉に、姫ちゃんは目を丸くした。
「好きと書いてジョーシキと読む……ってことば、聞いたことある?」
「……え……?」
聞いたことあるようなないような……
「あ、ごめん……私のそういう考え方にすごく似てたからびっくりしただけ! 私も香川くんと一緒!!」
姫ちゃんのまぶしい笑顔が僕らさえない男3人に振りまかれる。多分、この様子を見てクラスの女子たちは苦虫をかみつぶしたような顔をするんだろう。しょうもない。そして、気づいたことだが、徳島も高知も、周りの男子や女子からそのような視線を向けられるのが嫌なだけなんだ。だから……“あいつは無し”という意思表示をすることで、予防線を張っている。
そして、“好きと書いてジョーシキと読む”姫ちゃんの常識では、きっとこれも他者にとっての好(ジョーシ)キなんだ。だから、きっと彼女の中では既に割り切っていることで、僕が気にすることがもはやおこがましいのだ。
『今日の相談はこちら! SBネーム“うどんのそばにうどん”さんから――――』
せっかくそばこにコメントを拾ってもらえたのに、もう解決してしまったよ。でも、嬉しいし、記念だから動画は見ることにした。
『“好きと書いてジョーシキと読む”さんの相談を見て、ずっと相談したくてもできなかった相談をしたいと思います! と始めてくれています。熱心に見てくれている昔からの視聴者さんなんでしょうね嬉しいです』
ん? あれ?
どっかで聞いたことのある言葉だ。
――『好きと書いてジョーシキと読むってことば、聞いたことある?』
聞いたこと、あったんだ。
『まあ、そばこは……そういうスタンスの女の子と関わるうえで一番大事なことは、自分の好きなモノを見せることだと思うよ!! さあ、私が好きだと伝えておいで!! あ、これは冗談ね! でも安心して!! そばこはいつでも君のそばで、君の恋を応援してるよ!!』
僕は動画を止め、SNSのDMを開いた――
『姫ちゃんさ』
『そばこって知ってる?』
賭けに出た。数秒で決着がついた。
『知ってる』
『え? 香川くん、そばこ見てるの?』
そばこはいつでも僕らのそばにいた――
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