魔狩

〜まかり〜
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5 槍蟹2

公開日時: 2021年5月14日(金) 12:00
文字数:7,488

「避けろ!!!」


ハッと我に返る。目の前の風景が、いやに鮮明に見えた。

腕を振り上げるイギヤカ。赤の混じる鋭い岩槍が、ぼくの眼前まで迫っていた。


「―――ッ!!!」


咄嗟に体を後ろに反らした。地面に勢いよく頭を打ったけども、頭が地面に触れた感覚があるだけで痛みはほとんどない。鼻先を掠めるほどの僅差で回避に成功したぼくは、背中から思いっきり倒れた形になった。


「わっ!?わったった!?」


正直避けられると思ってなかったところだけど、避けられたなら幸運。体を横に転がし、少し躓きながらも距離を取る。


「ひぃい!?」


「菅良!一旦退け!!くっ、かってぇな!!」


距離を取ったところで、相手の長いリーチから逃げられない。薙ぎ払われた腕を伏せて躱し、すぐに仰向けになって相手を視界に入れる。

怖い怖い怖い!胸の内がそれで埋め尽くされる。

そんなぼくのカバーに入ろうとしてくれている能登谷君だけど、刀の切れ味でも相手の岩や甲殻を斬り裂くには至らず、固い装甲に弾かれていた。


「ぅぅぅ‥!」


銃を構える。だけどサイト越しに見ると、また沸々と恐怖が沸いてくる。そんなぼくなんか、彼はきっと関係ないんだろう。その腕に装着された槍をかざし、今にもぼくを貫かんとしていた。


「こ‥の!!」


やらなきゃ死ぬ―――もう死んでるけど、今度は本当に虚無の存在になる。

銃身を支える腕も引金に添えて、動かない指を無理やり動かした。空気を震わせる重い音と共に、一発の銃弾が発射される。


「Hushururu‥」


装填された砕弾が体に当たって炸裂し、岩が吹き飛んでぼくの体に当たる。その意外な衝撃に、油断していたのかイギヤカの体が若干揺れる。


「も、もう一発‥!」


自分では必死に動かしているつもりでも、コッキングレバーはゆっくりとしか動いてくれない。マガジンの中に装填されていた砕弾が再装填され、今度は銃身をしっかりと支えて発射する。

着弾と同時に小規模の炸裂を起こす砕弾が僅かに装甲を砕き、しかし今度は揺れもしなかった。


「わわわ!!」


慌てて起き上がると同時に、能登谷君がぼくの方へと突っ込んできた。体を抱いてその場から跳び退き、その瞬間に立っていた場所に槍が突き刺さる。

死んでなおの殺し合い。ぼくの体を引いて逃げてくれる能登谷君は、洞窟の奥へ奥へと向かっていく。あの巨体では入ることすらできない通路に入って外を伺うと、ぼくたちを見失ったのかキョロキョロとしていた。


「よし、見失ったみたいだな‥」


「こわ‥こわ‥!」


「‥‥こりゃあヤバいな」


一息吐く時間ができると、改めてあの怪物の恐ろしさが思い出された。

まさか、殺し合いがこんなにも怖いものだなんて思わなかった。英雄思考を持って参戦した新兵は、戦争を体験して初めて兵士の思考になるというけど、きっとそれと同じなんだと思う。仕事だから、義理で、恩義で―――そんなもの全て吹き飛ぶ恐怖は、ぼくの体を震わせる。


「怖いか?」


「ぅん‥」


能登谷君の問いに、小さく返事を返す事しかできなかった。

ぼくが起点にならなきゃいけないのに、何もできない。怖くて何もできなかったぼくは、社会に出た成人だったとしても、冥界では力がない子供に過ぎなかった。


「俺もだ」


ぼくの頭にぽんと手が置かれる。小さく撫でてくれているのかと思ったその手は―――震えていた。

まったくそんな素振り見せなかった能登谷君。ぼくの目には、勇敢にも武器を持って立ち向かっているように見えたけれども。彼も内心は震えていたみたいだった。そんな手でぽんぽんとしてくれる彼のなんと優しいことか。


「‥‥普段は嫌がるのに、こういう時撫でてくれるの卑怯だと思う」


「言うなよ。今だって結構恥ずいんだぞ、これ」


ぼくがチョロい女だったら、吊り橋効果で惚れてるところだった。ぼくはチョロくないので、そう簡単に好きになったりしないけども。

少し、頬が綻ぶのが分かった。


「うん‥ありがと。落ち着いた」


「そうか。そりゃよかった」


「ぁ‥!」


「落ち着いたんだろ?じゃあ次はこっから出る作戦会議だ」


手が離れていってしまう。何度体験しても、この名残惜しさだけは慣れなかった。

外の様子を伺う能登谷君。その視線の先には、おそらくイギヤカであろう岩が一つあった。


「あいつ、俺たちが洞窟から出られないように張ってやがる」


「やっぱり、やるしかないんだね」


「少なくとも隙を作る必要はあるだろうな。癒魂草だって何度か取りに来ることにもなるだろうし、どっちにしろあいつが邪魔なことに違いない」


ぼくはポーチに手を伸ばし、癒魂草をいくらか取り出す。


「能登谷君、持っておいて」


「これ‥ま、やられるよりマシか」


死者専用の薬になるという、字面だけ見ると意味が分からない代物を手に入れる為に洞窟に潜って、それで今度こそ本当に死ぬんじゃ本末転倒。調合して薬にしないと効果はそんなでもないけど、きっとないよりはマシなはず。採取した癒魂草を受け取った能登谷君は、そのままポーチの中にしまう。


「俺が突っ込むからここから撃ってくれ。甲殻さえ砕いてくれれば、俺が斬り込める」


「うん‥気を付けてね」


合図と共に駆け出していく能登谷君。ぼくも、さっきは一発撃てたんだから、これを続けるくらい訳ないと言い聞かせて伏せる。銃を構えて、サイトの中にイギヤカの体を捉える。


「オラァ化け物!!こっちだ!!」


能登谷君が横に展開しながら走っていくと、岩に擬態していたイギヤカが動き出す。ちょうど横を向いている状態のイギヤカに、3発目の砕弾を発射した。

着弾と同時に炸裂し、今度は多少よろけるもダメージになっている様子はない。どうやって倒せばいいのアレ。3発も兵器の炸裂を受けてピンピンしてる生物なんて、一体どう相手すればいいのか分からない。


「すぅ‥はぁ‥」


深呼吸して、能登谷君に当たらないように確認して。

相手がこっちを見ていないことを確認して、撃つ。最初に比べるとだいぶ撃てるようになってきた弾丸が尽き、マガジンを開いて砕弾をリロードする。


「我ながらAIM酷いなぁ‥」


砕弾は炸裂する弾丸という特性もあり、着弾地点が分かりやすい。故に、ぼくの弾丸が胴体にまばらに着弾していることが一目でわかった。FPSや訓練の時はここまで酷くなかったのに、本番とは恐ろしいものだと実感する。


「すぅ‥‥よし、脚だ」


だけど、今のぼくはさっきとは状況が違う。気づかれていない場所にいて、比較的安全地帯にいて、一方的に撃てる状況が完成している。イギヤカはこんな明るい場所に住んでいるせいか、暗い場所にいるぼくには気づきにくい様子だった。ぼくの防具が暗色というのも関係していると思う。

今イギヤカは横を向いている。能登谷君が上手く囮を引き受けてくれていて、かなり危なっかしいけど一撃も貰って―――


「ぐああっ!!?」


とうとう貰ってしまった。何だか自分の思考がフラグになってしまったようで罪悪感がある。けどすぐに村から持って来ていた鎮痛剤を腕に差し、刀で脚に斬りかかっていた。

鎮痛剤という名前でこそあるけど、中身は魔素による魂魄の分解を停める効果があって、使用用途から通称鎮痛剤と呼ばれている。


「よし、そこだね‥」


動いているとはいえ、その速度は速いとは言えない。狙いすませば―――


「shurua!?」


「よし!」


脚の一本に直撃した砕弾が爆ぜ、これにはたまらずイギヤカも転倒する。巨大な体躯故に、一度体勢を崩すと立て直しが難しいらしい。


「よっし!ナイス菅良!!」


ようやくできた隙を見て、能登谷君が刀を振り上げる。その刃の向かう先は、ヒビが入ったイギヤカの脚。その脚に振り下ろされた一撃は、斬るとまではいかなかったものの、ヒビを切れ目に変えることはできた。


「うおおおおおっ!!!!」


雄々しく雄たけびを上げながら斬りまくる能登谷君。切れ目は筋となり、甲殻を斬って尚刃こぼれしない業物も相まって、遂にその刃は中の肉(身?)へと届いた。だけどイギヤカの動きが止まることはない。むしろ―――


「能登谷君はあっちにいるのに‥」


こっちを向くように回っている―――


「まさか‥‥」


気づかれてる?でも、音は洞窟内で反響して分からないはずだし、光だってほとんどない。


「ま、マズルフラッシュとか‥?」


―――目が合う。


「やばっ‥!!」


急いで立ち上がる。こんな一本道、あの槍で突き刺されでもしたら速攻でやられる。


「間に合え‥!間に合って!」


銃を担いで狭いところから飛び出す。体に光が当たる明るい広場に出た体は、ギリギリのところに飛んできた突きを躱す。


「あぶ‥危な‥」


突き刺さった訳でもなく、ぼくがいたところの入り口あたりで止まった槍。そこまでしか届かないなら、中にいてもギリギリ当たらなかったかもしれない。改めて銃を構え、次の脚も狙ってやろうとした瞬間だった。


「‥‥‥へ‥!?」


―――少し目を離した瞬間に迫る蟹の槍。


「あぐっ‥!!!はっ‥!!!!」


「菅良!!!」


状況を理解する前に、ぼくの体は吹き飛んでいた。一瞬の間をおいて背中に衝撃が走り、それが壁に叩きつけられたということに繋がる。


「かっ‥!!はっ‥‥!!――――ッ!!!」


叩きつけられた背中は全く痛くないけど、もろに受けたお腹の痛みが尋常じゃない。必要ないはずなのに息が詰まる。鈍っていた痛みの感覚を思い出すように、体の奥底から激痛が沸きがってくる。体に力が入らない、息ができないことが苦痛に感じる。久しぶりの感覚のオンパレードが、ぼくの頭を真っ白に染めていく。


「‥‥っ!!‥‥‥ぁっ‥‥!」


潤んでぼやけた視界の中に、巨大な影を捉える。それを認識して、どこかへ飛んでいってしまった銃を必死に探す。


「ぅ‥‥くぅ‥‥」


幸いにも、ぼくの体で下敷きにしているだけだった。無理やり体の下から引き抜いて、狙いの定まらない銃口を向ける。だけど、ぼくが引金に指を持っていくよりも、相手の槍がぼくを捉える方が早かった。

ああ―――今度こそぼくは、本当に世界からいなくなってしまうのかも。生前死後含め20歳の菅良 志緒は、蟹の怪物に突き刺されて終わり。そんな悲惨な結末を想像して、思わず痛みとは別の涙が出る。


「死んだ後でも、涙って出るんだ‥」


槍が振り下ろされる―――


「オオオオオオッ!!!!」


―――何かが頬を掠る感触。それ以降、中々痛みが来ない。

精密に攻撃することを可能とするイギヤカの槍が、ぼくの頬を掠めて地面に突き刺さった。


「‥‥能登谷、君?」


「ふぃー何とかなった‥しっかりしろ、ほら飲め」


「むぐっ‥!」


何が起こったのか確認する暇もなく、ぼくの体を抱えて距離を取った能登谷君。ぼくの口の中に癒魂草を無理やり詰め込み、体に無理やり鎮痛剤を突き刺す。するとじんじんと体に響いていた痛みが引いていき、さっきまでの苦しさが嘘のようになくなった。むぐむぐと癒魂草をそのまま頬張りながらイギヤカを見る。


「脚がなくなってる‥?」


「ああ、でもあれでもまだやれてない。こっち有利になったのは確実だろうけどな」


見れば、イギヤカの脚が一本斬り落とされて、力なく垂れていた。槍を支えにしてようやく立ち上がったイギヤカの表情は分からないけど、口元から何やら白濁液を垂らしていて、どこか怒っているようにも見えた。


「菅良。あの甲殻、ちょっとでも砕けてればそこから斬り開けるみたいだ。脚と、できれば顔あたりにも撃ち込んでほしい」


「ぅ、ぅん‥頑張ってみる」


「頼んだ。スタミナはこっちに分があるんだ、時間かけてでも帰るぞ」


死者であるぼくたちと違って、生者であるイギヤカには限界というものが存在する。いくらぼくたちより規格が違うと言っても、それは絶対的な差じゃない。斬り落とされた脚を見ると、何となくそんな気持ちになる。


「展開する!!もう一本持ってくぞ!!」


「うん!砕弾いくよ」


片方の槍が脚の代わりになっている今、そっち側を集中狙いが効果的だと判断して展開する。近接である能登谷君が立ち回りやすくなれば、それだけこっちも楽になる。

何だろう、片足をとったことで、精神的に少し余裕ができたのかもしれない。さっきみたいに地を這って怯えながら、なんてことにはなっていない。軽く深呼吸して、撃つ。


「外れ‥」


次弾装填、撃つ。


「ナイス!もう一本貰うぜ!!」


今度は直撃したところをすかさず刀片手に詰め、攻撃を回避しながらより相手の安定性を削いでいく。腕を杖代わりに使っている以上、攻撃は単調で、突き以外の攻撃ができなくなってしまっている。

装填された最後の一発を顔に撃ち込むと、衝撃から少し怯む。なるほど、流石に頭まではあまり防御が整ってないみたい。けど、流石に無理して能登谷君に正面には立たせられない。遠距離からチクチクできるぼくの仕事。なので、コッキングレバーを下に倒す


「ホローポイント弾!」


魔狩の銃におけるコッキングレバーは、仕様弾丸を変更する機構も備えられている。コッキングレバーを上下させると、弾倉に装填された弾丸にロックをかけて、もう片方の銃口から第2の弾丸を発射できる。

ホローポイント弾とは、弾頭の先端に意図的に空洞にされている弾丸のこと。相手に着弾すると、空洞部分から弾頭が炸裂や膨張を起こし、非常に大きなダメージを与えられるようになっている、体内に致命的なダメージを耐えられる強力な弾丸だった。

冥界で作られた対魔物用の弾丸になっているので、現世のそれよりも少し大きいそれを装填。


「っとと!」


唐突にぼくの方へ飛んできた槍を躱し、サイトを覗いて狙いを定める。


「FPSプレイヤーのAIM‥唸れぇ!」


―――撃つ。


「shuraaa!!!」


弾けた。砕けた甲殻の隙間からねじ込んだ弾頭が弾け、体液と甲殻が弾ける。これにはたまらず顔を逸らし、ぼくの方へぶんぶん腕を振って牽制してくる。


「いける!!いけるぞ!!」


調子付いてきた能登谷君が顔面に張り付く。ぼくに意識が向いたことで自由に動けるようになった能登谷君の刀が、ホローポイント弾によって弾き飛ばされた甲殻を斬り開き、中の肉を蹂躙する。その間にコッキングレバーを引いて次弾を装填―――撃つ。


「sharaaa!!!」


「効いてる‥!」


手ごたえを感じる。より深層にホローポイント弾を叩きつけられてはたまらない。人間に撃てば1発でも致命傷になる弾丸を2発も耐える時点で、恐怖の対象でしかない訳だけども。


「いい加減‥!」


刀が突き刺される。


「倒れやがれぇ!!」


―――引き裂く。ホローポイント弾を受けてズタボロに解されたイギヤカの身は、正さんが鍛えた業物によって無理やり斬り裂かれ、中からドロリとした何かが漏れ出てきた。


「shaaa‥!!」


それは、最後の抵抗だったのか。

それとも、生への執着だったのか。

能登谷君によって斬り落とされた脚からバランスを崩し、槍を上に伸ばしながらも、それはどこにも届くことはなく―――やがてそれは、重い音を立てて地面へと落ちた。


「‥‥‥終わったのか‥?」


「‥‥はぁ‥‥」


―――動かない。


「ぃよっしゃああ!!!」


「た、助かったぁ‥!」


腕を大きく振り上げる能登谷君。刃物を持ったままそういうことするのやめてほしいけど、それ以上に精神的な疲労感がどっと来る。何だろう、肉体的な疲労がなくなったからか、精神的な疲労に意識が持っていかれて、体感が増幅されてる気がする。

緊張の糸が切れて、思わずペタンと座り込んでしまう。銃を握る力も入らず、ただ天井を仰いだ。


「ぁぁぁ‥怖かったぁ‥」


「俺もだ。ははは!」


最後の方はちょっと調子に乗ってたからか、自分が優勢だったからか、恐怖心が薄れてきてたけども。それでも改めて思い出すと、あの巨大なカニが動いて襲い掛かってくるのは恐怖でしかない。モンスターパニックって、実際に体験すると怖いことこの上ないものだと痛感した。

一番怖かったのは、あの巨大な槍が頬を掠めた時。自分の頬を軽く触ってみる。何だろう、傷の一つもついてると思ったんだけど、むしろ生前より触り心地がいい状態だった。これが癒魂草の効果かな、ほんのちょっとの傷なら単品でも治せるらしい。


「ぁ、そうだ。癒魂草‥」


そういえば、今回の目的である癒魂草は大丈夫かと取り出してみる。


「無事‥よかった」


ここまで来て仕事が失敗した、なんて。村長とクンケルさんにどう報告していいことかと思ったけど、何とか無事だった。癒魂草はすり潰した汁を薬に使うらしいので、あまり乱暴に扱うと使えなくなってしまう可能性がある、と西川さんに教わっていた。安心感がより増大して、また力が抜けてしまう。


「菅良」


「ん?」


能登谷君がぼくの目の前に立って、拳を突き出していた。


「お疲れ」


「うん‥お疲れ」


それに対してぼくは、こつんと拳を合わせた。


「体は大丈夫?さっき被弾してたけど」


「それはお前もだろ?腫れたりしてないか?」


「抉れたり千切れたりはしても、腫れたりとかそんな細かい怪我しないんじゃない?」


能登谷君に背を向けて、軽くお腹を確認してみる。さすっても痛みなし、見た目も異常なし。能登谷君の方も怪我一つなく、結果的には無傷、と言えると思う。


「これだけ苦労させられたんだ。ついでにこいつの素材、使わせてもらおうぜ」


親指でクイッと指した先には、既に息絶えたイギヤカの亡骸。

その甲殻は様々な道具や建築資材に、蟹みそは一部の珍味マニアに、その身は歯ごたえのある美味な食材に。総じて需要があるイギヤカの素材は、持てるだけでも持ち帰るだけで利益になる。そんなイギヤカの素材を手に入れる為に歩いていく能登谷君。


「あ、待って」


「どうした?やっぱどこか痛むか?」


能登谷君に手を伸ばす。


「ぼく、いっぱい頑張った」


「そうだな、お疲れさん」


むぅ、と。不服を表す。


「怖いの我慢していっぱい頑張った」


「そうだな‥まさかお前‥!?」


能登谷君が一歩引く。


「ご褒美欲しい」


「お、俺も頑張ったぞ?」


「うん。だから今日の夕飯は腕によりをかけるから!だからぼくにもご褒美欲しい!!」


「お前‥!ホントお前!油断も隙もねぇな」


ナデナデが欲しい。隙あらば延長、これはぼくにとって最優先事項。


「だめ‥?」


「ぅ‥」


身を乗り出して必死に懇願する。すると困ったような表情をしながらも、やがて溜息を一つ吐いて折れてくれた。


「‥‥はぁ。仕方ない奴だな」


「やった!」


ぼくの手を引いて立たせてくれる能登谷君。何だかんだ、彼は優しいんだよ。

交渉も成立したので、ぼくたちはイギヤカの遺体に手をかける。成り行きとはいえ殺したからには、その命は有効活用させてもらう。甲殻も、身も、ナデナデの交渉材料としても。

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