初めまして。
今作は某モンスターをハントする作品みたいな世界観の作品を、自分でも作ってみたいと思って作成しました。
それにあたって生物分類学に基づいた分類とかもする予定ですが、作者の生物学知識が割とガバガバなので、ちょくちょく間違った解釈で書いたりすることがあるかもしれません。
それでも構わないという方はどうぞ、ごゆっくり。
迫ってくる沢山の人たち。彼らが顔に浮かべるのは、心配といったところか。けれども目の下に隈ができていたり、明らかに疲労感があったりと、人の心配をしている場合かと思うような様相の人たちばかり。そんなことを考えるぼく、菅良 志緒が覚えているのは、おぼろげな記憶だけだった。
「過労死‥かな?」
菅良 志緒。享年20歳。男の子が欲しかった父母によって育てられ、ぼく口調が抜けなくなったり、中学生に間違われる程度にしか体が成長しなかったりしたけれども、一応成人して就職した事務員だった。といっても、職場はよくあるブラック職場。そろそろ過労に倒れるのも時間の問題だと思いつつ、いっそそれでもいいかと思える程度には追い詰められていた状況下、まさか本当に死んでしまうとは思わなかった。
死、というものをなぜかすっきりと理解できている自分がいる。まるで記憶や感覚に、本能に直接刷り込まれているかのように。
「貴女も、お亡くなりになってしまったのですか?」
声をかけられる、というよりは頭の中に直接響いてくる感覚。方向だけは分かるのでそちらを向いてみれば、まるで修道女のような女性が立っていた。といっても風景が自分の想像している景色に変化するうえ、もはや足が地についている感覚すらないのだけれど。
「私もなのですよ。不幸にも交通事故に遭ってしまいまして」
「そうですか。こっちは過労死ですね、多分」
「それはお辛い目に遭われましたね。でも、心配はありません」
「どうしてそう思うんですか?」
手を合わせて天に祈るように、静かに目を閉じる女性。
「主は万人に等しく平等ですから」
「ああ、何か信仰しているんですか」
見た目から分かることでもあったが、神を信仰する女性であったらしい。
「こうやって死後の世界があるぐらいですから、確かに神様がいても不思議ではなさそうですね」
想像によって続々と景色を変えられる。よく見れば、女性の姿も修道女から色黒ギャルに変えることすらできた。何もかもが自由なこの空間は、もしかして天国というやつなのかも―――
「GHAAAAAAAA!!!」
『っ‥!!?』
そう思っていた矢先、2人でビクリと体を震わせてしまうほど。いや、世界そのものが震えてしまったかのような、強大な【音】が鳴り響いた。もはや音の領域を超えたそれだけれど、ぼくの語彙では【音】以上に表現のしようがなかった。
そして、それは現れる。
「お‥おお‥‥!!!」
女性が声を上げる。それだけじゃない。周囲に続々と現れる人々。サラリーマン、学生、アジア系から黒人に白人、その人種はいくつにも分かれている。そんな彼らが一様に上を見上げている原因、そしてぼくの視線の先にもいるそれは、まさしく―――
「神よ‥!神よ!!」
「怪物‥」
クルリと一回転。原理不明の空を浮遊する存在。生物感をまるで感じさせない、黒寄りの紫色と、腕や頭の淵を彩る黄金の体色。醜悪な牙の覗く顔には、ギロリと大きく開いた眼光が黒色に光る。ひらりと揺らめく衣のような膜は、腕と思われる個所から生えているように見え、いうなれば龍に近い容姿に見える。それを、ぼくを含めて集まった人間たちは、多種多様な呼び名で呟いた。
人はそれを怪物という。人はそれを悪魔という。人はそれを天使という。人はそれを神という。ただ一つ、この世界に降臨した龍は、その一軒家にも匹敵する巨大な口を大きく開く。
「HAAAAAAAAAA!!!!」
頭の中に響く巨大な【音】。思わず耳を塞がずにはいられず、目を閉じて身を縮こまらせてしまう。
「頭が‥痛い‥!!割れる割れる!!!」
苦痛を感じざるを得ない。神経そのものをゴリゴリと削られたに等しい痛みが、頭を通じて全身に波及していく。周りもきっと同じなのだろう。せめてかの龍が何を目的としているのか、その姿を見ようとする。
「ぁぁ‥神よ、なぜこのような‥!!私は、貴方だけを信じて‥!!」
全員が全員、ぼくと同じ状態だった。頭の中に響いてくる【音】の痛みに抗いきれず、ぼくたちは龍の行動への反応が遅れてしまっていた。
「なに、を‥まずいよ、早く逃げ‥ぐぅうう!!」
龍の咆哮は、龍の口にナニカが収束し始めてからも続いている。バチバチと迸るエネルギーの奔流は周囲へと波及し、この空間そのものを破壊せんと言わんばかりに震わせ、亀裂すら入り始めている。青と金が入り混じる極太の稲妻が。漫画やゲームでしか見たことがないような力そのものの奔流が―――
「ぁ――――――」
ぼくたちが存在するこの世界を、木端微塵に粉砕した。途切れる意識の中、体がどこかへと落ちていく感覚しか感じられない。狭まっていく視界の中にあるのは、とぐろを巻いて咆哮する龍の姿だけだった。
****
意識が浮上する。その後すぐに聞こえてきたのは、地面を水が跳ねる音だった。少しずつ目を開いてみる―――
「‥‥ふゃぁあっ!!?」
目の前にいたのは男の子だった。見ず知らずの青年の寝顔が視界一杯に広がり、思わず情けない声を上げて後ずさってしまう。
全身ジャージ姿で、開いたジャージの中から鍛えられた筋肉質な体が覗いている。背丈は成人男性と同じぐらいで、頭は水に濡れて垂れているけれど、所々がボサボサに跳ねている。
「ぅん‥‥」
そんなぼくの声に目覚めさせられたのか、男の子の目も少しずつ開いていく。ビショビショに濡れた髪を掻き上げ、そしてその視線がぼくへと向いた。
「‥‥‥」
「‥‥‥‥?ど、どうも」
「どうも‥‥」
気まずい時間が過ぎる。見ず知らずの男女が全身ずぶ濡れで2人きり。一体何がどうなってこうなったのか。必死に記憶を探っても、最後に見たのはあの悍ましい龍の姿―――
「龍‥そうだ。ぼく、確か死んだはずなんだけど」
「ぼく‥?男なのか?」
イラっときた。ぼくは女の子です。
こちらは状況が特殊すぎて戸惑っているのに、目の前の男の子はまるで見当違いかつどうでもいいことに思考を巡らせていた。そこで自分の体を見てみる。腰まで届く長い黒髪に、普段から楽だからと好んで着ていた白いパーカーに紺色のスカート姿。現代日本にはどこにでもいる姿だと思う。
これだけ女の子らしい格好をしているのだから、性別を間違えるのはやめてほしい。
「えっと、ちょっと混乱しすぎてるから取り繕わず言うね。ぼくは菅良 志緒。こんな口調だけど女の子だよ。確かあの龍にとんでもないもの叩き込まれたところまで覚えてるんだけど、そっちは?」
「の、能登谷 義隆。俺もそんな感じ‥ってかここ森の中か?なんだ、異世界転生でもしたっていうのか?」
その言葉にはっとして周囲を見渡す。高い木々に囲まれた森の中。雨が降っているのか、枝の間から水が降り注いでくる。最後の記憶からずっとそうだけれど、まるで夢のような体験だった。それを確認しているのか、男の子―――能登谷君は自分の頬を抓るという定番の行動をとっていた。
「‥‥‥?」
そんな彼は、不思議な表情で首を傾げる。
「なぁ、ちょっと自分の頬引っ張ってみてくれないか?」
「え、何で」
「なんというか、痛みに鈍い。触ってる感覚はあるんだけど、妙に痛覚が薄く感じる」
自分の頬を好き放題引っ張っている彼の様子を見ながら、とりあえず自分の頬も引っ張ってみる。
「‥‥痛くない」
力を入れて抓ってはいるのだけど、触られている感覚があるだけで痛みというものを感じない。そもそもあの時、ぼくは過労で倒れて死んでしまったはず―――度重なる不思議に困惑していると、突如として草むらが揺れた。
思わず2人揃って震えてしまう。思えば体が濡れているのに寒くもない。だけど寒さとは別の理由で震えてしまった。
「あれ‥!」
何か重いものが落ちたかのような音。泥が盛大に跳ねる音が聞こえたかと思えば、その先には怪物というに相応しい巨大なナニカがいた。
その見た目は鳥のよう。プテラノドンだとか、そういった古代の生物にも思えるほど巨大な鳥だった。体長は10mはあるかもしれない体長。全身は黒や紫系の体毛に覆われ、永く伸びた嘴だけが赤い。
「何だあれ‥!?見たことあるか‥!!?」
「ある訳ないよ‥!」
白亜紀とかジュラ紀とか、そこらへんにしかいなさそうなその存在は、生物学に明るくない素人でも分かるほどに異端だった―――そんな巨大な鳥類が、その瞳をギロリと動かし、こちらをじっと睨みつけた。
「気づかれてる!」
「Kuaaaaa!!!」
「に、逃げるぞ!!こっちだ!」
巨大な鳥が飛び上がる。声を上げながらバタバタと宙で脚を動かし、地面に着くと重い音を立てる。
思わず腰が抜けてしまいそうになったぼくの手を、能登谷君が引いてくれた。無理やり立ち上がらせられたぼくは、その大きな手に引かれるまま走っていく。
「追ってくる!追ってくるよ!!」
「なんだよこれ!異世界転生ならさぁ!神様とか出てきてくれよぉ!!」
確実に言ってる場合じゃない。そんな彼は弱音を吐いているけども、相手は相変わらず大きな声で鳴いている。
どれだけ走っただろう。もはや後ろを振り返ることすらなくなった時、ふと雨の音しか聞こえないことに気づいた。やがてチラリと後ろを見てみると、後ろには何もいないことに気づく。どうやら撒いたみたいだった。
「の、能登谷君‥!も、大丈夫だから」
「お、おう。ふぅ‥危なかったな‥!」
雨に当たらないよう、近くに見つけた洞窟の中に入る。ひとまず訪れた平穏に安堵しながら、ビショビショに濡れ、乱れきった自分の髪を整える。
「何がどうなってるの、これ」
「妙な化け物には遭うし、濡れてるはずなのに全然寒くないしな」
思えば、これだけ濡れて確かに少しも寒くない。雨を受ければ冷たいと感じるはずなのに、まるで体温そのものが低下せず、一定に保たれているかのように快適だった。
ぼくは一体どうなっちゃったんだろう。先ほどの鳥と遭遇した時とはまた別の不安が胸を締め付ける。手を胸の前で重ねて、何とかまともな状況になるよう祈る。
「大丈夫か?」
「ふぁ‥!?」
ぽん、と。能登谷君の手がぼくの頭に乗る―――刹那、未知の感覚が全身に広がった。
「怖いよな。こんな意味わかんない状況になって。安心しろ、俺が何とかしてみる」
「ふぅ‥ぅん‥」
何だろうこれは。未知の感覚―――いや、この未体験の感覚は、極上の心地よさだった。胸の中に広がる幸福感、身を預けたくなる安心感。色んな感覚がぼくの中をグルグル回って、体から力が抜けて、思わず能登谷君に倒れこんでしまう。
「ぅん‥ふにぃ‥‥」
「ど、どうすりゃいいんだこれ‥‥」
安心する、幸せすぎる、気持ちよすぎる。この世にまさかこんなに素晴らしいものがあったなんて。男の子に密着してしまっている羞恥も、状況に対する不安も、この時はすべてを忘れられた。特に後頭部を手が通る際の感触が素晴らしい。もうこのまま―――
「声、かけてもいいのか?」
「うおっ!!?」
突然、知らない声が聞こえてきた。怪物ではない人の声。しかし音というものそのものに敏感になってしまっていた。能登谷君がビクリと震え、ぼくの小さな体がギュッと抱きしめられる。頭から手が離れていってしまった凄まじいまでの名残惜しさを感じながら、バッとぼくの体を解放した能登谷君の奥に、何やら男性の姿が見えた。
20代ぐらいの成人男性に見える男性だった。背中には彼の半身ほどもある大きな籠を背負い、その服装は股引等古い時代の作業着に見える。そんな彼は薄暗い洞窟から現れた。
「人だ‥!いつの間に」
「この先にワシらの集落がある。災難だったなぁ、こっちに来て急に遭ったんだろ、その様子だと」
「こっちって‥?」
まるで、ぼくたちの境遇をすべて把握しているかのような口ぶりだった。
「来い。集落に案内する。ここの事と、アイツの事、全部教えてやるから」
そう言って男性は立ち上がり、洞窟の先をクイッと指さした。
「ようこそ、冥界へ」
『冥界‥!?』
やっぱり、ぼくたちは死んでしまったのか。
冥界―――様々な宗教に登場する、死者が行きつく世界と言われる、霊魂の終着点。
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