バイト中、目の前に車が突っ込んできたと思ったら死んでいて、直感的に【神】と直感―――いや、そう本能的に叩き込んできた龍と遭遇。次に目が覚めたら森の中。成人しているらしいが、どう見ても中学生ぐらいにしか見えない少女に出会い、怪物に遭遇。その後現地人に助けられ、なんやかんやで女の子と一つ屋根の下で生活することになる。。
そんな、文章に起こしただけなら異世界転生物にありそうな展開を経験した俺、能登谷 義隆は、この世界で命―――というより存亡をかける魔狩という職業に就くことになった。
「と、ここまでが俺の体験のあらすじな訳だが‥夢じゃないのか」
一晩寝て、目が覚めたら実は普通の生活でした、なんて。遭難した人なんかも、きっとこういう希望的観測を抱くのは珍しくないはずだ。体を起こして首を一捻り。
死んでいるせいか、身体的な疲労はない。体が痛かったりすることもないし、死んでいるのにこんなこと言うのも変だが快調そのものだ。だけど何だろう、こう、精神的に来るものまでは抑えられないらしい。
「昨日は色々とありすぎたからなぁ‥現世?だとどうなってんだろ」
バイト中に突っ込んできたあたり、あのコンビニはニュースになってるだろうな。そこで俺の死体が見つかって、親がマスコミのインタビューに応えたりするんだろうか。
昨日までが怒涛の展開すぎて悲しむ暇もなかったけど、いざこうして落ち着いてみると中々来るものがある。布団を被り、悶々とした気持ちを抱いたまま天井を見つめる。部屋は布団以外にも必要最低限の家具しかなく、男の目からしても飾り気がなさ過ぎて寂しい印象を受けた。
「‥‥‥能登谷君?」
「えっと‥菅良か?」
ノックの音と共に、扉の奥から高い声が聞こえてきて一瞬驚いてしまった。家に女の子がいるなんて初めてだ。
「入っていい?」
「あ、ああ。寝起きでちょっとだらしないけど」
手櫛で軽く寝癖を整えながら扉を開く。そこにいたのは、昨日出会った時と同じで、白いパーカーに紺のスカートの少女だった。
「ぁぁ、ぅん。やっぱ夢じゃないんだね」
「奇遇だな、俺もちょうど同じこと考えてた」
―――沈黙が訪れる。それ以外に何も交わす言葉がない。とりあえず、折角来たのだからと部屋に招き入れた。女の子を部屋に招き入れるのが、まさか死んだ後になるとは思わなかった。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
天気の話題すら出す気になれない。話題の墓場をも通り過ぎた気まずさ。思わず電車の中で広告を見るが如く視線を動かす。
「短い人生だったなぁ」
沈黙を破ったのは菅良だった。
「ぼくさ、小学生ぐらいまで男の子として育てられたんだよね。親が男の子が欲しかったらしくて」
「そうなのか。じゃあその口調も?」
「抜けなくなった。意識すれば私とかも言えるけど、やっぱ素だとぼくって出ちゃうね」
中々珍しい経緯だ。リアルなぼくっ娘も初めて見たが、案外こういう経緯で生まれるかもしれない。
「高校出て、就職できたと思ったらブラック企業で‥日付が変わってから退勤して、日が昇った頃に出勤したこともあったなぁ」
「それは‥辛かったな。過労死か?」
「うん。でもさ、会社で給料計算とかシフト調整とかできるの、ぼくだけだったからさ。一体誰が給料出すのか、一体誰が業務回すのか楽しみだよ。ふふふ‥‥」
若干闇堕ちしかけている。いや、むしろ闇堕ちしていないだけまだマシなのか。こんな小さな少女になんて仕打ちを、なんて言ったら怒るだろうか。
「俺もさ。バイト中だったんだけど、いきなり車が突っ込んできてな」
「ホントにあるんだ‥!?」
「品出ししてたら見事にドンッ!よ。結構いい大学受かったんだけどな‥」
菅良の闇に比べればまだマシか。今はまだ悲しい出来事だけど、多分あと10年もすれば笑い話にはなるだろう。もしも生き返ることができたなら、公共交通機関の拡充と運転免許の年齢制限をつける為に政治家になりたいと思う。
「ん‥ちょっとだけど楽になった。ありがとね」
「こういうのって吐き出すの大事なんだな」
俺たちはもう死者。魔物にさえ襲われなければ、これから永遠の時をこの世界で過ごす事になるんだろう。肉体的に頑丈だってことは、きっと俺たちの弱点は精神面だ。心が壊れてしまったら、きっとすぐさま冥界の糧になる道を進むことになるんだろう。
菅良が少しだけクスリと笑い、何やら頭を指したしてきた時、、家の扉がダンダンと叩かれた。一瞬ビクリとして菅良が振り返る。これはあれか、インターホンがないからノックで呼び出すしかないのか。
「ぼく出てくるよ」
「この家に来るってことは俺たち2人に用事だろ。俺も行く」
ギシギシと音の鳴る板張りの床を歩き、ガラガラと扉を開けてみる。そこにいたのは、どう見ても少年だった。
「どうも菅良さん能登谷さん初めまして!私の名前は西川 一郎。この村では釣り師兼学者を担っています!死者に年齢をつけるのならば、生前と合わせて25歳です」
『ど、どうも‥?』
二人そろって声が重なる。
西川と名乗ったこの人も、見た目としては男子中学生ぐらいだ。俺と近い背丈があるあたりが菅良との違いか。研究者のような白衣を着ていて、背中には何やら樽を背負っている。とても活力のある声が印象的だ。俺たちよりも年上らしい。冥界では、見た目はあまり当てにならないらしい。
唐突にやってきた男、西川さんはハッと我に返ったように咳払いし、背中に背負った樽に手を回して持ち直す。
「いやぁすみません!今まで村での最年少だったもので、生前も死後も含め初の後輩に心躍ってしまったのですよ」
年齢に反して性格は見た目相応に感じる。ついでに【生前も含め初】というところに若干の闇を感じる。
「それで、用件なんですが‥」
そう言って背中の樽を下ろし、中から見たことのない魚を取り出した。
「食事、しませんか?」
朝起きて、実はまたあのブラック企業に出社してしまうのではないか―――そんな、生きたいか死にたいかどっちつかずの想像をして眠って、朝起きたらやっぱり知らない天井で。
でも、もう比較的仲の良かった同僚や友人、今だにぼくを男の子にしたがっていた両親の顔が見られないとなると、やっぱり悲しみはある訳で。能登谷君とちょっとだけ生前の事を話していたら、少しだけ楽になった気がした。ついでに頭とか撫でてほしいなと体を倒して頭を差し出してみるけど、間が悪いことに来客があった。モヤモヤする気持ちを抑えつつ先に歩いていった能登谷君の後を着いていくと、玄関にいた尋ね人は少年といっても差し支えない容姿をしていた。
「食事、しませんか?」
そう言って取り出したのは、見たことがない魚だった。頭が瘤のように膨らんでいて、全身は濁った緑色。色合い以外はコブダイにも見えるそれは、きっと魔物の類なのだろうなと想像がつく。
「と、とりあえず中へどうぞ」
「どうもどうも。お邪魔します」
突然やってきた少年は、結構丁寧な仕草で家へと入っていく。そして台所まで来たところで樽を下ろし、中から同じような魚を数尾取り出した。更にいくつかの調味料や野菜など、
「菅良さんは料理しますか?」
「うん。結構するけど‥」
「ではついでに美味しい食べ方を教えますね。まずは‥」
手慣れた手つきで包丁を振るい、それを見様見真似で捌きながら調理していく。やることがない能登谷君はリビングへ、二人残されたぼくは炭の火力を調整する西川さんの脇で、野菜を使って適当に煮物でも拵えることにした。
それにしても、最近は仕事が忙しくて料理なんてほとんどしなかったはずなのに、結構スラスラと調理が進む。死者は生前の経験がそのまま力になるって川原田さんが言ってたけど、こういうことなのかな。
「西川さん、昨日から思っていたんですけど」
「どうしましたか?」
「ぼくたち、死んでるのに食事の必要があるんですか?別にケガとかもしてませんし」
昨日、魔物を食べると魔物から受けた傷が癒えるとは聞いた。けどぼくたちは別にケガもしていない。食事をしたところで意味がないようにも思えるけど、ぼくの言葉を聞いた西川さんは、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「いいでしょういいでしょう説明しましょう!これはですね、ぼくたち普通の村人より、魔狩である貴女たちこそ重要となる行為なのです!」
一本指を立て、嬉しそうに、楽しそうに語り始める。
魔物の体には【魔素】と呼ばれる物質が含まれている。これは冥界に生きる者であれば誰でも体内に持っている物質で、これは魂魄、つまりはぼくたち死者を解体する能力があるらしい。これによって不滅の肉体を持つ死者は傷を受ける。けど魔素と魔素は反発しあうらしく、また少量であれば肉体を一度解体し再構築するらしい。これによって傷を癒すぼくたち死者の肉体は、癒す傷がない時には肉体の表面に浮き出てくる。魔物の攻撃、魔素を反発できる魔素を纏うことで、攻撃に対する防御能力を獲得できるらしい。
「魔狩は魔物と直接戦うから、少しでも防御力があればってことですか」
「村人にとっても、襲われた際の生存率が上昇しますから。普段から魔素を肉体に蓄積しておくことはとても重要なのですよ」
手慣れた手つきで捌きながら、とても活き活きした様子で語ってくれる。
「といっても効果は微々たるもので、100年食べ続けても1%程度の衝撃を相殺するだけですが」
本当に意味があるのかと一瞬思ったけど、既に死んでいる以上いくらでも過ごす可能性はあるんだった。村長の川原田さんなんて500年は冥界で過ごしているみたいだし―――あの人、室町時代から冥界にいるんだ。
そうこうして出来上がった朝食。西川さんが持ってきた白米(魔物)に煮物(魔物)、焼き魚(魔物)の冥界風普通の朝食。席について頂きますすれば、皆一緒に食事に手を付け始める。
「ん!美味い」
「そうでしょう!菅良さんの料理の腕がよかったのもそうですが、食材は冥能村産の中でもいい物を使いましたからね!」
誇らしそうに胸を張る西川さん。こうして見ると、自慢げな年下を見ているようで可愛い。
料理を褒められたのなんて何年ぶりだろう。頬が綻ぶのを誤魔化しつつ一口。美味しい。初見の食材ばかりだったけど、やっぱり性質は似たようなものらしい。
朝食にしてはそれなりにお腹に溜まる量を用意したつもりだったけど、なくなるまでは早かった。死んでいるから別に空腹感とかなかったはずなのに、食べ始めた途端に箸が進む。何とも不思議な感覚だった。こう、生存本能とかないはずなのに、食欲とかがある感覚は何とも言葉にしづらい。
2人にはお茶を出して、ぼくは台所で後片付け。能登谷君が手伝うって言ってくれたけど、流しが1つしかないので一人でカチャカチャ皿弄りに興じる。3人分というそこそこの量の食器を片付け、手を拭きながら居間に戻ってくると、そこにはぐったりとした能登谷君と活き活きした西川さんがいた。
「ど、どうしたの‥?」
「あ、お疲れさまでした!いやぁ、能登谷さんがぼくに教えてほしいことがあるというので、ついつい力強く語ってしまいましたよ」
「やっばい‥‥そんな時間経ってないはずなのにやっばいぞこれ‥‥」
ホントに一体何があったの。
「そうそう、これは菅良さんにも関係があることですので聞いていただきたいんですけど‥あ!?そんな身構えないでください!大丈夫です!!簡潔に済ませますから!?」
思わず一歩退いてしまった。人間を短時間でこれだけ疲弊させる話術とは一体どんな邪悪なものなのかと。校長先生のお話とはまた別の方向性の凶悪さなのかと警戒してしまう。
「ごほん‥この後の予定です。村長から早速、魔狩としての準備を進めるようにと指示を受けていまして」
そう言って彼は地図を取り出した。この村は中央広場を軸として放射状に道が広がっていて、それぞれの道の先に何かしらの店がある。北東は工房。南東が農地。南がぼくたちが放り出された森に続く洞窟への道になっていて、そのまま西にぼくたちや村長の家がある。北西には食料系を纏めて取り扱っているらしく、様々な店が並んだ商店通りになっていて、北が島と他の土地を繋ぐ港になっている。
「お二人の装備のことです」
武器、防具等、戦闘に使用する装備は、魔狩にとってまさしく生命線。そんな命綱を生産しているのは、北東に位置する工房地帯の職人たち。ぼくたちはその地帯へと歩いて向かっていた。
歩いているだけで道行く人に声をかけられる。全員が朗らかな笑顔を浮かべていて、昨日来たばかりのよそ者にも優しい人たち。作務衣のようなものを着ている人もいれば、洋服で歩いていく人もいる。すれ違う度に短く言葉を交わしていると、いつの間にか工房へと到着していた。
「曾山製作所。この村唯一の工房です」
「緊張するな‥初めて本物の武器を取るんだろ?竹刀とか木刀しか持ったことないぞ!?」
「ぼくだってモデルガンしか持ったことないよ‥!?」
サバゲーは中々楽しかった。FPSとはまた違って、ゲームごとの仕様を覚えたりしなくてもいい。一撃必殺だしマップも大して広くないけど、非日常感は確かなものだった。
工房を見上げる。高さとしては民家より少し高いぐらいだけど、とにかく横に長い。所々から生えている煙突からは煙が立ち上り、時々半裸の男性が大量の石ころを台車で運んだりしている。いや、あれは石ころじゃなくて何かの鉱石っぽい。これから精錬したりするのかな。
扉を開く―――同時に押し寄せてきたのは熱風だった。死者だからか、熱さがあると感じるだけなのはよかったかもしれない。所々を流れる融けた金属や、所々から空気の抜けるような音が聞こえるパイプ等々、見ているだけで【熱】を感じる。全員が長袖に作業用の手袋を着けていて、汗一つ流さず作業しているのは何だか違和感を覚えた。これで生きていたら絶対熱中症で倒れてる。
「親方ー!!曾山親方!!新しい魔狩の方を連れて来ましたよー!!!」
金属を叩く音や機械の駆動音がガンガン響く中、声を張り上げる西川さん。すると近くにいた人が気づき、それを隣に伝え、更に隣にと、まるで伝言ゲームのように伝達されていく。うるさい中での情報共有手段を駆使し、しばらくすると奥から人影が現れた。
人影は2つ。1人は男性、もう1人は女性だった。どちらも片手に工具を持ち、ゴーグルを上に上げながら、クイッと親指を奥へと向けた。その先には扉がある。
「こっちへ来いって言っています。さあ、行きましょう!」
奥の扉へ招かれるままに入っていくと、途端に熱が消えた。壁自体が断熱性の高い素材でできているのか、空気がガラッと変わったような感覚だった。
そこは事務室のような場所だった。所々には書類が山積みのテーブルが置かれている。
「ここなら話せるわね。あっちはとにかくうるさいし」
女性が口を開く。短い茶髪に、他の作業員と違ってタンクトップに厚手の長ズボンという出で立ち。男性の方は―――どこか猿に見える。口には出さないけどまさしく猿だった。同じような格好の猿は少し吹き出しそうになってしまった。何とか抑えたけども。
「私は曾山 栞」
「僕は曾山 正」
「私がこの工房の親方よ。村長から聞いてるわ、貴方たちが新しい魔狩さんでしょ?」
軽く自己紹介を済ませる。
工房の親方というと男性で、ついでに豪快な印象があるけど、この人はそういうことはない。隣の男性、正さんは何やらぼくのことをじっと見つめては、顎に手を当て不思議そうな、物珍しそうな目で色んな部位を見ている。何だろう、何かおかしなところがあるのかな。
更にはぼくの周りを回りながら、まるで異国を見るかのような目で見られている。
「正、あんまり困らせちゃだめよ?ごめんね、君のスカートが珍しいみたい」
「スカートが?」
「あの子ちょっと特殊な境遇だから。ここの人たちの洋服も、スカートとかないし」
そういえばズボンが多かった気がする。
そう言うと同時に、栞さんの顔がぎょっとした。なんだろう、妙に風通しを感じる。恐る恐る下を見てみる―――
「ふゃああああっ!!!?」
「こ、こら!!?」
思わずスカートを抑えて跳び退いた。頬に熱が帯びるのが自分でもわかった。そんな顔を見られたくなくて、思わず顔を伏せてしまう。
見られた!初めて男の子に見られた!
栞さんが何やら一言二言飛ばし、ぼくを事務所の更に奥の部屋へと連れて行ってくれる。そして扉を閉めた後、凄く申し訳なさそうな顔でぼくと視線を合わせるようにしゃがんだ。
「ごめんね?正はまだまだ常識知らずというか、世間知らずなところがあってね?ただ好奇心で捲っちゃっただけで、悪気はないのよ」
「ぅん‥ふぅぃ‥‥」
ぽふ、ぽふ、と空気を含んだ音を立てながら、ぼくの頭で栞さんの手が躍る。触れる度に柔らかな心地よさが流れ、思わず声が漏れ出てしまう。
「やば、可愛い‥抱き締めたい‥‥」
抱き締める―――優しく抱擁されながら撫でられたい。大きく手を開いて迎え入れると、彼女はとびっきりの笑顔で撫でまわしてくれた。
「ぅん~~~~~!!」
「娘に欲しい‥!!妹にしたい‥!!ってそうじゃない。仕事仕事‥」
「ぁぁ‥‥!?」
「うっ‥!?」
手が離れていってしまって、思わず切ない声が出てしまう。手が離れた瞬間から沸き上がってくる切実な願いは、叶えられることなく終わってしまった。ちょっと揺らいでいたからもうちょっとだと思ったんだけど。
手を伸ばしても、それを振り払うように遠ざかって行ってしまう。本当にもう撫でてくれないんだと悲しくなっていると、栞さんは何やらメジャーを持ってきた。
「これから志緒ちゃんの防具を作るから。ちょっと寸法だけ測らせて」
「え゛っ‥!?」
思わず身を引いてしまう。ぼくの体はお世辞にもいろいろと大きいとは言えず、あんまり人に晒したくない。自信もなければ、人様に見せられるほど立派なものでもない。胸の内に抵抗感が芽生え、もう2、3歩下がってしまう。
「これが終わったら撫でてあげるから」
「どうぞ」
ナデナデしてくれるなら仕方がない。交換条件としては破格すぎる格安価格だよ。パーカーを脱ぎ、キャミソール姿で両腕を広げ、受け入れ態勢を整えた。
体中をメジャーが走り、逐一メモしていく栞さん。やがて終わった後にそのデータを男性に渡し、それを見た男性は頷いてからぼくを一瞬だけ見て、手を振ってから工房へと消えていった。
あれ、もしかしてこれ、ぼくのスリーサイズとか渡ってしまったのでは?いや、魔狩用の防具を作ってもらう為だし、ここにいる人の大半は男性だから仕方がないと言えばそうなんだけど―――ちょっと恥ずかしい。一応ぼくも成人女性なんだけど。
「じゃあ、約束通り」
期待を込めてじっと見つめる。
「可愛い‥!ぁぁあ可愛がりたい!」
すると彼女もニッコニコで手を伸ばしてきてくれて―――その時、間が悪いことにコンコンと扉がノックされた。
「クンケルです。菅良 志緒さんがこちらにいると」
「ええ、いますよ。入ってきてください」
「失礼します」
伸びてきてくれた手がまた引いていく。不満です、凄く不満です。本当に間が悪い。
「初めまして、だね‥どうして彼女はむくれているんだい?」
「ちょっと間が悪かったからですかね?あはは‥」
「ん‥」
栞さんがまたポンポンと撫でてくれる。たったこれだけの行為で、さっきまでの不機嫌も何もかも吹き飛んでしまう。そんな女チョロいと言われかねないけど、この味を知ってしまったらもう元の体には戻れない。これは能登谷君には責任取ってもらわないと。
金髪の頭を掻きながら、困ったように苦笑いしている男性は、名前や見た目からヨーロッパあたりの人間に見える。しかし、腕がない。よく見ると腕についているのは簡易的な3本指の義手で、物を掴んだり離したりする程度しかできなさそうな両腕だった。そういえば、川原田さんが腕をやられた魔狩がいるって話をしていた気がする。
「改めて、僕はクンケル・ヴォッケブック」
爽やかな笑みを浮かべながら、ぼくに手を伸ばしてきた。
「君に、魔狩としての指導を行うことになった。師匠ってことになるのかな」
少し戸惑いつつ、差し出された3本の指の義手に手を伸ばし、ぼくは握手を交わした。本格的な魔狩としての生活が始まる。
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