近々、魔物図鑑みたいなものを作ってみようと思います。
鉱山―――それは、貴重な鉱石が埋蔵されている重要な土地。ぼくの住む冥能村にも火山があって、その火山には坑道が築かれていた。そこでは冥鉄鉱という、現世でいう鉄にかなり近い性質を持つ金属が産出される。それはぼくたち人間の生活になくてはならないもので、そこを侵されるというのは文明の停滞に直結する。
そんな鉱山にも、魔物は現れる。
「もう!大人しく森に帰ってよ!!」
「kuaaaa!!」
ホローポイント弾の射撃音が響く。それは相手の胴体に直撃するけど、その溢れんばかりの生命力で突っ込んでくる。
ぼくが冥界で初めて出会った魔物、グアニア。普段は緑色の羽毛を持っているんだけど、その羽は裏返すと警戒色を示す赤になる。今、ぼくの目の前にいるグアニアの体色は赤。そして森の中に生息する魔物が鉱山にいる。
普段いない魔物がこんなところにいるなら、出動するのが魔狩の仕事。ホローポイント弾をリロードしながら突進を回避し、相手の頭に照準を合わせる。
「kuaa!!?」
脳天に直接撃ち込んで討伐したいところだけど、上下左右に動く頭にそう簡単に当たる訳もなく。嘴に吸われた弾丸が弾け、バキリと鈍い音が鳴る。自慢の嘴を破壊され、怒りからか興奮状態に陥ったグアニアが飛び上がり、滑空しながら突撃してきた。
グアニアの滑空攻撃は、ある程度自由に左右に動ける。けれどぼくは体が小さいので、そんな危険を冒さなくとも、相手の体の下をスライディングで潜り抜ければ簡単に回避が可能だった。
「狙いは‥脚!」
「kuaoo!!?」
鳥のような、しかし竜の如く逞しい脚を撃ち抜き、グアニアの巨体は痛みにたまらず転倒する。作りだせた隙を見逃せるはずもない。バックパックから一つの球を取り出し、安全ピンを抜く。
「これでもくらえぇ!」
投げつける―――着弾と同時に炸裂し、僅かな炎と大きな衝撃をまき散らした。
衝撃と共に炸裂し、周囲へ熱と衝撃を放出する衝撃手榴弾が翼付近で爆発し、羽をも燃やして、吹き飛ばして、傷だらけになった翼を露出させた。爛れ、神経が鋭敏になっていると思われる個所へ追撃のホローポイント弾を撃ち込み、絶叫ともとれる声を上げるグアニア。
「ぅぅ‥良心が‥」
ぼくは別に動物愛護の精神が強い訳じゃないけど、未だにこういう痛みを与える行為に若干良心を咎められる。やらなければやられるのでやらなければならない。せめて現実の獣のように、一撃か二撃で狩る手段があればもうちょっとマシになるんだけど、強靭な魔物の前にはそうはいかない。
ここまでされて尚、生への執着ともいえる鋭い目つきで睨みつけ、撃ち抜かれた脚の痛みを感じさせない速さで突進してくる。
「凄いね‥ぼくなら泣いてるよ」
腕を爆破され、頭に脚に腕にと撃ち抜かれたりなんかしたら、きっと泣きながら許しを請っている。こんなに勇ましく、雄々しく立ち向かってくることなんてない。そんな相手に半ば敬意すら覚えつつ、しかし人間の脅威に違いないので容赦はしない。
突進を避けつつ、翼を羽ばたかせて不安定ながら飛び上がったグアニアに狙いを定める。
「翼、あんなにされても飛べるんだ」
ふらふらとしていて、今にも墜落しそうな状態で突撃してくる。
初めて出会った時は恐怖に塗りつぶされてたけど、突進しかしてこないと分かれば対処は簡単。自分の射線上に突撃してきてくれる相手ほど楽な相手はいない。ゲームでも、現実でも―――
「でも、墜ちてもらう!!」
コッキングレバーを上に上げ、砕弾を装填。突撃してきたグアニアへ発砲すると、直撃と同時に炸裂を起こした。悲鳴を上げながらバランスを崩したグアニアが直線上から逸れ、木に衝突してずり落ちてくる。
「kuaaa‥!!」
憎々しそうにこちらを見てくるグアニア―――自身に迫る巨大な敵にも気づかず。
後ろを振り向いた時には遅い。グアニア衝突の衝撃によって思いっきりヒビが入った木の幹が崩れ、グアニアの体にのしかかるように倒れてきた。少し離れたところからでも震動が分かる。それほどまでの重量が一気に体を潰し、地面と木に挟まれたグアニアは苦しそうにもがいていた。
「じゃあね‥」
銃を向ける―――遠くから何か聞こえる。
「菅良ァ!!避けろォォォォ!!!」
「‥‥‥へ?きゃあああああっ!!!?」
咄嗟に横へ跳ぶ。刹那、ぼくがそれまでいた場所を何かが通過していった。赤い残像を残し、木に潰されたグアニアに突っ込んでいった何か。更に、グアニアに物体が衝突した瞬間に何かが離れ、更に奥の木にぶつかって停止した。
「の、能登谷君‥!?大丈夫!!?」
「あ、ああ‥!だいじょうぶだぜぇ?ちょーっと逃がしそうになったけど。何とかしがみついてたら、いい感じにぶつけられたな」
「無茶しすぎでしょ!?」
「魔物の攻撃じゃなけりゃ痛くも痒くもないからな。飛ばれたら俺じゃどうにもできないんだよ。たはは」
グアニアの奥にすっ飛んでいった物体、能登谷君へ急いで駆け付けてみれば、怪我一つしないものの若干目を回している様子だった。頬をぱんぱんと叩いて感覚を戻した彼は、頭を掻きながら軽く笑う。
「鎮痛剤使う?」
「いや、いい。それよりまだ生きてるみたいだ。さっさととどめさしてやろうぜ、苦しませるのが一番残酷だ」
後ろを見れば、能登谷君が乗ってきたもう一体のグアニアと、ぼくが戦っていたグアニアが重なって小さくもがいていた。動きが小さいあたり、もう瀕死になっているはず。ここまで来たらもう回復も難しい。あまり苦しませないようにするのは、生前も死後も狩りの基本。ぼくは改めて銃口を向けて―――
「改めて、ごめんね」
一言残して、砕弾を発射した。
「ありがとうございます。僕はとても助かりました」
「本当にありがとうね!あいつらにはホント、やりたい放題されてたのよー」
まるで翻訳文みたいな話し方をする男性、曾山 正さんと、冥能村工房の親方、曾山 栞さんが両手を合わせて拝んでくる。正さんは栞さんの真似をするように一拍おいてから動くあたりが、実質10歳児の彼の特徴でもあった。
火山周辺を荒らしていたグアニアの素材を運び出し、採掘場がいつも通りの光景を少しずつ取り戻していく。
「でも、どうしてグアニアがこんなところに出たのかしら」
「そうですね、本来なら森にいるはずなんですが‥」
グアニアは森から離れることがない。その体色は森の景色に擬態する為の色で、警戒色を持ってこそいるものの、四六時中周囲に喧嘩売って生きられるほど強い魔物じゃない。飛行ができる以外は、肉弾戦しか攻撃能力がないので、ある程度の経験を積んだ魔狩ならそこまで苦労する相手じゃなかった。
「あまり強くないだけに、自分に有利な環境を手放すはずないよな?」
「うん。だからあんな色してるんだろうし」
保護色が機能しない場所に行く理由がないのは、獣でさえ理解できることのはず。それがないとするならば。
「森に何かあったのかな」
「そうかもな。一匹だけならまだしも、二匹も同じとこに迷い込むか?フツー」
森の警戒が必要かもしれない。これから森に見回りに行く必要も出てきた頃、くすりと栞さんが笑った。
「二人とも、魔狩が板についてきたわね」
「任してくださいよ。もう簡単にビビったりしませんって」
「良質な装備は僕たちが造ります。頑張ってください」
クスクス微笑む栞さんに、ガッツポーズしながら腕っぷしをアピールしている能登谷君。相変わらず翻訳文みたいに抑揚がない正さん。
こんな人たちに囲まれて、魔狩として活動していく日々。季節が2つ過ぎようとしている今日この頃、不安要素を排除する為、ぼくたちは今日も働く。
「志緒ちゃんも!帰ってきたらいっぱい可愛がってあげるから、お仕事頑張ってね!」
「はっ!」
コクコクと高速で頷くと、愛らしく笑う栞さん。能登谷君の手もいいけど、女性の柔らかくて抱擁感のあるナデナデもまた乙なもの。これがあるから、多少怖くてもぼくは頑張れるのだ。
思わず頬が緩む。それを見てか、栞さんはぼくの頭にぽんと手を置いて、優しく指を動かしてくれる。
「ああ、可愛い‥!」
「仕事は早く終えた方が良いと思います」
だけどすぐに離れていってしまう。その理由は、少し面白くなさそうな顔をした正さんが手を掴んでしまったからだった。
「栞さん、僕たちには仕事がたくさん残っています。早く終わらせた方が良いと思います」
「そ、そうね。それじゃ志緒ちゃん、また後でね~」
言葉には感情がないのに、行動で感情が分かるのはいいことだと思う。栞さんの後をついて生活している彼は、少々栞さんに依存気味なところがあるのだった。
けど、だからといって名残惜しさを消せるものでもなくて。
「能登谷君‥」
「一日が終わったらな」
「そんなっ!?」
薄情者と言いたくなる口を閉じる。もどかしい感覚を抱えながら、ぼくは歩き出した能登谷君の後ろを追いかけた。
「そんなむくれるなって」
「だって‥‥」
ぼくにとってナデナデがどれだけ重要な存在か。それはぼくと一番付き合いが長い彼が一番よく知っているはずなのに。せめてモヤモヤを解消する程度のことはしてくれてもいいのに。
「はぁ‥あのな。人前で女子の頭を撫でるのがどういうことか分かるか?」
「女の子がとても気持ちよくなれる!!」
「字面がヤバすぎるだろ!」
そういえば、能登谷君はよく人前を強調する気がする。そっか、つまり人前はダメってことなんだ。そういうことか。
「ここ、村の外だよ?誰も人いないよ?」
「っ!?」
必死にアピールする。ここは平和だと、茶々を入れてくる人はいないと。
「好きにしてくれていいんだよ?」
「おいやめろ!?エロ同人でしか見ないような誘い方すんじゃねえ!」
顔を真っ赤にして早足で歩いて行ってしまった。これはまずいかもしれない。歩幅が違うから、普段はぼくが周りに置いて行かれることが多いのだけど、能登谷君はぼくに合わせて歩いてくれる。それがなくなったということは、本当に機嫌を損ねてしまったのかもしれない。少し駆け足気味で近づいて、恐る恐る声をかけてみる。
「の、能登谷君‥?」
「‥‥‥」
無視された。これは本当にまずいかもしれない。
「ごめんね?ごめんね?」
「菅良」
顔を隠し気味にこちらへ振り返る。
「今回はパトロールだからな。互いにばらけよう。俺はこのまま森に入るから、お前は弾薬補給してから来てくれ。何かあったらアレで知らせる事」
「ぅ、ぅん‥‥」
もう、反論することもできなかった。早足で、ぼくに追い付かれないように進んでいってしまった能登谷君。ポツンと一人残されたぼくは、胸の内に別のモヤモヤを抱えながら、一瞬何かの気配を感じて振り返る。
「‥‥ちょっと、考えすぎてるのかな」
能登谷君を怒らせてしまったかもしれない。不安からか何か、別のものが周りにいると勘違いしてしまっていたらしい。
周りを見ても何もいない。ハンカ一頭存在しない視界の中に、真っ赤になった能登谷君の顔が薄っすらと浮かぶ。
「そうだよね、男の子だもんね。あんなこと言われたら、ぼくだってそうなるよ」
その通りだった。冷静になって考えれば、あんなの誘惑となんら変わらない。自分でも、ナデナデのことになると見境がなくなると思う。欲望のままに行動することがあるけど、流石に行き過ぎた言動だった。あんなの気まずくなるに決まってる。
「今になって恥ずかしくなってきたかも」
顔を少し抑え、小屋へと向かうことにする。万が一、こんな状態で何かに遭遇したりしたら、まともにAIMできる気がしない。
予備弾薬を小屋で補充し、ついでに最近入手した道具を持つ。響貝と呼ばれるこの貝殻は、内部が音を強く反響させる構造になっている。これに息を吹き込むと、広範囲に渡って音を立てる。いわば簡易的なホラ貝で、これで仲間へ伝達が可能となる。
「‥‥来てくれるよね?」
怒らせてしまった彼だけど、優しいのできっと来てくれると信じたい。
様々な不安を抱えつつ、小屋から森へと入っていく。季節が変わり、冬が近づいてきていることを感じる。木は葉っぱが落ち始めているし、冥界に来たばかりの時には若干ながら感じていた大気の熱をほとんど感じなくなった。周りに魔物もほとんどいない―――
「いない‥‥いなさすぎない?」
ぼくがいる場所は島なので、あまりたくさんの魔物が分布できるほどの土地がない。だからといって、こんなに何もいないのも珍しかった。繁殖能力で種の生存を図るハンカは四六時中いるはず。空を見ればグアニアが飛び、水の中を覗けば魚がいるはずだった。それなのに、ほとんど見かけない。
「さっきのも気のせいじゃないとしたら‥この森に何かいる」
これは、能登谷君と喧嘩してる場合じゃないかもしれない。いや、喧嘩というか、ぼくが一方的に怒らせてしまっただけなんだけど―――
「っ!!」
がさり、と聞こえた。ただ葉っぱが揺れただけの音なんだけど。死者の鈍くなった感覚でも、体に触れればその感覚ぐらいある。風の感覚を捉えるぐらい可能なことなのに、今回それを感じなかった。
「何もいない‥そんなはずない」
人は普段、素材の臭いに囲まれて生活している。そんな人間が外に出れば、いつもと違う森の臭いは意外とわかるものだった。
「獣の臭いがする‥」
ハンカはいない。警戒心旺盛な彼らがいない。ということは、周囲に彼らの脅威となる何かがいるに違いない。辺りを見回しても何も見つからないけど、絶対に何かがいるはず。
背の高い木の葉っぱが揺れる―――風の音と共に、それはやってきた。
「こっち‥っ!?」
咄嗟に横へ跳んだ。それと同時に、ぼくが立っていた地面が砕け散る。
「来た‥!!知らないやつ!!」
全身は黄色の体毛に包まれている。全体的に派手で、どうして見つけられなかったのか不思議なほど派手な色合いをしていた。顔は猿とも豚とも、ゴリラともとれるような不思議な構造で、その腕はゴリラに近いような、毛の生えていない硬そうな肌が露出していた。
息を小さく吐き出しながら、下がっていた視線をぼくへと向ける。
「敵対心があるみたいだね。グアニアが逃げたのはこいつがいるからかな」
急いでバックパックから響貝を取り出し、思いっきり息を吹き込んだ。その瞬間、まるでホイッスルのような甲高い音が森中へと響き渡り、驚かせてしまったのか遠くで鳥が飛び立つ音が聞こえてくる。
でも、相手は全く怯んだ様子はない。むしろ速攻をかけてくるように高速で跳躍し、上に何やら緑色の縄のようなものを伸ばす。
「縄?いや、蔓かな」
一瞬人工物のように見えたけど、それにしては縄目がない。植物と見るのが自然だった。毛深い黄色の体毛の中に何かを仕込んでいるんだと思う。そんな猿にも豚にも見える魔物は、蔓で木の枝からぶら下がり、雲梯でもするようにすいすいと木々の間を移動していく。
「速いなぁ。厄介そう、相手したくない」
―――跳ねる。
「うひゃあっ!!?」
木の幹に足を添え、一気にこちらへと跳んでくる。脚力だけであの巨体を発射して、しかも地面まで砕く怪力っぷり。
「わっ!たっ!たっ!」
しかも速い。ちょっとまって怖い!
ぶんぶんと高速で腕を振るい、後ろに回り込んでも即座に対応してくる。
「くぅっ‥!銃を抜く暇さえないよ!」
こう見えて学生時代は陸上部だった。体の柔軟性や素早さには、体の小ささも相まって自信がある方なんだけど、それを確実に捉えてくる。むしろ普通の女性程度の体躯だったら、とうに一撃貰っていたかもしれない。
「gaaa!!」
「うっぷ!?」
地面すれすれから突き上げるような腕を避けた後、巻き上げられた土がぼくの視界を塞ぐ。目に入って痛いとかないんだけど、視界がブレてうまく捉えられない。
「能登谷君‥早く‥!あぐっ!!」
土煙から逃れる為に後退すると、煙を突き破って奴が飛び出してきた。咄嗟に身を固めて防御態勢をとるも、その怪力で思いっきりぶん殴られる。守り切れるとは思わなかったから後ろに軽く跳んで衝撃を逃がしたけど、それでも激痛と共に木に叩きつけられた。
「はっ‥!けほっ!」
鎮痛剤を出そうとして、目の前に腕が迫っていることに気づく。もう自分でも考える暇がない。反射だけで動いている体は、横に顔を動かして転がるようにそこから離脱していった。
「痛‥つぅ‥!!」
鎮痛剤を打ち込むと、魔物に幹をへし折られた木が倒れていく。一撃で木を折るって考えると、あれをまともに受けたら確実に持っていかれていたと寒気がした。
「GUUUU‥!!」
「いきなり来て島を侵そうって?そうはいかないよ」
島の自然は死者にとってもライフライン。これ以上、他の魔物が追い立てられたりしたら、今度は村に直接襲撃が来てもおかしくない。森があるから住処があって、食料があるから強力な魔物が定住する。そのバランスを崩す存在は、ぼくたち人類にとって不都合でしかなかった。
ようやく相手が止まったことで銃を取り出せる。2660式魔狩銃を取り出し、安全装置を外して構える。だけど狙いを定める前に、一瞬姿がぶれるほどの速度で突っ込んできた。
「ちょおっ!?お、重い‥!!きゃあっ!」
何とか銃で防いだけども、押し付けてくる腕力に簡単に押されていく。圧倒的な腕力差は覆せず、振りぬかれた腕に吹き飛ばされた。
「当たり前みたいに人を飛ばして‥!」
その怪力やめてほしい。銃を盾にするというやりたくない防御までやったのに、なんて。そんな恨み節を吐いたとして、相手がやめてくれる訳でもなく。
「痛すぎるんだよぉ!!」
もう立ち上がる隙すら突かれそうな勢いなので、ホローポイント弾を仰向けになったまま発射した―――けども、そこには既に相手はいない。
「速すぎるよ‥!ホントに生物なの!?」
いくら着弾まで時間があるっていっても、音速前後の弾速はあるはずなのに。木の幹に当たって弾けたホローポイント弾は、貫通性が低いから当たったけど貫いたとは考えられない。
前にいない、横にもいない。音がした後ろを見ても、いない―――
「上!」
一瞬暗くなったということは、絶対上にいる―――そう思って決め打ちしたけど、上にもいない。重い音を立てて発射された弾丸は、何もない空間を通り過ぎていった。
「上じゃない‥じゃあどこに‥」
視認できないほどじゃないのに、視認する前にどこかに行ってしまう。
「‥‥‥ga‥‥」
「後ろ!」
耳AIMはFPSプレイヤーの必須技能。音で確認して、その音の方角にいるとふんで決め打ちする。だけどもぼくの放った弾丸はスレスレで胸を掠り、魔物がぼくに肉薄してきた。そのままぼくの銃を脅威と感じたか、それともこれがぼくの唯一の攻撃手段と感じたか、銃身を思いっきり握って引っ張ってくる。
「待って強い‥!ああ!!!?」
一撃で木を殴り倒す怪物を相手に、ぼくみたいな非力な人間が抗いきれるはずもなく。奪われた銃が宙を舞い、魔物を挟んだ対角線上へと放り投げられた。急いで取りに行こうにも、行く手を阻むように地面に拳を突き刺し、唸りながらぼくを見下ろしてくる。
「GUUUUU‥」
「うううう‥」
威嚇に対して威嚇を返すも、効果なんてあるはずもない。素材採取用のナイフを取り出して構えてみるも、相手にはちょっと切れる爪程度にしか思われてないだろうと感じながら、少しずつ下がっていく。
銃を失うのは痛手すぎた。壊れてるかどうかは見てみないと分からないけど、まずあそこまで拾いに行けない。回収は後でやるか、もしくは能登谷君が気づいてくれたらいいな、程度に留めておこう。死者だって命が惜しい。
「GUAAA!!!!」
「くっ!!」
攻撃は単純な肉弾戦だけど、速度が段違いすぎる。プロの格闘家に殴られているような感覚に陥りながら、何とかかんとか回避していく。もはや回避というより、たまたま当たってないぐちゃぐちゃな動きだけども。
距離を離しても詰められる。切りかかっても逆に弾かれた。ナイフ程度の切れ味じゃ抜けないどころか、ぼくの唯一の武器すら失われてしまう。ヤバイ、辛すぎてもう泣きそうになってきた。
「こ‥のっ‥!!」
もう何度目になるかの攻撃が頬を掠って、振り抜いた腕の隙を抜いて奴の背後へ転がり込む。すぐに魔物の姿を確認しようと、後ろをばっと振り向いて姿を捉え―――
「‥へ?」
視界に映ったのは、丸いナニカだった。あの黄色の体毛が奥に見える中、真ん中に映るその球体―――弾ける。
「わっ!?ひゃああっ!!?」
黄色と緑の景色が、すぐに緑一色に染まる。球体が突如として割れ、弾けるように細い緑が飛び出してくる。ぐるぐると、ぼくの体に複雑に絡みついて、ようやくそれが蔓の類だと認識できたけど、そのころにはもう遅い。
「うっく‥!!し、しまった‥!」
弾けた蔓がぼくの体に複雑に絡みつき、気が付いた時には、ぼくの腕はピッタリと気をつけの姿勢で胴体に密着し、その上から蔓に巻き付かれていた。ぎゅうぎゅうと抱きしめるように締め上げてくる蔓が体に食い込んで、鈍いながらも痛みを感じる。
「ヤバイ‥ホントにヤバイってこれ‥!」
何でこんな人間みたいなことができるのか。細いものを使って対象を拘束するなんて、そんな知能をどうしてそんなに持ってるの!?なんて。事がうまく運ばないから、どんどん焦りが強くなっていく。
「ん‥!くぅぅ‥!!」
意外と固い。おそらくあの魔物を支えていた蔓と同じものだと思われるこれが、ぼくの力じゃ千切るどころか腕をずらすことすらできない現実を叩きつけてくる。何とか腕を広げようと力んでも、それ以上の力で抑えつけてくる。左右にブンブン振ってもずれすらせず、完全にぼくの上半身を抑えつけられていた。
「待って‥!?ぼくに緊縛趣味はないよぉ‥!!!きゃあっ!?」
何とか拘束から逃れようともがいていると、奴がぼくの顔を狙ってきた。反射的に背中を逸らして避けたけど、上半身を縛られていて碌に動けない。お腹を軽く踏みつけられるだけで、ぺたんと座ったまま背中を倒した状態にされる。腕が使えないうえに、脚は曲げられて転がることすらできなかった。
ちょっと待って、初めて縛られたけど、こんなに動けなくなるものなの!?
「っていうかこれ‥んんん!死ぬ!ホントに死ぬ‥!!?ぐぇっ!」
何とか脚を伸ばして転がる程度はできそうになったけど、魔物に踏みつけられて抑えつけられる。お腹を圧迫される苦痛から逃れようとするも、縛られた体では抵抗すら満足にできなかった。
「ん‥!くぅ‥!」
―――振り上げられる剛腕。
「の、能登谷君‥!!」
頼りになる相棒の名前を読んで。
「能登谷君!!!」
振り下ろされた腕を認めたくなくて、ぼくは固く目を閉じた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!