魔狩

〜まかり〜
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4 槍蟹

公開日時: 2021年5月10日(月) 12:00
文字数:6,631

能登谷君の師匠には、剣士である川原田さんが。ぼくの師匠には、生前と死後を含め狙撃手として活躍したクンケルさんがつき、しごかれる日々が始まった。

といっても教えられるのは知識や戦闘技術等の要素。ぼくたち死者は生者と違って、基本的に怪我や病気をしない不変の存在。成長もしないし、どれだけ鍛えても筋肉がついたりしない。つまりぼくの体もこれ以上大きくなったりしない。享年20歳とはいえ悲しい‥

ただ、なまじ怪我も病気もしない為に、指導が割と容赦がない。生きていたら確実に死んでいた。体力的にはまったく問題なく、いくら動いたところで息切れ一つしない。精神的には問題ある時もあったけど、そんな時は村の人が助けてくれたり。利便性はないけど温かさはある。現代の田舎すら忘れかけているところもあるその精神には凄く助けられた。

そんなこんなで過ぎ去った日々を思い出しながら、ぼくと能登谷君は村長宅へと招かれていた。


「いよいよだな‥」


「今日から君たちも独立した魔狩となる。不甲斐ない僕たちに変わって頑張ってね」


「いえ、お2人のおかげです」


今までのぼくたちは養われるだけの存在だった。だけど今日からは、ぼくたちが第一線に立つことになる。思わず拳に力がこもる。そんなぼくの頭に、ぼくの師匠、クンケルさんがぽんと手を乗せた。


「君には僕の持つ技術は一通り教えた。僕たち死者は生前の経験がそのまま力となる。君は相当な経験を積んだんだろうね、とても筋がよかった」


経験、といっても戦闘ゲームなのだけど。

ぼくの師匠、クンケル・ヴォッケブックさんは生前、第一次世界大戦で戦死したドイツ兵だったそう。その銃の腕はぴか一で、この冥界の武器を取り扱うにあたってかなりお世話になった。


「ワシの刀術は、生前の戦では猛威を振るったものよ。それは魔物が相手でも変わらんかった。お主の力は、既に人外に通用する域にある」


「お世話になりました‥いや、これからも」


「はっはっは!もう基礎はすべて叩き込んだ。あとは極めるのみよ」


能登谷君の剣術は、もはや試合用の剣道のそれじゃない。完全に【殺しあう】為の剣になった。遠目に見ていただけでも分かる、クンケルさんのそれとは遥かに異なるスパルタ特訓を耐えきった彼なら、きっととんでもない活躍ができる事と思う。


「今日から正式な魔狩となり、島に出てもらう。西川!」


「はい!」


後ろに控えていた西川さんが、何かの書類を持って前に出てくる。


「今回お願いするのは、冥能島の洞窟下層にある癒魂草いこんそうの採取です。村長とクンケルさんの治療に使用する他、お二人が負傷した際にも使用されます」


癒魂草、といえばクンケルさんに教えられた薬草だった。多量の魂魄を蓄えたその薬草は、死者が摂取すると、魔物から受けた傷を僅かに癒す効果がある。流石に四肢欠損レベルだと時間はかかるけど、ただ食事して回復を待つだけよりもよっぽど効果があるらしい。


「魔物に喰らわれ、肉体を失った魂魄が冥界の大地となり、それら意志なき魂魄をたっぷりと含んだ癒魂草‥安定的な供給ができれば、この村の戦力は更に高まるでしょう」


―――魂魄が冥界の大地となる?


「おっ!?その顔は疑問の顔ですね!?そうですね!?」


「あ、いいです」


「いいでしょういいでしょう説明しましょう!!」


出た。こうなった西川さんは止まらない。説明したくて仕方がない彼は、一度機会を得ると決して逃さない。

魔物に捕食された死者は、その肉体だけが消化され、魂は何もできない状態のまま、意識だけある状態で投げ出される。その投げ出された魂はやがて廃人となって冥界の糧となる、というのは聞いていた。

その糧というのが、冥界の大地に積み重なって、栄養のように蓄えられること―――この冥界は、遥か太古の時代から死んで来た死者が積み重なって出来上がった、というのが冥界の通説らしい。動物どころか人間の死者自体がどういう理由でここに存在しているのかも分かっていないので、あくまでこれも通説に過ぎないらしい。


「あれ、てことは‥」


ぼくの持っているものは全部、元は人間だった可能性も。踏みしめている土も、工房で溶かしている金属も、元は全部人間―――


「無きにしも非ず。だがそれは決して忌むべきことではない」


ぼくの思考を読むかのように、川原田さんが口を開いた。


「先人たちの屍を糧に前へ進む。それは生きとし生けるものすべてが通ってきた道」


「僕たちは死者ですけどね!」


西川さんが話の腰を折ったところで一つ咳払い。


「主の話はキリがない。能登谷、菅良、よろしく頼んだぞ」


『はい!』


西川さんの口は強制的に閉じられ、村にまた一つの平穏が訪れた。そんな平穏を更に確固たるものにする為、ぼくたちは外に出る。






防具用の下着の上から、金属と皮で出来た防具を着込んでいく。全体的に黒い配色。肩にはケープ状の稼働を阻害しない柔軟な肩当があり、胸元には赤い飾緒が結ばれている。足は安全靴のようにつま先に固い素材が仕込まれているブーツと、膝丈より少し短い程度のスカート型なデザインのコイル。腰当たりにはバックパックがついていて、いくらかの道具を携帯できるようになっていた。下地に金属を使っているけど、全体的には服のような造形の防具だった。

最後に腰まで届く髪が邪魔にならないよう、後ろで一纏めにしておく。最後に鏡で軽く確認して、スカートの裾を整え扉に手をかけた。

ここは冥能村の外にある狩猟小屋。ぼくたちの拠点は村だけど、流石に魔物相手にしてる時まで村を拠点にする訳にはいかない。この小屋は村の港からボートでぐるっと回り、岩で囲まれた細い道しか出入り口がない入り江に設置されている。大人しい小型の魔物以外は入ることすらできないこの場所を拠点に、ぼくと能登谷君は仕事をすることになる。


「お待たせ。ぉお、かっこいいね」


「お、おう‥サンキュ」


少し照れている能登谷君。かわいい。

能登谷君の防具は、ぼくが見た目通りの女性用なら、彼は文字通りの男性用。基本的なデザインの方向性は同じだけど、彼のは肩が少し上に沿っていたり、脚に金属質な装甲が装着されていたり、籠手があったりとより攻撃的な印象を受ける。

お互いに防具を見せるのは初めてで、相手の見慣れない姿が新鮮に映る。


「そっちこそ‥」


「ん?」


能登谷君の視線が下へと行く。


「大丈夫なのか?それ‥」


「‥‥‥‥」


キュッとスカートの裾を抑える。一歩後ろに引いて、じっとりと能登谷君を見つめる。


「待て待て待て待て!?なんだその目は!?」


「まさかパンチラでも狙ってるのかなと」


「人聞きが悪いな!?」


流石に2回も見せる気はないよ。あんな恥もうかきたくない。一応、見られてもいいような短パンに近いものを着けているけども。


「流石にそんな、普段から着けてるようなのじゃないけど、見られていいかと好きに見ていいかはまた別だよ?」


「ちげーって!!?」


男の子は性欲旺盛とは聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかった。もう死んでるんだから、生殖本能とかないはずなのに。それともあれかな、こういうところにも生前の経験がうんたらかんたらなのかな。

必死に弁明してくる能登谷君。正直、彼がセクハラを堂々としてくるような人じゃないのは知っている。けど、この機会を逃す手はない。小さく頭を差し出し、目を閉じて返答を待つ。


「1時間で」


「‥‥‥はぁ‥‥帰ったらな」


「やった!」


ぽんぽんと軽く撫でて、能登谷君は溜息を一つ吐いた。普段は1日30分に制限されている彼のナデナデも、本当は1時間程度は欲しかった。なのでこうしてたまに機嫌取りみたいなことをさせては、時間を延長してもらっている。彼はナデナデが他の人より上手なこともそうだけど、何より男の子特有の固くて広い手がぼくの好みだから、何としてでも欲しいナデナデだったりする。


「まったく、厄介な扉開けちまったよ」


「素晴らしい扉ですよ!あの幸福感といったらもう‥!」


「もう飽きるほど聞いたわ」


どうして彼は理解してくれないんだろう。あんまり実感ないけど、手触りが良くなるように髪とか結構気を遣ってたりするんだけど。軽く触ってみる。うん、むしろ生前よりサラサラしてる。きっと効果出てる。


「そろそろ行こうぜ。目標は洞窟内の癒魂草だ」


そう言って、彼は自分の武器を腰に据えた。

白陽芽しらひめ、それが彼の武器の名前。初対面でスカートめくりなんてやってくれた曾山 正さん作の日本刀だった。その名は【純粋】を意味しているらしい。

どうやら彼は、この島の火山に2000年ほど閉じ込められていたところを栞さんに救助されたらしい。中身がほぼ廃人となった原始人だったので、今まで教育をしてはいるものの、彼の精神年齢は実質10歳程度らしい。それなら見たことがないものへの興味とか、ある種の純粋さというのは頷ける話だった。

子供のしたことだからとか、そんなことで済ませられないぐらい恥ずかしかったけど。能登谷君にも見られちゃったし‥


「正さん、中身は子供だけどいいの造るんだね」


ぼくも自分の武器を取る。

2660式魔狩銃まかりじゅうと名付けられたこの銃は、普通の倍ぐらいの大きさのライフルみたいな造形を持っていながら、銃口が2つあったり、ライトマシンガンかと思うようなボックスマガジンが装着されていたりする。隠密性皆無かつ取り回し難さ全開と、人間用じゃなくお互い気づかれている状態の魔物用にステータスを振ったような銃だった。

銃口が2つあるこの銃は、弾丸も2種類使うことが可能。弾丸もそれぞれの銃口から個別に使用可能という特殊すぎる仕様。というよりこの世界の銃は、銃口の数と扱える弾丸の種類が比例しているらしく、こんな感じのデザインが普通らしい。

中々な重量を持つそれは、ぼくの半身よりも大きい。そんな銃を背中に背負い、能登谷君の傍へと早足で駆けていく。


「森奥から行ける入り口が歩きやすいらしい。そっちからさっと行ってさっと帰ろう」


「行けるの?なんか色々いるけど」


「ほとんど草食だろ?大人しいし問題ない」


危ない魔物と比較的安全な魔物のことは勉強したつもりだけど、いざこうして出会ってみると少し怖い。ただでさえ人間の中でも小さいぼくが、人間より大きな生命体に囲まれているのだから。どこもかしこも見上げるほど大きいのしかいない。何で草食でここまで大きくなれるんだろう、羨ましい。

周囲にいるのはハンカという、色々と小さい鹿のような魔物。角は横に生えている耳と同じぐらいの大きさで、蹄を含めた全身が深い毛に覆われている。小さく丸い尻尾はもこもことしていてとても人気があるらしい。一度触ってみたい。

とてつもない繁殖能力で世界中に分布していて、その歯ごたえのある肉は全身可食で、保温性の高い毛皮は冬場に重宝されるらしい。


「あっ‥!」


ぼくがお肉のことなんて考えていたからか、1頭のハンカがチラリとこっちを見た後、全員で去って行ってしまった。ただ少し考えただけなのに逃げるとは。野生の勘とは恐ろしい。尻尾触ってみたかったのに。

若干落胆しつつ、先へ進んでいく能登谷君の後を追う。見たこともない鳥や小型の魔物なんかが住まう森の中、キノコも木の実も見たことがない。あの白いリンゴみたいな木の実も、クンケルさんから聞いたことがある程度だった。


「こうして見ると、まるで異世界に来たみたいだな」


冥界ここに来た時からずっと言ってるよねそれ」


死後の世界なのであながち間違いでもない。

何だかんだ、ぼくたちは冥界を探索するのは初めてだった。ぼくたちが危ないというより、欠損部位を抱えている師匠たちが危ないという理由でまともに外に出ていない。改めて新鮮な外の世界を見ながら、洞窟への道を進んでいく。

結論から言うと、森の中ではどこでもハンカが草を食んでいた。警戒心の強いハンカが草を食んでいる=周囲に肉食の魔物がいないということで、精神的に余裕を持って進めている。


「洞窟‥狭いな。あんま離れるなよ」


「ん」


こんな巨大な銃なので、狭いところでは取りまわすだけで一苦労。能登谷君の数歩後をつきながら、やがて奥へと辿り着く。


「ここが一番歩きやすいってマジ?」


「もはやどこから行っても一緒だよね」


天然の立体交差になっている道を抜けると、そこには簡易的な縄梯子がかけられた穴があった。いくら無傷といっても流石に飛び降りる気にはなれないので、竦む足を動かして降りていく。穴の中―――というよりこの洞窟の深部には光る虫がいる。

陽光ホタルという、まるで昼間の野外のように明るく照らすホタルが群生していて、松明ひとつとしてない洞窟内でも視界に不便していない。


「あっかるいなぁー。これ全部虫か」


「ちょっと鳥肌立つからやめて?」


ホタルとはいえ、大量の虫に囲まれている状況というのはあんまり気持ちいいことじゃない。


「流石にここにはハンカいないのな」


「食べ物ないからじゃない?」


索敵にも使えるハンカ先輩がいないことで、より一層の警戒心を抱く。

この洞窟にもいくらか魔物がいるはずなんだけど、見えるのは陽光ホタルとコケぐらい。滑って転ばないように気を遣いながら歩いていくと、やがて広い場所へと出た。ゴツゴツとした岩とホタル、それに少々のコケぐらいしかない―――いや、奥に何かある。


「あ!あれじゃない!?」


「ああ、間違いないな。癒魂草だ」


早足で駆け、一本手に取ってみる。全体的に白く、気のせいか仄かに発光して見えるその薬草は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。洞窟の目立たない隅に群生していた癒魂草を摘み、バックパックへと入れていく。

よかった。初仕事だったけど意外と簡単に終わって―――


「菅良!!!!」


「へっ‥?ひゃあ!?」


突如として能登谷君が突っ込んできた。あまりに突然で避ける事すら思いつかず、一瞬の浮遊感の後にのしかかられる形で能登谷君の体に抑えつけられる―――刹那、近くでとてつもない何かが通っていくのが分かった。


「へ‥!?へ‥!!?」


「ヤバい奴だ!!」


抱き締めていたぼくの体を放し、刀に手をかける能登谷君―――それはいうなれば、槍だった。

岩が、いや、岩だと思っていたものが動く。


「な、何!?なにぃ‥!?」


「イギヤカだ!!」


ゴロゴロと石ころが転がり落ち、巨体が起き上がる。体中に岩を纏っているけど、所々から赤い甲殻が見えている。3本の脚が2対、岩場を踏みしめては重い音を立て、顔の隣には槍のように鋭く尖った部位が備えられていた。その片側が、ついさっきまでぼくがいた場所に伸びていて、怪物―――イギヤカが引くと、突き刺さっていた固い地面には穴が空いていた。


「あ、危なかった‥ありがとぉ‥」


「礼も泣き言も後な。まずいぞこれ‥」


イギヤカは、生物学的には冥界の蟹にあたる生物らしい。にしても、大きい。全長はいえばぼくたちが初めて出会った魔物、グアニアよりも大きい。見上げるほどの巨大な岩を纏う蟹は、明らかにこちらへ敵意を向けていた。


「出入口を塞がれちまった。やるしかないぞ、これ」


「う、うん‥」


背中から銃を下ろして構えると、能登谷君がぼくから離れ、ぼくの射線とクロスを組む。当たっても痛くはないけど、味方を撃っていいことは一つもない。誤射を防ぐ意味でも、相手をかく乱する意味でも効果的な基本陣形を組み、能登谷君が刀を抜く。

といっても、刀であの装甲を斬り避けるとは思えない。となると、対魔物用の銃撃が可能なぼくが中心になる必要がある。


「さ、砕弾さいだん行くよ!!」


安全装置を解除し、狙いを定める。

弾頭に火薬が詰め込まれたこの弾は、着弾すると同時に小規模に炸裂し、固い部位を砕く能力がある。その弾を装填し、狙いを定める。


「‥‥‥」


引金に手をかける。

小さく呻くような音。それはイギヤカの鳴き声なのか、それとも自分の喉から出た声か分からない。


「菅良?」


改めて思う、非現実的すぎる存在。

目の前にいるのは巨大な怪物で、でもこの世界に生きる立派な生物で―――


「どうした!?おい菅良!!」


こんな怪物を前にすると、ぼくの何もかもが通じない気がしてならない。

脚が竦む。

身が震える。


「菅良!」


引金が動かない。

指が動かない。


「‥‥ぁぁ‥」


―――怖い。

義理だとか、情だとか、生活の為だとか。あらゆる理由を吹き飛ばす。理性の静止が掛かってしまう。


「避けろ!!!」


ハッと我に返る。目の前の風景が、いやに鮮明に見えた。

腕を振り上げるイギヤカ。赤の混じる鋭い岩槍が、ぼくの眼前まで迫っていた。

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