魔狩

〜まかり〜
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2 魔狩

公開日時: 2021年4月23日(金) 12:00
更新日時: 2021年5月10日(月) 16:08
文字数:6,080

沢山の人たちに囲まれている。着物、というより和風な服装に身を包んだ人たちに囲まれ、ぼくと能登谷君は食事を前に座っていた。

お風呂に入って汚れを落とし、濡れた服の代わりとして少し古いけど着物を貰い、美味しそうな食事を振る舞われている現在。感謝すべきことに違いはないはずなんだけど、知らない人たちに囲まれる威圧感がぼくを委縮させる。


「災難だったな」


ぼくたちの前に座っている老人が口を開く。その体は老いた様子でありながらも、一切それを感じさせない、威風堂々たる姿。本当にこんな人間がいるのかと、漫画やゲームの中でしか見たことがないような、そんな凄まじい老人だった。


「そう委縮するな。主らのことは聞いた。新しく冥界に堕ちた死者だろう」


それまでの威圧感が一点、優しいおじいちゃんのような笑みを浮かべ、お茶を一口すする。緊張感漂う雰囲気が一瞬で消え、宴会前のような空気に変わった。


「ワシは川原田かわらだ 哲也てつや。この冥能村めいのうむらの村長を巻かされておる。冥界に堕ちてからはざっと500年と50年といったところか」


「ご‥!?」


「あの、冥界、と言いましたか?」


驚いている能登谷君の隣から質問してみる。そこから、ぼくたちが今置かれた状況についての説明が始まった。

冥界―――死者が辿り着く場所。この世界に生きる人間や動物は例外を除いて死者であり、今ぼくたちが動かしている肉体は、死者が生前最も印象強く残っている姿として構築される。どうせ姿が変わる可能性があるなら、もうちょっと色々大きくできてもいいのに。

この世界において、ぼくたちは基本的には不滅の存在らしい。既に死んでいる為か痛みに鈍く、寒さや暑さ等、環境による苦痛も感じない。精々が、周囲の情報として寒暖差を感じる程度らしい。道理で雨に濡れても寒さを感じない訳だった。


「ってことは、あの怪物は古代生物か何かなんですか?」


「古代生物、か。あれもまた死者であればよかったのだがな」


一瞬で空気が曇る。全員がただならぬ様子を醸し出す。

魔物―――それは、冥界で誕生し、冥界に生きる生命体。なぜ死者の世界である冥界に生者が存在するのかは不明。その起源は人類より古く、研究者によれば地球よりも古いかもしれないという考え方もできるらしい。

魔物は他の魔物だけではなく、死者、つまり魂魄をも食らうことができる。この冥界では基本的に不滅の存在である死者は、刃物で刺そうと銃で撃とうと高所から落とそうと滅びないけど、魔物だけは死者を傷つけ、喰らうことができるらしい。故に死者の天敵で、この世界で最も恐れられている。


「主らが遭ったのも魔物。カスピディンという。繁殖期になれば肉も食うが、普段は草食じゃ。運がよかったな、追い払われる程度で」


そう言ってお茶を一口。サラリと聞いてしまったけど、もしかしてこれ―――


「俺たち、割と命の危機だったんだな」


「死んでるから命とかないけどね」


今がその繁殖期じゃないらしい。多分それって春あたりのことになるんだろう。今は初夏なので、繁殖期は終わっているのだと思う。


「ちなみに、魔物に食べられたらどうなるんですか?」


ぼくたち魂魄は滅びない。なら、食べられたらどうなるのか。消化でもされて消滅するのか、それとも―――


「冥界における死者の肉体は、魔物にとって活力となる。滅びはせんが‥‥肉体を失い、解放された魂魄は永遠に冥界を漂う。自身では動けず、やがて思考も自我も消え、ただそこに在るだけの存在となって冥界の糧となる」


ぞっとした。

永遠の時を、何もすることができないまま彷徨うというのは、つまり精神が壊れて廃人になるということなんだろう。冥界の糧となる、というのはよくわからないけれど、それがぼくたちにとってよくない事だってことは分かった。


「村長」


「何だ、客人の前だぞ」


「緊急です」


一通りの話が終わり、目の前の食事に全員が手を付け始めた時、1人の男性が部屋に入ってきた。焦燥感を感じた様子で川原田さんに耳打ちし、眉間に皺を寄せる。

その間にぼくたちは顔を見合わせ、特に首を突っ込める訳でもないので、皆と同じように食事に手を付けてみる。

あ、美味しい。死人が食事をする意味があるのかよくわからないけれど美味しいのでよし。


「主‥」


「我々も本意ではございません。ですが、死活問題である事も事実。ひとまずは‥‥」


「もうよい。下がれ」


やがて男性は出ていく。その後溜息を一つ吐き、眉間を指で押さえやれやれと言った様子。


「客人よ。どこか行く宛はあるのだろうか?」


「? いえ、冥界に来たばかりですので、まだどこにも」


「場合によっては、この冥能村に住まわせる事も可能なのだが」


「本当ですか!?」


能登谷君が身を乗り出す。行く宛がなくて嬉しいのは確かなのだけど、恥ずかしいから少し落ち着いてほしい。


「しかし、この村はかなり深刻な問題を抱えている。村に貢献できる【役割】を持てない者を置いておく余裕がない事も事実」


もしかして、この村はあまり裕福じゃないのかもしれない。


「俺たちが村に何ができるか、ということですか」


「そういうことだな」


自分の特技と考えると何だろう。一人暮らしだったし、元々興味もあったから料理はそれなりにできるし、職業柄経理とかも覚えた。


「冥界に堕ちたばかりの死者は、生前の経験が何よりの力となる。何でもいい、言えばこちらが役割を与えることもできるかもしれん」


料理や経理以外だと―――


「サバゲーとか。あとはFPS、とか?」


「え、そんなのやってるのか。いや、最近ならそんなに人は選ばないし、中学生でもやるか‥」


「はっ?」


イラっと来た。こればかりは看過できない。


「ぼく、これでも成人してるんだけど」


「え‥!?‥‥マジか‥ぇ‥」


「言いたいことがあるなら聞くよ?」


「いや、別にない」


分かりやすく不機嫌です。怒ってますと頬を膨らませてみると、能登谷君は申し訳なさそうに引き下がった。これだから見た目で人を判断する人間は。確かにぼくの身長は140㎝もない。背も胸も小さい、顔だって童顔っていう自覚はある。けど中学生はあんまりだと思う。ぼくは間違ってない、絶対そう。


「はて、えふぴーえすとは?どこかで聞いたことがある気がするが」


やっぱり、ぼくなんかより遥かに年上に違いない川原田さんには分からないらしいので説明する。

FPSとはファースト・パーソン・シューティング、つまりは一人称視点のシューティングゲームを指す。ものによってある程度違いはあるけど、基本的には一人称視点で銃を持って、敵を撃って倒す事を目的とする―――なんて説明をしても分からなさそうなので、要は本物じゃない銃を使って敵を倒す対戦形式の遊び、とだけ言っておく。サバゲーも一人称で銃撃戦の遊びって意味ではFPSに違いない。


「ほう、銃か。そちらは」


「俺は剣道‥ですかね。昔みたいなホントの剣術じゃなくて、試合用に調整された現代の剣道ですけど」


「ほう、剣か!!」


銃と聞いて中々といった表情だった川原田さんが、剣と聞いた瞬間に明るくなる。500年も前の人物だし、もしかしたら武士か何かだったのかもしれない。


「そうか‥よし」


苦々しい顔をしながらも、川原田さんは何かを決断したように、真剣な表情でぼくたちの事を見つめた。


「主ら、この村を守る為の戦士‥魔狩まかりを担う気はないか」


「魔狩‥ですか」


「そうだ。村の発展の為、時には村の防衛の為に魔物と戦う戦士を言う」


―――川原田さんが姿勢を崩し、着物を捲ってその鍛え上げられた肉体を晒した。

けれど、そこにはあるはずのものがなかった。右脚が丸ごとなくなっていて、代わりに金属質な義足が装着されている。


「ひっ‥!?」


「この村には二人の魔狩がいた。ワシと、ここにはおらんがもう一人だ。だが互いに腕や脚を負傷し、今この村には魔狩が不在といっていい」


思わず声を上げてしまった。咄嗟に口元を抑えるも、既に出てしまった悲鳴は戻ってこない。幸い川原田さんは何も気にしていないようで、そのまま話は続く。


「魔狩は村の最高戦力。防衛力のない今、我が冥能村は凶暴な魔物に襲われれば、抵抗の余地もなく滅ぶだろう」


周囲にいる人たちも、ぼくたちの事を緊張した様子で見つめている。

圧が、圧が凄い。胸が締め付けられるように苦しい。結構な死活問題だってことは伝わってくるけどこの圧をやめてほしい。

チラリと能登谷君がぼくを見てきた。しばらくして、意を決したように相手を見つめた。


「俺はやります。というか、やらないとダメなんですよね」


『おお‥!』


周囲がどよめく。期待を込めた目で見つめる彼らは、隣にいる人とガッツポーズを取ったり、小さく安堵したりと反応は千差万別。


「じゃあ、ぼくも‥」


「いいのか!?死ぬかもしれないんだぞ‥?」


「君がそれを言うの‥?」


「いやだって‥むぅ‥」


何か言いたそうな顔をしている。何となく、今までの経験から言いたいことが分かってしまう。先ほど募ったイライラがまた沸いてくる。どうせあれだよ、ぼくの見た目が幼いから、子供がやるような事じゃないとか言い出すに決まってる。

分かりやすく無言で怒ってみる。すると彼は困った顔をしながらも引き下がり、それ以上何かを言ってくることはなかった。

ぼくだって本当は嫌だった。生き物を殺すのも、命を賭けるのも、できればやりたくない。やりたくないけれど、初対面のぼくを見捨てたりせずに、手を引いて逃げてくれた彼。不安に包まれる中、頭を撫でて慰めてくれた彼―――そして、ぼくをナデナデの素晴らしさに目覚めさせてくれた彼一人に、こんな重荷を背負わせる気にはなれなかった。


「その勇気に感謝しよう、若者よ」


川原田さんは小さく頭を下げる。その動作一つ一つに威厳を感じる。

その後は真面目な話が終わったのか、片づけが始まる。ぼくも手伝おとしたけど、お客さんだからと断られてしまった。そうして人もいなくなり、川原田さんと能登谷君とぼく、三人が部屋に残る。


「‥‥すまなかったな」


「え?」


唐突に、川原田さんに謝られてしまった。


「行く宛のない主らを脅しかけるような事をしてしまった。村の事を考えればこうするしかなかった。本来ならば、今日冥界に来たばかりの若者にこのような役目を背負わせる事はない。しかし、次を育てなければ遠からず滅びるかもしれんのは事実だ」


「いえ、俺たちは助けて貰いましたし‥どっちにしろ、行く宛もありません」


「はっはっは!中々勇敢な若者だ。主が生きていれば、どれだけ国へ貢献できただろうな」


手元のおちょこを回しながら、中のお酒を見つめる。


「安心せい。魔狩は我々にとって生命線。無下に扱うような事は絶対にせん」


しっかりと見つめられる。


「ワシらにできる事であれば最大限協力すると、この川原田 哲也の名にかけて誓おう」


どこか悔しそうで、けれどもそれを補って有り余る覇気。さっきまでは正直怖かったけれど、味方になってくれると思うととても心強かった。


「魔狩には組合がある。村が発展すれば、特定の場所に腰を据えない魔狩がやってくることもあるだろう。そうなれば、無理にこの村に引き留めるような事もしない。どうか、今しばらくの間だけ、力を貸していただきたい」


「何度も頭を下げないでください!?村の代表なんですから」


とうとう能登谷君が立ち上がり、川原田さんの頭を上げさせようと肩に手を置く。


「感謝する。そうだ、主らの住居だが‥村の広場から西側に空き家がある。魔狩がいない事を理由に出ていってしまった家族の使っていた家だ。多少、古いかもしれんが、持っていけない家具はそのまま置いてある。そこを使うといい」


「何から何まで、ありがとうございます」


「はっはっは!これからはワシらが世話になる身だ。今日は疲れただろう。汚れた家ですまんが、体を休めるといい」


もう、頭が上がらなかった。助けて貰っただけでなく、食事までごちそうになって、おまけに家まで貰える。こんな人たちの為なら働ける。前みたいな若くして過労死するようなブラック企業には死んでも行きたくないけど。




さっきから家とか服装とかが着物っぽかったので、文明レベルはあまり高くないのかと思っていたけど、ぼくたちにあてがわれた家はどちらかというと昭和に近い家だった。着物なんかは清掃に近いらしく、普通に洋服を着ている人も村にはたくさんいた。そんな村人たちと少しずつ関係を構築しながら、家に着いたときは既に夜だった。冥界でも日は落ちる。もうあたりも暗いので、冥界で二度目の食事にすることにした。

冥界における死者は生者、つまりは魔物を食べる事によって、欠損した個所を回復させたりするらしい。つまりはぼくたちが先ほど食べていた食事も、全ては魔物に分類される。

冥界に生きていれば須らくそれは魔物らしい。魚も植物も、それが怪物でなくても魔物になる。そんな魔物料理を村の女性から教えてもらって、自分で実際に作ってみた。そうして出来上がった料理は今、目の前に並べている。


「凄いな‥菅良は料理できるのか」


「‥‥‥」


「えっと‥」


能登谷君がさっきから必死に声をかけてくるけど、悉く無視している。

いや、別に彼が嫌いって訳じゃない。けど顔を見ると子ども扱いされたことを思い出して、少しイラっとするだけ。これはちょっとした意地悪で、ぼくが忘れるまで我慢してほしい程度のことだった。


「やっぱ怒ってるか?中学生とか言ったり」


「うん」


「ごめん。ホントにごめんな?どうしたら許してくれる?」


―――これはもしや、チャンスなのでは?そう思ったぼくは彼の前に料理を置き、そして隣にちょこんと座る。


「えっと‥?」


「じゃあ、その‥ぼくの頭を撫でてほしい」


「‥‥は?」


少し恥ずかしいけど、これは絶対に必要なことだった。あの時、洞窟の中で味わったあの感覚―――これから毎日味わいたい。


「君に撫でられてからあの感覚が忘れられなくて‥!気持ちよくて、安心できて、凄い幸せな感じだった。あんなの初めてだったから‥毎日1時間‥30分でいいから‥!!」


「えっと‥‥いいのか?」


「家事も全部ぼくがするから!掃除も炊事も洗濯も全部やるから!だから‥!」


本気で困惑した顔をしている能登谷君。けどこっちも死活問題だった。あの気持ちよさ、幸福感は一度味わってしまったら、もう二度と元の体には戻れない。

そう、これはもはや許す許さないの交渉じゃなくて、ぼくの渇望だった。

頭を彼の撫でやすそうな位置において、撫でてほしいという期待を込めて見つめる。


「うっ‥!」


早く、早く、早く―――そう願っていると、ぽんと頭に手が置かれた。


「ぁ‥‥ふあ‥‥」


これ。これこそがぼくが求めていた極上の幸福感。生前も死後も含めて一番優先すべきと思える、史上最高の心地よさ。思わず力が抜けて、体を支える為にテーブルの脚に身を預ける。


「ぅん~‥ふぃぅ‥!」


「‥なんだこれ」


結局食事は冷めてしまって、ある程度温め直して食べる羽目となってしまった。けどナデナデを貰った結果によることなので後悔はない。

頭を撫でられる心地よさに酔いながら、冥界での一日目の夜が更けていく。

登場用語まとめ


魔物:死者の世界である冥界に生きる生命体。冥界に生きているもの全般を指し、動物から植物に至るまで、例外なく魔物に分類される。死者を傷つけることができる唯一の存在であり、魂魄を喰らうことで活力の一部とすることができる。その起源は人類よりも古く、一説には地球よりも古いともいわれている。


魔狩:魔物を相手取る兵にして狩人。


冥界:死者が辿り着く終着点。死者である人類や動物と、原住生物である魔物が存在している。


魂魄:死者全般を指す。人間だけでなく動物もおり、魔物に襲われていなければ時折見かけることができる。既に死んでいる為、痛みや寒暖差、環境からの影響に鈍く、傷つけることができない不滅の存在。基本的に食事の必要もないが、魔物を取り込むことで魔物から受けた損傷を少しずつ回復させたりすることができる。魔物に捕食されたりして肉体を失うと魂だけが残り、自力で動けず、何もできないまま思考も自我も消え、やがて冥界の糧となる。

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