勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

勇者の根源とは……では、誰が勇者を殺すのか
yaasan y
yaasan

望み望まれて

公開日時: 2025年1月28日(火) 10:12
文字数:1,945

「なあ……」

 

 そう言いかけてファジルは続く言葉を飲み込んだ。ロイドに何と呼びかけてよいのか分からなかったのだ。

 

 ロイドと名前を呼ぶのは何だか気安いような感じがする。でも勇者などと呼ぶのも何か違う気がする。

 

 そんなファジルの思いに気がついたのかロイドは口を開いた。

 

「ロイドでいいよ。別に勇者様とか、そう呼ばれたいわけじゃないからね」

 

 ロイドが軽く肩を竦める。

 

 ……様をつけるつもりなんてなかったのだけど。

 ファジルは心の中で呟きながら口を開く。

 

「……ロイドは魔族と戦ったことがあるのか?」

 

ファジルは少しだけ躊躇いながら問いかけた。

 

「もちろんあるさ。僕は勇者だからね」

 

 僕は勇者だから。

 淀みのない返答だった。

 しかし回答になっているようで、なってはいないとファジルは思う。

 

「それは魔族と戦うために、城壁の外に出たことがあるってことなのか? それとも王国内での話なのか?」

 

「どちらもだね。知っての通り城壁の外は魔族の領内だ。となれば、魔族と戦うのは必然的に城壁の外になるよね。でも一方で、王国内にも魔族が入り込んでくることだってある。バルディアの惨劇。その時のようにね」

 

 そしてロイドは深緑色の瞳を少しだけ細めた。

 

 普段ならば、わずかながらも学院の生徒たちが行き交う中庭だ。そこが今に限ってだけに言えば、生徒の姿はどこにもなくて、ただ風が通り抜けるだけだった。

 

 まるでこの場所だけが時間から切り離されているような、不自然な静けさが辺りを支配している。その事実がファジルの心の隅に何故か少しだけ引っかかった。

 

「ファジルといったよね? 君が何を訊きたいのか、よく分からないね。魔族について興味があるみたいだけど……」

 

 ファジルはその問いかけに返事をしなかった。興味があると正直に言ってはいけない気がしたし、そうかといって嘘をつくのも違う気がしたのだ。

 

 ロイドの少しだけ細められた瞳が、ファジルの顔を真正面から捉えている。魔族について調べようとしているだけで、やましいことをしているつもりはない。だがこうして真正面から無言で見つめられると、何とも居心地の悪さを感じてくる。

 

 そのような中で、ロイドが不意にファジルの隣にいるカリンに視線を向けた。

 

「その感じ、君は天使族だね?」

 

 天使族の証でもある白い羽は、器用に畳まれて今はカリンの服の中にある。外見だけではカリンを天使族だと気がつくのは難しいはずだ。これも勇者だからできることなのだろうか。ファジルは頭の隅でそんな疑問を浮かべる。

 

「ほえー?」

 

 カリンは小首を傾げている。

 

「何だか様子がおかしいね。天使族は……」

 

 カリンを見つめながらロイドが困惑したように言うと、それに被せるかのようにマリナが口を開いた。

 

「中にはおかしな天使だっているわよ。どこか調子が悪いんじゃない?」

 

 何ですかー? 

 といったような感じで、カリンは変わらずに小首を傾げている。

 

「君たちがここで何をしているかは知らないけれど、魔族については、僕に任せておいてくれればいいさ。僕はそのためだけに存在しているんだからね」

 

 ロイドがそう言って笑う。爽やかな笑顔だ。ファジルの横にいるカリンが、むーっといった顔でロイドを見ている。

 

「それって、魔族に興味を持つなってことか?」

 

 ファジルは思い切ってそう言ってみた。その言葉にロイドは苦笑を今度は浮かべてみせた。

 

「ちょっと危ういぐらいに、君は物事を真正面から捉えるんだね」

 

「単に頭が悪いだけでしょう?」

 

 マリナが何の躊躇いもなく、かなり失礼なことを口にしている。

 

「マリナ、人間関係とは真実を突けばいいというものではないぞ」

 

 隣にいる司祭のグランダルもよく分からないことを言っている。

 

「知っているかい、ファジル? 勇者というのは自分が望み、望まれて初めて成り立つ存在なんだよ」

 

 そんなことはあたり前だろうとファジルは思う。勇者になると自分が望まなければ、勇者にはなれないだろう。

 

 ……ん? 何かが変だ。 

 

 何かが違う気がした。だけれどもその違和感が何なのか。ファジルには掴み切れなかった。言葉の裏に何か冷たさのようなものが潜んでいる気がする。まるでそこに隠された刃があるかのようだった。

 

「まあいいさ。僕たちは僕たちの役割を果たさないといけないのだからね」

 

 ロイドの言葉にマリナは肩を竦めた。その動作には、どこか冷ややかさと呆れが混じり合っていた。それがロイドに向けられたものなのか、彼女自身に向けられたものなのか。ファジルには分からなかった。

 

「やっぱり、笑顔も全部が胡散臭い勇者なのですー。ファジルはこんな勇者にはならないんですよー」

 

 カリンがむっとしたような顔で言う。そんなカリンにロイドは怒るわけでもなく、ファジルに視線を向けた。

 

「なるほど。君は勇者になりたいんだね」

 

 否定する理由もないので、ファジルは軽く頷く。

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