「ファジル、どうしたんですかー。顔が真っ赤ですよ?」
気がつけば隣で座っていたカリンが、大きな青色の瞳をファジルに向けて心配そうな顔をしている。
「大丈夫だ。少しだけ慣れないことをしたからな」
ファジルはカリンの黄金色に輝く頭に片手を伸ばす。ファジルが頭を撫でると、カリンは薄い桃色の口許を綻ばせた。
「えへへ。ぼく、ファジルに頭を撫でられるのが、大好きなんですよー」
カリンはそう言うと、こてっと頭を倒してファジルの体に密着させた。
可愛い。可愛すぎるから抱きしめてしまおうか。もちろん変な意味ではなくて愛情表現の一つとしてだ。
ファジルがそう思った時だった。その思いを懲らしめるかのように、甲高い鐘の音が周囲に響き渡った。それは明らかに警鐘で、緊急の何かを伝えるものに思えた。
まさか自分がカリンを抱きしめようなどと考えたからか。どこからか衛兵さんでもやって来てしまうのだろうか。そんな馬鹿げた考えが一瞬だけファジルの中で浮かぶ。
警鐘を聞いてエクセラも宿屋から何事かと外へ飛び出してくる。
「ファジル、何の騒ぎなの?」
「分からない。だが、緊急を告げる警鐘だろうな」
流石にカリンを抱きしめようとしたからなのかもしれないとは言わなかった。道を行く村人たちも唖然とした顔で足を止めて左右を見渡したり、互いに顔を見合わせたりしている。その顔を見る限りでは、村人たちも急に警鐘が鳴る理由を思いつかないようだった。
鐘の音が緊急を告げているのは分かるが、何の緊急なのかが分からない以上は対処をしようがない。
「ほえー、何の鐘なんでしょうかー」
カリンも左右を見渡して首を傾げている。しかし、状況が分からないとはいえ、緊急時であることは間違いないはずだった。
その時だった。村に響き渡るかのような大声が発せられた。
「黒竜が村に向かってる。家の中に入るんだ。急げ。時間がない!」
そう叫ぶ声の主はガイだった。そのガイの言葉と共に上空を覆う黒い影がる。
まさかと思う。だが、上空にはそのまさかがあった。村のあちらこちらから悲鳴のようなものが上がる。
「早く、家に入るんだ!」
再びガイの声が周囲に響く。家の中に入ったところでとの思いもある。だが、ではどうするのだ、どこに逃げるのだということなのだろう。
「ひょえー、でっかい蜥蜴なのですー。火蜥蜴よりも大きいのですー」
カリンが空中の黒竜を見上げて可愛らしいその口をあんぐりと開けている。
「おい、お前らも早く宿屋に戻れ!」
ガイがファジルたちの姿を見て駆け寄ってきた。
「ちょっと待ちなさいよ。宿屋の中にいたところでどうにもならないわよ」
エクセラがガイに反論する。
「仕方がねえだろう。逃げ場なんてないぞ」
ガイも即座にエクセラに反論する。
「そうじゃないわよ。村人はともかく、私たちはあれを追い払うことを考えるべきじゃないってことよ」
エクセラは何故かガイに向かって仁王立ちとなっている。
確かにエクセラの言う通りなのかもしれないとファジルも思う。退治することはできないまでも、追い払うことならば可能なのかもしれない。
エクセラの言葉にガイも一瞬だけ虚をつかれたような顔をする。しかし、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべてみせた。そのガイに向かってファジルも口を開いた。
「確かにそうだな。逃げ場なんてない。だったら、俺たちが何とかしないといけない。それに、黒竜が村を襲うと決まっているわけじゃないだろう? そもそも、襲う理由がないからな。俺は襲ってはこないと思うぞ」
ファジルがそう言った瞬間、エクセラの頬が何故か派手に引き攣った。カリンも、あっとばかりに可愛らしい口を大きく開く。
「えっ?」
そんな周囲の反応にファジルが反論の言葉を漏らした瞬間だった。上空の黒竜が大音量で吠え声を発すると禍々しいまでの大きな口を開いた。たちまち口の前に金色に光る魔法陣が形成される。
「ほらっ、ファジルがそんなことを言うから、黒竜がやる気満々になったじゃない!」
「やる気満々なのですー」
カリンが両手を上下にばたばたと振っている。
エクセラとカリンから発せられる非難の言葉を聞きながら、それは自分のせいではないだろうとファジルは思う。
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