次の日の朝、ガイが木刀を持って宿屋にやって来た。ガイの嬉しそうな顔を見た瞬間、ファジルは嫌な予感に襲われる。
「おい、弟弟子」
「……ファジルだ」
「弟弟子、朝の鍛錬だ」
弟弟子という響きが気に入ったのか、それとも単なるあれなのか。ガイは未だにファジルを名前で呼ぼうとはしない。
「朝の鍛錬……誰と?」
分かってはいたが、一応は訊いてみた。もしかすると、エクセラを誘いにきたのかもしれないのだから。
「俺とだ。決まっているだろう」
ガイは当然のようにそう言って口を大きく開けて笑う。何となく分かっていたが、体だけではなくて、ガイは頭も筋肉仕様のようだった。
もっとも、ファジル自身も鍛錬自体を否定するつもりはない。旅に出てから剣の鍛錬らしい鍛錬をしていないことが気になっていたところでもあった。
ただ、会って二日目の人間に対して朝の鍛錬を言い出すような常識は持っていない。例えその相手が弟弟子だったとしてもだ。
そもそも、弟弟子というのも気に入らない。何か自分があからさまに兄弟子であるガイの格下であるような気がする。
大体、兄弟子、弟弟子といっても師匠のジアスからガイが教えを請うた時期は十年以上も前だと言う。兄弟子には違いがないのかもしれないが、それを殊更に強調されてもと思うファジルだった。
ガイはと言えば、そんなファジルの気持ちを知るはずもなくて、屈託なく笑っている。
……まあ、悪気がないことは分かるがな。
ファジルは心の中で呟くと少しだけ苦笑して、ガイに向かって頷いてみせたのだった。
鍛錬とはいえ、こうして改めて剣を合わせてみるとガイは強いということを実感する。
その巨体からも分かるように、その膂力は凄まじいものがある。単純な力比べではファジルに勝つ術はなかった。
ならば速度や技の切れで凌駕する以外にないということになるのだが、ガイはその巨体に似合わず動きも俊敏だった。
何度目かの手合わせの後、ガイは大剣をおさめて大きく息を吐き出した。
「速いな。技の切れも大したものだ。流石についていけねえぞ」
どうやら褒められたようで、ファジルの口元が思わず緩む。そんなファジルの顔を見たガイは荒い息を吐き出しながら言葉を続けた。
「ふん。だが、無傷とはいかねえが、実戦なら最後に立っているのは俺だけどな」
……まあ、負けず嫌いということなのだろう。
実際、鍛錬と実戦が違うことは間違いない。鍛錬でどれだけ強くても、実戦の時にその勝利を保証するものではないことはファジルも理解しているつもりだった。
だから、ガイが言うこともあながち間違っているわけではない。もっとも、例え実戦でもファジルにしてみればガイに遅れをとるつもりなどはないのたが。
「それにしても、なかなかなの腕だな。呑んだくれに十年間、剣を学んだというのは伊達じゃないな」
少しだけ捻くれたような賞賛にも思えたが、そこは素直に受け取ることにする。
「ガイがジアス師匠から剣を学んだのはいつなんだ?」
「おれが十二歳の時だから……丁度、十五年前になるな。まだ俺は十二歳の子供だったしな。一年間、剣の基礎を学んだ感じだ。だから、師匠ってほどじゃない。もっとも、ファジルみたいに十年もあの飲んだくれから剣を学ぶつもりもないけどな」
「何だ、馬鹿にしてるのか? 師匠は確かに飲んだくれだが、剣の腕は確かだぞ」
ファジルの反論にガイも頷いた。
「まあな。いま思えば、王宮直属の騎士だったっていう話も満更ではないのかもしれんな。それはそうと、あの飲んだくれ、いくつになったんだ? もう四十歳はとっくに超えているだろう。あの調子では、とっくにどこかでのたれ死んでいるだろうと思っていたが」
我が師匠ながら酷い言われようだとファジルは思う。確かにとんでもないぐらいの飲んだくれで、残念なことに弟子としては否定ができないのだったが。
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