「火蜥蜴か。穏やかな話じゃないな」
部屋に入って呟くように言ったファジルにエクセラが深緑色の瞳を向ける。
「ファジル、変なことを考えているんじゃないでしょうね」
「いや……」
エクセラの瞳には非難の色が濃く浮かんでいて、ファジルは思わず言い淀む。
「変なことってなんですかー?」
カリンが興味津々といった顔で会話に入ってきた。
「この勇者かぶれが、いかにも考えそうなことよ」
……勇者かぶれ。
何だか酷い言われようだ。
「ほえー?」
カリンは小首を傾げている。
「火蜥蜴なんてファジルの剣で何とかなる相手じゃないんだからね。私の魔法をあてにしても駄目よ。私は炎系魔導士で、氷系魔法は全く駄目なんだから」
全く駄目なんだから……。
何故かエクセラは胸を張って堂々と宣言している。弱みを弱みとして言いたくもないといったところなのだろうか。負けず嫌いもここまで徹底すれば、大したものなのかもしれない。
胸を張ったことでたわわに実ったエクセラの大きな胸が微妙に揺れている。目のやり場に困ってファジルは視線を逸らせた。
「エクセラが魔法学院で爆炎魔導士って呼ばれていたのは俺も知ってるさ」
「ふん!」
二つ名を言われて嬉しいのか、更に胸を張ってエクセラは鼻息を荒げる。
「ほえー、エクセラ、かっちょいいのです。二つ名なのですー。何か凄いのですー。爆乳魔導士ですかー」
即座に金色の頭が叩かれて室内に派手な音が響く。
「爆炎よ! あんた、わざと間違えてるでしょう」
「ふえー」
カリンが叩かれた頭を両手でさすっている。
「私たちで何とかなる相手じゃないし、そもそも私たちには関係ない話なのよ」
関係ないと言われてしまえば、確かにそうなのだが。
でも……。
ファジルがそう思った時だった。
外が急に騒がしくなる。悲鳴や人を呼ぶような大声が入り混じって聞こえてきた。ファジルは一瞬、エクセラと目を合わせると外に飛び出した。
通りに出ると既にかなりの人数が集まっていて、瞬間的に嫌な異臭が鼻をついた。そして、人垣の間から視界に入ってきたのは、目を背けたくなるほどに焼け爛れた二つの体。最早、性別は判別をしようがなかった。
やられた。出やがった。
その傍で若い男が半狂乱になりながら、そんな言葉を叫んでいた。若い男の顔や腕のところどころに火傷と思える跡がみられ、服もところどころに焦げ跡がある。
それらの様子を見ただけで何が起こったのか想像がついた。街の外で火蜥蜴と遭遇したのだ。地面に寝かされている二人は最早、手の施しようがないことは明らかに思えた。
ファジルは背後のカリンに茶色の瞳を向けた。カリンは天使だ。奇跡を起こす神聖魔法にも長けているはずだった。
ファジルの視線を受けてカリンは顔を小さく左右に振った。これでは流石にどうにもならないということなのだろう。
「おい、どうするんだ? もし、村の中に火蜥蜴が入ってきたら。子供や年寄りもいるんだ。逃げられないぞ」
集まっている人の中からそんな声が上がった。
「村長が領主様に騎士団の派遣を願い出ているところだ」
「こんな辺境の村に騎士団が来るのなんて、いつになることやら……」
「今のうちに避難した方がいいんじゃないか」
「避難といっても一体、どこへだ? 逃げるところなんてないぞ。それに、いつまで避難すれば……毎日の生活だってあるんだ」
村人たちから次々と声が上がる。
そんな時だった。集まっていた村人たちが、まるで気圧されるかのようにして左右へ二つに割れた。
その間から現れたのは三人の男女。
先頭を歩く若い男は最低限の装飾が施された銀色に鈍く光る甲冑を身につけている。派手な装飾は施されていないものの、その甲冑は見るからに高性能と分かる代物だった。
甲冑から発せられている魔力が尋常なものではないのだ。この甲冑を着ているだけで、弱い魔獣などは姿を見せることはないように思えた。
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