勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

勇者の根源とは……では、誰が勇者を殺すのか
yaasan y
yaasan

懐かしき故郷

公開日時: 2025年2月17日(月) 09:35
文字数:1,727

「大変ですよ、エクセラさん。あちらの聖職者さんが、もの凄く恐い顔をして変な魔法を唱え始めたんですけど。私、聖職者さんとは相性が悪いんですよね」

 

 場にそぐわないエディの呑気な声が聞こえてくる。

 

 分かっているわよ!

 苛立ち半分に、再び怒鳴り返しそうになる。

 

 その気持ちを押さえ込みながら、エクセラはロイドに視線を向けた。

 

 ファジルを斬った勇者の顔は無表情だった。そこにいつもの微笑といったものはない。その事実がエクセラの背中に冷たいものを走らせる。

 

「ガイ、少しだけ時間を……」

 

 大きな背中に向けた声が掠れるのをエクセラは自覚した。

 

「いや、無理だろう」

 

 即答だった。格好よく勇者の前に立ち塞がってくれたのだけれど、大剣を握るガイの指先は白く、刃先はわずかに揺れていた。

 

 さすがは勇者。勇者一行とは格が違うのだとエクセラは思う。自分たちのような、なんちゃって冒険者。もしくは、なんちゃって勇者一行とは実力が違いすぎるということなのか。

 

 ……だけれども。

 

「大丈夫。終わらせたりなんてしないんだから! ガイ! 一瞬だけ牽制して!」

 

 ガイはわずかに息を呑んだようだったが、何も言わずに上段から大剣を振り下ろした。

 

 エクセラには、目にも止まらぬ速度と言っても過言ではないように思えたが、ロイドはその大剣を難なくといった様子で弾き返してしまう。

 

 そしてガイの大剣を弾いたまま、ロイドが長剣をガイに振り下ろそうとする。

 

「完成! 行くわよ!」

 

 その声とともに、エクセラが描いた地表の魔法陣が発動する。次の瞬間、エクセラたちは浮遊するような感覚とともに眩い光に包まれていた。

 

 

 

 

 視界が光に包まれていたのは一瞬だった。すぐに視界は回復する。回復したエクセラの視界に入ってきたのは、無機質な灰色の岩に囲まれた地表だった。

 

 ……違う。

 何が起きたのかが分からない。転移の瞬間、魔力の流れが歪んだ気がした。まるで別の力が介入したかのように。魔法陣の発動を急いだために何かを間違えたのだろうか。

 

 こんな場所に自分は転移するつもりなどなかった。混乱し焦る気持ちを抑えて、エクセラは皆の安否を確認するために周囲に視線を送った。

 

 鮮血にまみれて大地に倒れ込んでいるファジル。そのファジルに必死で治癒魔法を施しているエリンの姿がある。そして、周囲を見渡しているガイやエディの姿もあった。

 

 エリンは必死な形相ではあったが、それを見ている限りではファジルはかろうじて無事であるようだった。

 

 そう。天使の癒やしは絶大なのだ。ファジルはこんなことぐらいで死んだりはしない。エクセラは心の中でそっと安堵の溜息をついた。

 

 ロイドたち勇者一行の姿はどこにも見当たらない。少なくとも自分が発動させた転移魔法そのものは成功しているようだった。取り敢えずは、壊滅的な状況から逃れることができたと言ってよいのだろう。

 

 転移魔法は成功した。だが、ここは一体どこなのだろう。エクセラの予定では王国最西端の街、アルギタに転移するはずだった。

 

 しかし、ここにはアルギタの街の特徴であった巨大な城壁がどこにもない。周囲にあるのは灰色の岩だけだ。風はない。無風といっていいのかもしれない。

 

 空の色も禍々しくて紫色に近いような灰色をしている。その空では濃い灰色の雲が渦を巻いていた。こんな空を今までにエクセラは見たことがなかった。

 

「一体、ここは……」

 

 エクセラは思わず声に出して呟いた。

 

「エクセラさん、申し訳ありません。エクセラさんが発動した魔法陣を少しだけ書き換えさせていただきました。それにしても、あの瞬間で転移魔法を発動させるなんて、さすがはエクセラさんですね。」

 

 称賛の言葉を送ってきたのはエディだった。

 魔法陣を書き換える。エクセラは意味が分からないといった顔をエディに向けた。

 

 魔法陣を術の発動者以外が、書き換えるなんて話は聞いたことがない。そんなことができるものなのか。

 

 それにその話は置いておくとして、ここは一体どこなのか。

 そんなエクセラの疑問に応じるように、エディがさらに言葉を続けた。

 

「……我が懐かしき故郷。魔族の国へ、ようこそ」

 

 その言葉とともにエディは慇懃に一礼してみせた。

 

 エディが発したその言葉はどこまでも禍々しくて、呪詛の響きがあるかのようにエクセラには聞こえたのだった。

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