勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

勇者の根源とは……では、誰が勇者を殺すのか
yaasan y
yaasan

喧嘩

公開日時: 2024年9月10日(火) 10:08
文字数:1,539

 ファジルがそう思って一歩を踏み出した時だった。若者の右手が一閃する。

 

 次の時、ファジルの眼前にはガイの大剣があった。その一瞬前には甲高い音と火花を発して、若者が握る短剣がガイに差し出された大剣に弾かれている。

 

 ファジルは無言で不満げな顔をガイに向けた。その顔を見てガイは口を開く。

 

「何だ、その顔は? 可愛い弟弟子を庇ったんじゃねえか」

 

 余計な真似をとまで言うつもりはないが、別にわざわざ庇ってもらうほどのものでもなかったのだとファジルは思う。

 

 気づくと隣ではエクセラさんが憤怒の表情をしている。彼女自身が不意打ちを受けたわけでもないのに、その顔を見ている限りではエクセラさんはとてつもなく怒っているようだった。

 

「あんた、一体、何をしてくれてるのよ!」

 

 その言葉が終わらない内にいつの間にか上空に展開されていた数個の火球が若者を襲う。流石は爆炎魔導士というべきなのか。

 

 若者は後方に向けた地面を回転して襲いかかってきた火球を避ける。その動きは素早く無駄がない。それを見ただけでも彼が只者ではないことが分かる。

 

 しかし、そんな只者でないような若者に自分が短剣を向けられる理由はないとファジルは思う。

 

 それに向けられただけではなくて、あの時の一撃は間違いなくファジルに致命傷を与えようとしたものだった。そこに手加減があったようには思えない。

 

 そんなことを考えながらも、ファジルはとにかく喧嘩を止めなければと思い直す。

 

「ちょっと待てって。いきなり喧嘩はよくないぞ」

 

 はあ? とばかりにエクセラがファジルに顔を向けた。

 

「喧嘩じゃないでしょう! さっきの一撃は確実にファジルの命を狙ってたじゃない!」

 

 それはそうかもしれないが、あの程度の一撃を簡単に受けてしまうほど弱くはないとファジルは心の中で反論する。もっとも、流れでガイに守られる格好になってはしまったのだったが。

 

「喧嘩よりもこの男には訊きたいことがある」

 

「はあ? 喧嘩じゃないでしょう? 何を訊きたいのか知らないけど、こいつが素直に何かを言うわけないじゃない。問答無用で斬りかかってきたのよ!」

 

 ぷんすか怒っているエクセラは話にならないので放っておくことにする。そもそも斬りかかられたのは自分なのだ。だからエクセラがこんなに怒る必要はないのではとファジルは思っている。

 

 ガイに視線を向けると、こちらも無駄に大きい大剣の柄に手をかけたままで厳しい顔つきを変えてはいなかった。

 

 ……こいつも駄目だ。どうやら筋肉ごりらもエクセラと同じで好戦的らしい。

 

 ファジルは心の中で呟くと改めて正面の若者に視線を向けた。短髪の黒髪で、瞳も黒色だった。上背はそれほどなくて、どちらかといえば小柄の部類に入るだろう。その分、俊敏ということなのかもしれない。

 

 ファジルはそんなことを考えながら口を開いた。

 

「いきなり斬りかかってくるのは穏やかじゃないな。俺たちはあんたと争うつもりはない。一体、何の用だ?」

 

 ファジルとしては相手が話しやすいように極力穏やかに言ったつもりである。

 

「……何だ? こいつは馬鹿なのか? 殺されかかったのに何を言ってる?」

 

 想定外のことを若者から言い返されてしまった。言い返された理由が分からず、ファジルはエクセラの顔を見る。エクセラは微妙な表情をしている。

 

 何だよとファジルは思う。殺されかかった時にはあんなに怒ってくれたのに、幼馴染みが馬鹿呼ばわりされた時には怒らないのかよとファジルは思う。

 

 続けてガイの顔を見ると、自称兄弟子とやらも微妙な顔をしている。

 

 ……そんな二人の様子を見ていたら何だか腹が立ってきた。

 

「おい、お前、人を馬鹿呼ばわりするなよ」

 

 ファジルは長剣を抜き払った。確かに考えることはあまり得意ではないが、初めて会うような奴から馬鹿呼ばわりされる謂れはどこにもないのだ。

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