ファジルが問いかけた言葉が分からなかったのだろうか。
少女は小首をファジルに傾げて、訊かれてもいない自分の名前だけを告げる。
……でも、可愛い。
そんな内心を読み取ったかのように、エクセラがファジルの頭を叩いた。
「子供相手に何で顔を赤らめてるのよ。馬っ鹿じゃない!」
ファジルは叩かれた灰色の頭を片手でさすりながら反論する。
「そ、そんなことはしていないぞ。心配していただけだ」
ファジルの言葉に少女が言葉を被せてきた。
「いきなり何なんですかー。この凶暴なお化けおっぱいは? ぼく、恐いのですー」
……お化けおっぱい。
「はあ? 凶暴……お化けおっぱい」
エクセラの頬が派手に引き攣っている。
「エクセラ、怒るな。子供相手だぞ」
ファジルが声をかけても頬の引き攣りが止まらない。
「ほえ? 恐いのですー。さっき、このお化けおっぱいは、ぼくのことを見捨てようとしたのですー」
カリンと名乗った少女は泣き顔となる。
「はあ? 私もあんたのこと、助けたわよ。それに、またお化けおっぱいって言ったわね!」
「おい、子供の言うことだぞ」
口調の強さに思わずファジルが止めに入ると、カリンがファジルに抱きついてきた。
「ほえー、やっぱり恐いのですー」
「お、おい……」
その状況にファジルが思わず顔を赤らめる。
「どさくさに紛れて何やってんのよ。それにファジルも何で顔が赤いのよ!」
ファジルに抱きつくカリンをエクセラが引き離そうとする。エクセラの伸ばしたその両手が宙で止まった。
「あんた、その背中……」
エクセラが見つめる視線の先、カリンの背中には器用に折りたたまれた白い羽が、ぴょこぴょこと揺れていた。
「えへへ……」
カリンは指摘されて嬉しいのか、笑顔を浮かべている。
「あんた、天使族なの? で、その天使族が何で地面に、それも逆さまで埋まっているのよ!」
思わず頷きたくなるような、もっともな疑問だった。というか、天使族なんぞはファジルも初めて見た。それこそ、物語の中だけではなくて本当にいるのだといった印象である。
カリンはというとエクセラの問いかけに対して、えへへと笑っているだけである。
「どうでもいいから、いい加減に離れなさいよ!」
そんなカリンをエクセラが引っ張るようにしてファジルから引き剥がす。
「ほえー」
カリンの短い悲鳴のような言葉をエクセラは気にする素振りはみせずに、一気にカリンをファジルから引き剝がす。子供相手なのだが、手加減というものをするつもりはないようだった。
「で、何で天使が地面に埋まっていたのよ? それも逆さまに」
エクセラが先ほどと同じ質問を繰り返す。
「えへ、上から覗いていたら、落ちたんですよー」
「はあ?」
カリンの返答にエクセラは怒気が満ちた言葉を返す。
「お、おい、エクセラ、相手は子供だぞ。もう少し優しくした方が……」
取りなそうとしたファジルは、燃えるかのような深緑色の瞳をエクセラから向けられてしまう。あまりのその迫力にファジルは黙り込む。
「ファジル、天使って何百年も生きるのよ? この子だって見た目が八歳ぐらいなだけで、実際は何歳……」
「ほえー。このお化けおっぱい、恐いのですー」
エクセラの言葉にカリンが素早く言葉を被せてくる。
「あんたねえ、いい加減に!」
そんなカリンに対して怒りが限界に達したのか、エクセラの右手に火球が出現する。ファジルは慌ててエクセラの右手首を握った。
「落ち着けって、エクセラ! 子供の言うことだろう」
「はあ? だから、子供じゃないんだって! それに胡散臭いのよ。上から覗いて、落ちた? しかも、さっきから口を開けば、ほえーと私の悪口を言っているだけじゃない!」
エクセラが怒りを浮かべた深緑色の瞳をファジルに向けてきた。
確かにエクセラの言う通りなのだが、悪口に関して言えばお互い様のような気もする。
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