勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

勇者の根源とは……では、誰が勇者を殺すのか
yaasan y
yaasan

不文律

公開日時: 2025年2月3日(月) 09:09
文字数:1,944

 ファジルの言葉を受けて黒装束の男は少しだけ肩を竦めた。

 

「やはり気づいていたか。さすがだな」

 

 男はそう言って、顔に巻いてあった黒布を外した。現れたのは間違いなく師匠の顔だった。だが、その目つきはかつて知っていたはずのものとは明らかに違っていた。

 

 どこか遠くを見ているような、まるで別人のような冷たい瞳がそこにはあった。

 

「いつから分かっていた?」

 

「最初から。酒の匂いがしたからな。それで気がついた」

 

 ジアスは再び肩を竦めてみせた。

 

「酒の匂いか。そんなことから推測されるとはな。相変わらずお前は妙なところで鋭いようだ」

 

 ジアスは感心したような表情を浮かべていた。ファジルはそんなジアスの顔をみながらゆっくりと口を開く。

 

「どういうことだ? 何で師匠が俺たちを襲う?」

 

「前に会った時に言ったろう? 魔族を調べるからさ」

 

 ジアスの口調はいかにも当たり前だろうといった感じだった。ファジルはごくりと唾を飲み込む。

 

「違う!」

 

 ファジルは首を左右に振り、さらに言葉を続けた。

 

「そうだとして、何で師匠が俺たちを襲うんだ!」

 

 ファジルの怒声に近い言葉を聞いて、ジアスは少しだけ不思議そうな顔をした。

 

「お前は昔から妙なところで察しがいい。だが、肝心なところでは察しが悪い。俺がお前たちを斬る側にいるからさ。ここまできて、まだそんなことも分からないのか?」

 

「ファジル、何を言っても無駄よ」

 

 ファジルの背後にいたエクセラが口を開く。さらにエクセラはそのまま言葉を続けた。

 

「理由は分からないけれど、ジアスは魔族に関わろうとすれば、それを阻止する存在なのよ」

 

 エクセラが立ち上がる。それに合わせてファジルも立ち上がった。ジアスの片手には既に抜き身の長剣が握られている。

 

 先程の一撃もそうだったが、ジアスには少しだけ相手を懲らしめるといったような考えは皆無なようだった。

 

 ファジルは腰にある獅子王の剣を握った。手の平が汗ばんでいることにファジルは気がつく。

 

「エクセラか。よりによってなんだよな」

 

 ジアスはそこで溜息をつきながら黒色の頭を片手でかき回して、さらに言葉を続けた。

 

「別に普通の奴らがそれについて調べたところで、よほどの核心に迫らない限りはお咎めなんてないさ。だが、お前たちは不味い。そいつは不文律なのさ。ま、ついてなかったんだな」

 

「言っていることが分からないわね」

 

 エクセラの顎が少しだけ持ち上がってきている。エクセラが怒り始めた兆候だ。

 

「当たり前だ。分かるように言ってはいないからな。どちらにしても、ここでお前たちの旅は終わりだ」

 

 一瞬の沈黙が訪れた。次の瞬間、ジアスに向かってファジルの横を鋭い斬撃が駆け抜けた。

 

「久しぶりだな、師匠。いや、もう師匠とは呼びたくねえな。その冷たい目じゃ、人を斬ることしか考えてねえんだろう?」

 

 ガイだった。放たれた斬撃を見る限り、手加減は一切ないように思えた。

 

 ジアスは長剣を振り上げ、辛うじてガイから放たれた斬撃を受け止めたようだった。だが衝撃を受け止めきれず、体ごと背後の壁に叩きつけられて砕けた瓦礫と共に外へ吹き飛んだ。

 

「行くぜ、弟弟子! 多分、敵はジアスだけじゃねえ。エクセラとカリン、そしてエディは後方で俺とファジルの援護だ」

 

 ガイは一度そこで言葉を切ってファジルの顔を見つめる。ガイの瞳は真剣だった。ファジルの顔を見つめながらガイが続けて口を開いた。

 

「腹を括れよ、弟弟子。ここからは殺し合いだ」

 

 ガイの野太い声がファジルに向けられる。

 

 うるさいんだよ、とファジルは思う。そんなことは分かっている。ただ頭と心がまだ噛み合っていない気がするだけだ。

 

 それにエクセラやカリンたちを傷つけようとするのなら、自分は相応の反撃をする。それがかつて剣を教わった師であっても関係ない。

 

 ファジルは再び唾を飲み込み、獅子王の剣を握りしめて一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 ファジルたちが外に出ると、ジアスは既に体勢を整えていて長剣を構えている。ジアスの背後で同じ黒装束である三つの影が蠢いている。彼らの短剣が陽光を鈍く反射していた。

 

 宿屋の外では騒音と共に始まった物騒な活劇に騒然としながらも、輪を作るようにして老若男女の人垣ができつつあった。自分たちに危害が及ばないならば、この状況も一つの娯楽になってしまうようだった。

 

「俺に師匠と言ったか? 生憎、お前なんぞは知らないがな」

 

 ジアスの言葉にガイは軽く顔を顰めた。ガイがジアスに剣を教わったのは十年以上も前の僅かな期間らしいので、ジアスが覚えていないのも無理はないのかもしれないとファジルは思う。

 

「師匠ならせめて教え子の顔ぐらい覚えとけよ。酒を飲みすぎて、記憶まで流しちまったのか? それとも、昔のことなんてどうでもいいってか?」

 

 知らないと言われたのが不本意だったのだろうか。ガイは軽く口を曲げている。

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