……まあ、手さえ出なければ、エクセラも何かと可愛いんだよな。
胸の内で呟きながらファジルは茶色の瞳を火蜥蜴に向ける。
斬れるのだろうか。
そんな言葉がファジルの中で浮かぶ。
いや、斬れるだろう。勇者とはそういものだ。勇者になりたいのではなかったのか。
ファジルは大きく息を吸い込んだ。
「行くぞ!」
「はーい」
ファジルが握る獅子王の剣に向けて、カリンが元気な声と共に両手を翳す。途端に獅子王の剣が魔力を帯びて白色の光を放ち始めた。
「ほえー、凄いのですー」
その様子を見てカリンが驚きの声を上げた。
「ふふん、獅子王の剣は魔力の伝達率が六割近いんだから」
何故かエクセラが得意げだ。小鼻も微妙に動いている。
ファジルはそんなエクセラに視線を送ると、エクセラは大きく頷いた。
「あんな蜥蜴のへなちょこ炎なんて、完璧に跳ね返してみせるからね。だから、物理攻撃だけに気をつけて」
「大丈夫だ。俺は勇者になりたい男なんだ」
「う、うん……何かよく分からないけど、頑張って」
エクセラはファジルの言葉に微妙な笑顔を返すとカリンに顔を向けた。
「攻撃魔法で援護するわよ」
「分かったのですー」
エクセラとカリンのそんな言葉が聞こえてくる。もっとも、先ほどの攻撃魔法を見る限りでは大した期待はできないのだろう。だが、その気持ちだけでもファジルとしては嬉しかった。
ファジルが茶色の瞳を正面の火蜥蜴に改めて向ける。その視線に気づいたわけではないだろうが、火蜥蜴もぎょろりとした大きな目をファジルに向けてきた。
その口の両端からは変わらずに真紅の炎が、ちろちろと禍々しく出たり引っ込んだりを繰り返している。
その火蜥蜴が再び大口を開けた。ほぼ同時に火球が吐き出されて、瞬く間にその火球がファジルたちの眼前に迫る。
「一刀断ち……斬!」
さっきは馬鹿にされたので、今回はジアス流をつけなかった。斬撃を放つために抜き払った獅子王の剣を再び鞘に収めて、ファジルは二つに割れた火球の間を走った。そして、一気に火蜥蜴との距離を詰める。エクセラが展開してくれた魔法のお陰で熱の熱さは感じられない。
斬れるか?
再び、先程と同じ疑問がファジルの中で生まれる。
いや、斬れるだろう。
カリンが付与してくれた魔力の効果だってあるのだ。
ファジルの眼前に火蜥蜴の巨大な顔が迫る。
……斬!
再び獅子王の剣を鞘走らせようとした時だった。背後からエクセラの悲鳴のような声が聞こえた気がする。
右上から黒く大きな影が自分に向かってくることにファジルは気がつく。
「斬!」
その黒い影に向かってファジルは獅子王の剣を鞘走らせた。一刀のもとに斬り離された黒い影がその勢いで宙を舞った。
同時に火蜥蜴から悲鳴のような鳴き声が響く。宙を舞ったのは、どうやら火蜥蜴の太い尻尾のようだった。
「蜥蜴のくせに尻尾を斬られると痛いのか?」
火蜥蜴に向かってそう言ったファジルだったが、もちろん火蜥蜴が答えるわけもない。
悲鳴のような鳴き声を上げ続けながら、火蜥蜴が再びファジルに向けて大きな口を開いた。
「ジアス流一刀断ち……斬」
……うん。やはりこれが一番、しっくりとくるな。
ファジルは心の中で呟いたのだった。
「やったじゃない!」
「凄いのですー!」
背後からエクセラとカリンが駆け寄ってくる。
火蜥蜴は見事に両断されていた。それを見てファジルは大きく息を吐き出した。
「俺の力だけじゃない。エクセラとカリンの魔法があったからだな」
背後を振り返ったファジルに、とてとてと走ってきたカリンが抱きついた。
「凄いのですー。ファジル、勇者みたいなのですー」
カリンはファジルの首に両手を回してぶら下がっている。ファジルもそれに合わせて、カリンの腰に両手を回した。
「あんたたち、何で引っついているのよ!」
それを見たエクセラがカリンの両足を引っ張る。
「あ、止めるんですー。ぼくの足を引っ張っちゃ、駄目なんですー」
カリンは更に強くファジルの首にしがみつく。
「何が駄目なんですーなのよ。ほら、ファジルから離れなさいって!」
「お、おい、エクセラ、止めろ。引っ張るな。危ないって!」
体勢が崩れてファジルも非難の声を上げる。
「はあ? ファジルまでそんなことを言うわけ。やっぱり変態なわけ?」
「やっぱり変態ってどういう意味だ? 本当に危ないんだって!」
「止めるんですよー」
次の瞬間、三人の悲鳴が重なって大地に投げ出される。
当然と言うのか、必然と言うべきなのか。ファジルの顔は巨大な柔らかい何かに包まれて暗闇が訪れる。
「あー! ファジルの顔が、お化けおっぱいのおっぱいに食べられたのー!」
「ち、違うわよ。食べてないわよ。ファジルも早くどきなさい!」
エクセラの叫び声が周囲に響き渡るのだった。
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