……どうする?
……斬れるのか?
ファジルが長剣の柄を強く握りしめた時だった。
「……そうだね。流石に竜が相手だと厳しいよね」
その言葉とともに姿を見せたのは勇者、ロイドだった。ロイドの背後には、サガの村で出会った魔導士のマリナと聖職者のグランダルの姿もある。
「今の魔法を発動できるのは大したものだけれど、とんでもない方向に外してはね」
マリナがエクセラに向けて薄い笑いを浮かべている。それを見てエクセラの頬が派手に引き攣る。
「ほえー? 爽やかな笑顔が胡散臭い勇者がいるのですー」
カリンが容赦のない言葉を言う。おそらく本人にはそのような自覚はないのだろうけども。
迫りつつある黒竜を横目にロイドは魔導士のマリナに顔を向けた。
「黒竜が降り立ったら、手筈通りに」
「大丈夫よ。準備はできてるから」
マリナの言葉に軽く頷いたロイドは、聖職者のグランダルにも顔を向けた。
「こちらも問題ない。準備は終わってる」
……降り立ったら?
ちょっと待ってくれとファジルは思う。何の準備だかは知らないが、降り立ったらとはどういうことなのか。
「おい、ちょっと待ってくれ。降り立ったらってどういうことだ。家の中には人がいるんだぞ!」
ファジルの言葉にロイドは少しだけ不思議そうな顔をする。
「そうだね。でも、僕たちには目的があるからね」
目的?
何を言っている?
その間に黒竜は今にも地表に降り立とうとしていた。ファジルはエクセラに顔を向ける。
「エクセラ、魔法を!」
「駄目よ。間に合うわけないわよ!」
エクセラが悲鳴のような声を返してくる。
「なら、俺に飛翔の魔法を。カリンは剣に魔法を付与してくれ!」
「ほ、ほえー」
カリンは戸惑った顔をする。
「おい、落ち着け。何をするつもりだ?」
ガイがファジルの肩を掴むと、カリンに向けていたファジルの体を自身の方に向けさせる。
「斬り込んでみる。鼻面でも痛めつければ、逃げ出すかもしれない」
「馬鹿なことを言うな。犬じゃねえんだぞ。相手は竜だ。それに、もう間に合わねえ!」
「分かってる。だが、黒竜が村の真ん中に降りてみろ。どんな被害になるか……」
「駄目なのですー。間に合わないのですー!」
カリンが上げた悲鳴のような声と共に、黒竜がその巨体で村にある家を薙ぎ倒しながら地面に降り立った。舞い上がった土煙の中に見える薙ぎ倒された家には村人がいるはずだった。
唖然とその光景を見ていたファジルの横で勇者のロイドが腰の長剣を抜き払った。
「グランダル、光の魔力を」
ロイドの言葉に聖職者のグランダルがロイドの持つ長剣に片手を翳す。即座にロイドの長剣が白銀に輝き始めた。
「マリナ、飛翔の魔法を」
その言葉にマリナがロイドに両手を翳す。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。ぐずぐずしていると、被害が大きくなるからね」
その言葉と共にロイドは咆哮を上げる黒竜に向かって飛翔する。
村に降り立った黒竜はその太い尻尾を左右に振って、村の家を薙ぎ倒していた。そして、飛翔して向かってくるロイドに何かを察したのか、自身の眼前に雷撃の魔法陣を展開した。
「マリナ、あれは少しだけ厄介だね。顔に向けて魔法を。目眩し程度になれば十分だからね」
グランダルの言葉とともに、翳されたマリナの手の平から燃えさかる巨大な火球が放たれた。放たれた火球が黒竜の顔を直撃する。
僅かに顔をのけぞらせた黒竜だったが、被害は受けていないようだった。しかし、黒竜の眼前に展開されていた魔法陣は消滅する。
その一瞬後、飛翔の魔法で宙を飛んだロイドが黒竜の眼前に到達した。それに気づいた黒竜が怒りの咆哮を上げるのとロイドが長剣を一閃させるのは同時だった。
地響きを立てながら黒竜の体が横倒しとなった。それに合わせて雄牛三頭分はゆうにありそうな黒竜の首から上が斬り離されて、ごろりと地上に転がった。
ファジルの隣にいるガイが感嘆の声を漏らす。
「あれが勇者か……化け物だな……」
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