「ファジルはここで何をしているんですかー? エクセラとエディはどこなんですかー?」
カリンの可愛さと神々しさで涙を拭うファジルに、カリンは相変わらずの天真爛漫といった感じで問いかける。カリンの声は、まるで春のそよ風のように軽やかだった。
王都に来る前は少しだけ元気がないような感じもしたのだが、それは気のせいだったのかもしれない。
「エクセラたちは蔵書室で調べものだ。俺はあまり役に立てないからな。こうして休んでいる」
……自分で今の状況をカリンに説明すると、まるで自分が無力で何もできない人間のように感じてきた。まあ、あながち間違っていないような気がするのだったが。
ファジルの横にちょこんと座ったカリンは、宙に浮いた両足を前後にぶらぶらとさせている。そういえば、こうして二人きりになるのも久々だなとファジルは思う。
前はカリンがエクセラと喧嘩をして、二人で飛び出した時だったか。
あれ?
エディに言われたことで腹を立てて、カリンと飛び出したのだったか?
もうよく覚えていない。
バルディアで起きた惨事があまりにも衝撃的だったせいかもしれない。
バルディアのことを思い出すと、ファジルは今でも口の中に苦い味が広がる。一体、あの惨事でどれだけの人々が傷つき犠牲となってしまったのか。
そう思うと、それを引き起こした魔族への怒りが胸の奥から込み上がってくる。だがそれと同時に、魔族が何故あのようなことをするのかとの疑問がファジルの中で再び生まれてきた。
再び答えの出ない思考の渦に巻き込まれそうになり、ファジルはカリンに茶色の瞳を向けた。
「そういえば冒険者組合で、何かよさそうな依頼はあったのか?」
結局、カリンに冒険者組合での様子を訊くことになってしまった。
「うーんと、近くの草原で、でっかい狸の魔獣討伐っていう依頼があったんですよー。明日、ガイが他の冒険者と行くって言っていたんですよー」
そうかとファジルは思う。でっかい狸では相手がどんな魔獣だか分からないが、他の冒険者と同行なのであればガイなら問題ないだろう。
「カリンは行かなくても大丈夫なのか?」
「ぼくは攻撃魔法が上手くないから、行かなくてもいいんですよー」
となるとカリンも自分と同じで、何もすることがなくなったということかとファジルは思う。
……そういうのを役立たずと言ったりするのではないだろうか?
そんなことをファジルは思ったが、カリンは何も気にしていないようだった。鼻歌混じりで、それまでと変わらずに宙で浮かせた両足をぶらぶらとさせている。
穏やかな風が木々を揺らし、その隙間から差し込む光が黄金色の髪に淡い輝きをまとわせていた。やはり神々しくて貴重だ。その神々しい横顔を見ていると、頭の中がぼんやりと熱くなって鼻血が出そうな気さえしてくる。
そんなことをファジルが思っていると、不意にカリンがファジルを青い瞳で真っ直ぐに見つめてきた。
「ファジル、知っていますかー? ファジルとこうして二人でいると大変なことがいつも起こるんですよー」
大変なこと。カリンに対して衛兵さんに捕まるようなことは、まだ何もしていない気がする。カリンが言う大変なこととは何なのだろうか。思い当たることが全くない。
カリンがくすっと笑って口を開く。
「黒竜が出た時も、バルディアにでっかい火の玉が空に浮かんでいた時も、ぼくはファジルと二人だったんですよー」
「そうか。そうだったな」
言われてみれば確かにそうだったかもしれない。
「ファジルにはいつも大変なことが起こるんですー。だから勇者になれるんですよー!」
カリンが笑顔を浮かべている。だけれども、言っていることが今ひとつ分からない。大変なことが起こると勇者になれるものなのだろうか?
ファジルが微妙な笑顔を浮かべたせいだろうか。カリンはさらに言葉を続けた。
「だって、勇者は皆の大変なことを解決する人なんですよー。ファジルの周りにはいつも大変なことがあって、でもそれをファジルは助けてくれるから、ファジルもきっと勇者になれるんですー!」
黒竜の件やバルディアの惨劇において、自分がどれほどの役に立ったのか。自分では大いに疑問があるところだった。しかしそれでもそう言われることは、勇者に憧れているファジルとしてはやはり嬉しい言葉だった。
「そうか。ありがとうな、カリン」
ファジルはカリンの金色の頭に片手を伸ばした。
「えへへっ」
ファジルが頭を撫でるとカリンも嬉しそうな笑い声を上げる。
その時、不意に近づいてくる足音が耳に届いた。硬い石畳を踏む音が規則的に響き、静かな空間に不穏な気配を漂わせた。
嫌な予感が胸の奥からじわりと広がり、息苦しさを感じるほどだった。ファジルが顔を上げると案の定、正面にエクセラが立っていた。
エクセラは片頬を引き攣らせ、怒りの炎を宿した鋭い視線を真っ直ぐに向けてきた。
「何やってんのよ! こんなところで、いちゃいちゃしてるんじゃないわよ!」
ファジルは慌ててカリンの頭から片手をどかした。だが、そもそも悪いことをしているわけではない。それでもエクセラの視線を受けると、何とも言えない気まずさが胸に広がってくる。
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