反論しようとしてカリンの顔を見たファジルだったが、頬を膨らませていたはずのカリンがそれまでとは違って、空を見上げて可愛らしい口をぽかんと開けていることに気がつく。ファジルもそんなカリンにつられるようにして顔を上げて茶色の瞳を空に向けた。
「……何だよ、あれは?」
ファジルは思わず呟いた。空には非現実的な光景があり、炎を纏う巨大な球体が浮かんでいた。
視界の中で炎を纏った球体はまるで身震いでもするかのようにぶるっと一度だけ震えると、ゆっくりと地上に向けて下降を始める。
「嘘だろう……」
唖然としてファジルは呟く。突如として出現したあの球体が何なのかは分かるはずもないのだが、あんな物がこのまま落下してきたらこの街全体がただでは済むとは思えない。下手をすれば街自体が壊滅といったことになるかもしれない。
「カリン……」
ファジルはどうすればいいのか分からないままで、思わずカリンの名を呼んだ。自分がどうすればいいのか、何をすればいいのか。その判断が欲しかったのかもしれない。
「ほえー! これは不味いのです。丸焼けになっちゃうのです!」
カリンは両手を上下にばたばたとさせている。道行く人々も何人かは上空の異変に気がついて空を見上げている。しかしその誰もが声を発したり、逃げ出したりはしない。
誰もが非現実的なこの光景を見て、唖然としたままで思考停止に陥っているかのようだった。
「カリン、街に防御魔法を! このままでは街が!」
「無理、無理なんですよー! あんなでっかい火の玉なんて、急には防げないんですよー」
カリンの声は悲鳴に近かいのかもしれなかった。
「……ならば、俺が斬る!」
ファジルは獅子王の剣を抜いてゆっくりと下降してくる炎を纏った球体に顔を向ける。
「無理、無理なんですよー!」
背後で既に泣き声混じりとなったカリンが、今にも球体に向けて飛び出して行きそうなファジルの服を必死で掴んで引っ張っている。
「駄目なんですよー。あんなの斬れるはずがないんですよー。早く逃げないとファジルが黒焦げになるんですよー」
周囲にカリンの悲鳴のような声が響き渡ったのだったり
あのなんちゃって幼児、うまいことファジルを連れ出して……。
ファジルとカリンが出て行った扉を睨みつけるように見ながら、エクセラが内心で呟いていた時だった。
突如としてうなじ周辺にちりちりとしたような感覚が生まれた。
この感覚は……。
エクセラは咄嗟にエディに深緑色の瞳を向けた。エディも自分と同様で何かに気がついたようだった。その何かを探すように左右を見渡している。
エクセラは走るようにして窓に近づくとそれを勢いよく開け放った。開け放った窓から空に視線を向けると、空に炎を纏っている巨大な球体が浮かんでいるのが見える。
エクセラの血の気が一気に引く。
「エディ!」
エクセラはエディの名前を叫ぶように口にした。名を呼ばれたエディは既にエクセラの背後にいて、漆黒の空洞に浮かぶ赤い小さな双眸を球体に向けていた。
「これは不味いですね。落ちてくれば、この街がなくなる規模の魔法のようですね」
エディの語調は内容に反して淡々としている。
「落ちてくるって……あんなのを街に落とすつもりなの? 一体、誰が? 何の目的で?」
自分の声が動揺から掠れていることにエクセラは気がつく。
……一体、誰が?
……何の目的で?
そのようなことを訊いたところでエディに答えられるはずがないことは、尋ねたエクセラにも分かっていた。しかし、そう訊かずにはいられなかった。
混乱するエクセラの視界で炎を纏った球体はまるで身震いをするかのように一瞬だけ禍々しく震えると、地上に向かってゆっくりと降下を始めた。
当然だと言うべきなのか。この炎を纏った球体を作り出した者は、このバルディアの街にそれを落とすつもりのようだった。
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