微妙な間が流れてしまった。それを埋めるかのようにロイドが口を開く。
「そ、そうだね。いずれにしても、僕が強制できる話ではないのだろうね」
そう言ってロイドは肩を竦める。カリンはよくこの勇者を胡散臭いと言っているが、そんな肩書きさえなければ意外といい奴なのではないだろうか。
「さて、僕も行くとするかな。マリナたちはどこに行ったのかな」
そう呟きながらロイドは踵を返した。カリンの顔を見ると彼女はまだ頬を膨らませて、むーっとした顔をしている。
ファジルはそんなカリンの金色の頭にそっと手を置いた。カリンの表情がふっと和らいでファジルを嬉しそうに見上げてくる。
「ファジルなら、あんな勇者にはならないんですよー」
そう言うと、カリンはまた頬を膨らませて不満げな顔になる。カリンさんは相変わらずご立腹のようだった。
……天使と勇者って、相性が悪いものなのだろうか?
そんな疑問が、ふとファジルの胸をよぎったのだった。
夕暮れが迫る中、ファジルたちは宿屋の一室に集まっていた。それぞれが椅子に腰掛ける中、最初に口を開いたのはエクセラだった。
「……ということよ」
エクセラとエディが交互に話し、最後にエクセラがそう締めくくった。カリンとガイはエクセラとエディの言葉に重々しい顔で頷いていた。重々しい顔はいいのだが、この二人はちゃんと内容が分かったのだろうか。
「……ガイ、どういうことだ?」
そんな疑念を抱きながら、ファジルはガイに尋ねてみる。
「お、俺か? つまり、あれだな」
「……あれって何だ?」
「魔族について、本には何も載っていなかったってことだろうよ」
「何だよ、そのまんまだな」
思わず口元がほころんでしまう。そんなファジルの人を小馬鹿にしたような顔に怒りを覚えたのだろう。ガイが口を開く。
「あ? だったらお前は分かったのかよ!」
「魔族が何なのか、何も分からなかったってことだろう?」
「何だ? 俺と同じじゃねえか!」
「違うだろう! ガイは本に載っていなかった。俺は何も分からなかった。答えが全然、違うぞ」
言い争うファジルとガイをカリンは、ほえーっと小さく声を漏らしながら小首を傾げている。
「ちょっと、あんたたち、止めなさい」
エクセラが深い溜息をついて言葉を続けた。
「猿が猿を見て、お前は猿だって馬鹿にしてるみたいにしか見えないんだから」
「猿じゃないぞ。ガイはごりらだろう?」
ファジルは何を言ってるんだという顔で反論する。
「ごりら言うな! それにそういう話じゃねえぞ!」
「うっさい! 猿でもごりらでも、どっちでもいいのよ!」
とうとうエクセラが不毛な言い合いに怒り出した。こうなるとファジルとしては黙る他にない。というか、既に危険な兆候を通り越しているので、黙っているのが正解だ。
ガイも同じ意見だったようで口を閉ざしてしまう。
「記述はどれもが一般論ばかり。それ以上の核心的な情報は、意図的に隠されているのよ」
「そんなことが可能なのか?」
思わずファジルは懐疑的に尋ねる。
「どうなのかしらね。最初から意図的であれば可能かもしれないわね。魔族に関しては、ここまでしか書かないってね」
説明は理解できるが、どうしても心に引っかかるものがある。つまりは故意に隠しているということなのだ。では、誰が故意に魔族のことを隠しているのかということになる。
……権力者。つまりは、王国そのものが意図的に隠しているということなのか?
ファジルが心の中で呟いた時だった。少しだけ俯いていたガイが、何かに気がついたように顔を上げた。その顔からは普段のガイらしい呑気さが跡形もなく消えていた。鋭い眼光を放ち、まるで猛獣そのものだった。
その姿を横目で見た瞬間、ファジルの背筋を冷たいものが走った。
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