「まったく、仕方ないわね。でも、魔力が底をつくまで頑張ったんだからね。今日だけなんだから」
溜息を吐きながらエクセラはカリンを寝台の上に横たえさせる。そんなエクセラを横目で見ながらファジルは口を開いた。
「なあ、エクセラ、勇者って何なんだろうな?」
以前と同じ質問だった。ファジルに問いかけられたエクセラは寝ているカリンに気を遣ってのことなのか、静かに寝台の上に座るファジルの横に腰を下ろす。そして、自分の赤毛を片手で弄びながら口を開いた。
「正直、勇者にしても魔族にしても、あまり考えたことはないのよね。私だってファジルと同じで魔族の脅威を感じる場所にはいなかったから。でも、一般的に言えば、人族にとって絶対的な悪である魔族を打ち払う絶対的な善が勇者ってことでしょうね。少なくとも小さな時からそう教えられてきたわけだから」
確かに小さな時から勇者は善で、魔族は悪だと教えられてきた。勇者は善。それも絶対的な善。だからこそファジルも小さな頃から勇者に憧れ続けてきたのだ。
「でも……絶対的な善があんなことをしていいのか?」
「そうね。あれだけを切り取ってしまうとね。でも、人族全体で見れば、あの時の行為すらも善になるんでしょうね」
分からなかった。いや、分かるような気もするが、やはりファジルには分からなかった。
「俺たちにとっての善が、人族全体では善ではないってことか?」
「……まあ、そういうことよね。当事者にとっては、許容しがたいことなのでしょうけどね」
考えこむファジルの背中をエクセラが叩いた。室内に派手な音が響き渡る。
……普通に痛い。それに、カリンが起きてしまう。
少しだけ非難めいた視線をエクセラに向けると、エクセラはファジルに微笑んでみせた。
「考えても分からないわよ。私だって分からないんだから、ファジルなら尚更よ」
尚更って何だよとファジルは思う。
「まあ、いいじゃない。ファジルは自分の信じることをすれば。黒竜の件で犠牲になった人もいるけど、私たちがいたから助けられた人もいるんだしね」
それはそうなのだけれどもとファジルは思うのだが、やはりどうにも釈然としないというのが正直なところだった。
「エクセラ、俺はもう少し勇者や魔族のことを知りたい」
「いいんじゃない? 私も少し勇者に興味が出てきたかな」
エクセラはそう言って少しだけ考える素振りを見せた後、再び口を開いた。
「そうね。勇者や魔族を知りたいなら、もっと魔族が支配する地域と近いところに行った方がいいのかもね」
流石にまだついてくるのかと言うつもりはなかったが、こうもあっさりとエクセラが同意してくれるとは思ってなかった。
「何よ、その顔は?」
流石に付き合いが長いだけあって、エクセラはファジルの心の内を読み取ったようだった。
「いや、随分とあっさり承諾してくれたなと思ってな」
「だって、ファジルは言い出したら聞かないでしょう。ファジルは昔から頑固なんだから」
頑固?
そうなのかなとファジルは思う。自分ではよく分からない。それに言い出したら聞かないのはエクセラの方なのでは。
「魔族の支配地域と近いところに行くのなら、危険も増えるかもしれないわね。この前、約束したことは覚えてる?」
ファジルは頷く。
「大丈夫。怒りだけで剣を抜くことはしないさ」
「本当かな? 勇者相手に一瞬でも剣を抜こうとした人の言葉なんて、あまり信じられないけどね。まあ、取り敢えずは信じるとしましょうかね。そうしないと、話が前に進まないもんね」
エクセラは屈託のない笑顔を浮かべてみせる。ファジルもそれを見て大きく頷いた。
「よし。じゃあ、カリンが起きたら早速、出発だな」
エクセラの笑顔を見ていると何故か元気づけられてしまう。そんな思いを持ちながら、ファジルはそう言うのだった。
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