この城壁を見に来たのだから観光と言えば観光には違いない。しかし、冒険者然とした剣などの物騒な物を携えた観光客などはいないだろうともファジルは思う。
「それにしても凄い城壁ですね」
エクセラが愛想笑いのような物を顔に浮かべながら言うと、その騎士団らしき三人の中で一番年配に見える中年の男が口を開いた。
「魔族の奴らを完全に締め出すための城壁だからな。そりゃあ凄いさ」
それを聞いても何が凄いのかファジルには今ひとつ分からなかったが、エクセラはその言葉に合わせるかのようにしてもっともらしく頷いている。
それに合わせてエクセラのたわわな胸が揺れる。先程から彼らの視線がエクセラの胸に集中している気がするのは気のせいなのだろうか。
「魔族と言えば、この街では魔族の被害はないのですか?」
ファジルが疑問を口にすると、年配の男が不思議そうな顔をして口を開いた。
「被害? そんなのあるわけないだろう。この立派な壁を魔族なんかが越えられる
わけがない」
年配の男はそこまで言うと、何かが思い当たるような顔をして言葉を続けた。
「バルディアの惨劇のことを言ってるようだな?」
……バルディアの惨劇。
数か月前に鉱山の街バルディアで、ファジルたちが遭遇した出来事はそう呼ばれていた。
「かなり酷い被害だったと聞いています」
その場に自分たちが居合わせたと言うと話がややこしくなりそうだったので、ファジルは敢えてそういった言い方をした。
「生き残った者は僅かで、街はほぼ壊滅状態だったらしいな」
年配の男は沈痛な表情をすると更に言葉を続けた。
「魔族の奴ら、酷いことをしやがる」
吐き捨てるように年配の男が最後に言い放つ。
「この街ではそういった魔族からの被害はないんですか?」
ファジルと同じエクセラの問いかけに年配の男は誇らしげに胸を張った。
「俺たちがいるからな……」
微妙な空気が流れた。年配の男が放った言葉でエクセラの片頬は完全に引き攣っている。カリンにいたっては、ほえーといった感じで可愛らしい口を開けている。
周囲の微妙な雰囲気に気がついたのか、それを振り払うかのように年配の男は軽く咳払いをする。
「ま、まあ、あれだ。俺たちもそうだが、この城壁があるからな。魔族が攻めて来ようにも無理ってもんだ」
「この城壁があれば魔族の軍勢が攻めてきても、確かに問題ないだろうな」
ファジルの隣でガイが感心したように頷いている。筋肉ごりらが何でどのように感心しているのか今一つ分からなかったので、ファジルはガイを置いておくことにする。
だか、確かにガイが言ったように、この城壁があれば魔族の軍勢による侵入などは簡単に阻めるような気がするのも事実だ。
だけれども……。
「色々と教えてくれて、ありがとうございました」
エクセラが殊勝に頭を下げた。その反動で人よりもかなり大きめな胸が宙で揺れる。先程から年配の男はそれに吸い寄せられるような視線を送っている。
ファジルが咳払いをすると年配の男が慌てたように視線を外した。そして口を開く。
「ま、まあ、何かあれば俺たち国境警備隊へすぐに連絡するように。もっとも何かあるはずなんてないけどな」
そういって彼らは踵を返す。騎士団ではなくて、国境警備隊だったのか。そんなことを思いながらその後ろ姿を見ていたファジルに、仮面姿のエディが声をかけた。
「あれ? ファジルさん、何だか随分と浮かない顔をされていますね」
エクセラもエディの言葉に同意を示して頷く。
「そうね。何かあった?」
「あの警備隊がエクセラさんの胸を凝視していたのか気に入らなかったのですか?」
エディがそんなことを口にしながら小首を傾げる仕草をしている。その隣ではエクセラがその言葉に顔を赤らめている。
「ほえー? あの兵隊さんはエクセラのお化けおっぱいに魅了されたんですねー。何だかとても迷惑なお化けおっぱいなんですよー」
そう言ったカリンは即座にエクセラから金色の頭を叩かれる。涙目で頭をさすっているカリンに苦笑を浮かべながらファジルは口を開いた。
「この城壁が凄いことは分かる。これがあれば、魔族の軍勢なんて侵入できないのも分かる」
ファジルはそこで言葉を区切ると大きく息を吸い込み、そして吐き出す。
「でも実際、バルディアは魔族に襲われたんだ。何人が犠牲になったと思っている?」
意識しないまま自分の語気が強まっていくのをファジルは感じる。
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