「ああ、もちろん勇者になれないことは分かっているさ。ただ勇者になりたいとは思っている」
ロイドは言ったことの意味が分からなかったのだろうか。不思議そうな顔のままで口を開いた。
「そうか。勇者になりたい……純粋な子供の頃の夢を持った冒険者もいるんだね」
「単に頭があれなだけでしょう?」
続けてマリナが溜息混じりで言う。
……何だろう?
やっぱり馬鹿にされているだけのようだ。
「ファジルのことをよく知らないくせに、馬鹿にするのは駄目なんですよー」
何か文句の一つでも言おうかと思っていたら、代わりにカリンが反論してくれた。既にカリンの両頬はぱんぱんに膨らんでいる。
「は? 何なのこの天使? 自分の役目も忘れて、その口のきき方はどういうことなのかしらね?」
マリナが濃い灰色の瞳に怒りの炎を宿して、カリンを射抜くように見据えている。
「マリナ、子供相手だぞ。少しは口を慎め」
グランダルがそんなマリナの様子に苦言を呈した。
「子供? 天使なわけでしょう? どうなんだかね」
「またお前はそんな口を……いい加減、少しはおしとやかという言葉を理解できないものかね」
グランダルが言うと、マリナはあらぬ方向に顔を向けてしまう。
「おっぱいは小さいのに、お化けおっぱいのエクセラと同じぐらいに怖いのですー」
そっぽを向いていたマリナがカリンの言葉に反応して顔を向けた。
「はあ? 何で怖さの基準が胸の大きさなのよ!」
「ほ、ほえー。やっぱり怖いのですー」
カリンはとてとてと走って、ファジルの背後に隠れてしまう。
「グランダル、話が先に進まない。マリナを連れて行ってくれ……」
ロイドが苦笑しながら言うと、グランダルは軽く頷いて怒りで顔を真っ赤にしているマリナに視線を向けた。
「ほれ、マリナ。子供相手に怒っても仕方がないだろう。少しは落ち着け」
「はあ? だから子供ってわけじゃないでしょう?」
そんな文句を言いながら、マリナはグランダルに引きずられるようにして連れて行かれる。
ロイドはそんなマリナたちを苦笑しながら見送ると、再びファジルたちに視線を向けた。カリンはまだファジルの背後で隠れるようにしている。
「君の思いを馬鹿にするつもりはないんだよ」
生徒の姿もなく、風が木々を揺らして小さな音が遠くから聞こえてくる中庭。。ロイドの声だけがその静かな空間で響く。ロイドが言う思いとは、自分の勇者になりたいという思いのことなのか。
夢という意味で言えば、少しだけ話が幼いことなのかもしれないが、馬鹿にされることでもないだろうとファジルは思っている。
ロイドはさらに言葉を続けた。
「勇者の役割は、勇者にしか許されないものなんだよ。誰かがその役割を超えて関われば、痛みを伴った大きな混乱を招いてしまうものなのだからね」
……何を言っているのだろうか。何を言われているのだろうか。
ここにエクセラたちがいれば、上手に訳してくれるのだろうとファジルは思う。
「……つまり勇者でもないのに、魔族には関わるなってことか?」
「君はやっぱり核心を突くのが上手なんだね」
ロイドはそう言って笑顔を浮かべる。否定も肯定もしてはいないが、核心と言うからには肯定なのだろうとファジルは思う。
「やっぱり胡散臭い笑顔なのですー。ファジル、もう行くんですよー。こんな勇者には関わらない方がいいんですよー」
カリンが背後からファジルの手を引っ張っている。何だか酷い言いようだ。そんな様子のカリンにロイドは苦笑しているようだった。
「正直、言われていることがよく分からないな」
これはファジルの本心だった。ファジルは言葉を続ける。
「よく分からないことは考えても分からないから、俺は考えないんだ。だから俺は自分のやりたいことをやるだけさ」
気づくとロイドが目を丸くしている。ほえーっといった様子で、カリンも可愛らしく小首を傾げていた。
どうやら、思った通りには伝わらなかったらしい。エクセラがいれば、自分が言いたいことをもっと上手に言ってくれたかもしれない。
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