しかし一方で、さらり嘘をつくエクセラが何だか怖い。エクセラが怖いというよりも、やっぱり女は怖いということなのだろうかとファジルは思ったりする。
「ほっほっほっほっほ。宮仕えを断ったと聞いておったが、今は何をしておるのかな。わしの可愛い教え子は?」
……可愛い教え子。
何だかそこに厭らしい響きがあった気がする。
「今は冒険者をしながら、気ままに魔法の探求ですね。いずれはマウリカ先生のように、人に魔法を教えることができたらと思っています。」
……人に魔法を教える。
そうなのか? そんなこと初耳だぞ。
ファジルは心の中で呟く。
「なるほど、なるほど。魔法の探求とな。それはそれは向上心があってよいことじゃ」
……何だか、意味がよく分からない会話だなとファジルは内心で呟く。
まるで無駄な話ばかりが続いている気がする。生産性の欠片もない。マウリカはさらに言葉を続けた。
「それで今日はどのような用事なのかな?」
「マウリカ先生もバルディアの惨事はご存じですよね?」
「ほう、バルディアとな」
その時ファジルには、ほんのわずかにマウリカの細い目が見開かれた気がした。
「もちろん知っておる。惨事というよりも大惨事だったようじゃな」
マウリカの表情が少しだけ曇ったようだった。
「ええ。あの時、私は丁度、バルディアに滞在しておりました」
「ほう。滞在とな」
「運よく魔力が発動されるのを感知ができて、私たちだけは防御壁を展開することができたのですが……」
「ほう。魔力発動の感知とな。流石、主席でこの魔法学院を卒業しただけのことはあるようじゃ」
マウリカはうんうんとばかりに二度、三度と頷く。
「ええ。ただあの魔法、今までに見たことのない魔法でした。まるで空から隕石でも降ってくるような……」
「ほう。空から隕石とな……」
マウリカはしばらく考える素振りを見せた後、ゆっくりとした口調で言う。
「そもそも魔族が発動した魔法であろうからな。それだけの情報では特定はできぬが……報告にあったような単なる炎系の魔法でなはなかったのかもしれんな」
マウリカの言葉に合わせてエクセラが重々しく頷いている。
「ええ。それで、あの魔法の正体が気になりまして。魔法探求者として、見過ごせないのです。それで学院の蔵書ならば、あの魔法の手がかりが掴めるかもしれないと。それに魔法の詳細が分かれば、今後の対処法も見えてくるはずです。」
そこでマウリカは大きく頷いた。
「今後の対処とな。そうじゃのう。探求心、向上心があることは大いに結構じゃ。事情は分かった。わしの名で蔵書室への出入りを許可しよう」
「ありがとうございます」
エクセラがそう言って深々と頭を下げる。ファジルとエディもそれに倣って、慌てて頭を下げてみせる。
するとマウリカが少しだけ不思議そうな顔をした。
「それにしても王宮に出立せずに、冒険者になって魔法の探求とはな。そうするのであれば、勇者一行に同行した方がよかったのではないかな? エクセラの実力であれば、同行することに問題はなかろう。勇者一行に同行した方が得るものも多いはず」
「確かにそうですね。ですが、一行には魔導士が既におりますから」
「ほう、マリナのことかのう? 確かにあの娘もエクセラと同じように優秀じゃったな。だが、一行に魔導士が二人いてはいけないという掟があるわけでもあるまい」
「ええ……確かにそうですが……」
エクセラが珍しく言い淀んでいるとファジルは思う。細かい事情は分かるはずもないのだが、これまでのことから考えてみても、エクセラとあのマリナという先輩が仲がよいとは思えない。エクセラの性格を考えると、同行しない理由はただそれだけのような気もする。
エクセラの言葉が詰まるのを見て、マウリカの目がまたわずかに開かれた気がした。
何だろうか。さっきからそんなマウリカの様子が妙に気になるとファジルは思う。会話の端々でこの爺さん、不穏な空気を発しているような……。
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