「貴様がどれだけの時間を生きてきた骸骨なのかは知らないが、近接戦がまだ分かっていないようだな。斬り合う奴らに向かって、その片方だけに魔法を放つことは不可能に近い」
ジアスは間合いを一気に詰め、上段から鋭い一撃を振り下ろす。ファジルがそれを弾くと、ジアスは反動を利用しながら流れるように回転し、次の一手へと繋げた。
その動きには一切の無駄がない。そのまま流れるような動作で、剣の切先をファジルの顔を目掛けて突き出してくる。
ファジルは咄嗟に顔を大きく捻ったものの、完全には避けきれなかったようだ。右頬を掠めたようで、視界の端で鮮血が舞う。
「ファジルー!」
カリンが泣き出しそうな声でファジルの名を叫んでいる。
「心配するな、カリン。少し油断をしただけだ」
そう強がって言ってはみたものの、流石に師匠だなとファジルは思っていた。
大体、あんな技を教わった覚えはない。もし教わっていたのなら、こんな風に血を流してなんていないはずだ。
「骸骨、こんな感じだ。斬り合ってる片方にだけ魔法を発動させるなんて無理だろう? そこの天使にしても、おれの剣に合わせて防御壁を都合よく展開なんてできないだろう?」
まあ、確かにジアスの言う通りなのだろう。だけれどもとファジルは思う。
「師匠、随分とおしゃべりになったな。それにさっきの技、俺は教わっていないぞ?」
ファジルが言うとジアスは黒髪を片手で掻き回した。
「まあ正確に言えば、俺はお前の師匠じゃないがな」
「いや、師匠だろう。俺が剣を教わったんだから」
ファジルは口を尖らせて反論する。
「俺がお前に教えたのは剣の構え方ぐらいだな」
「……へ?」
ジアスはそこで苦虫を噛み潰したような顔をする。
「今後のことを考えてお茶を濁したんだが、勝手に強くなりやがって。因子は恐ろしいって実感したよ」
……勝手に?
……因子?
ジアスが何を言っているか分からない。因子なんて言葉は聞いたことがない。ただ、そこに禍々しい響きを感じたのは気のせいだったのだろうか。
ファジルがそう思っていると、エディがジアスの言葉に反応した。
「ほう……やはり、因子ですか。私にとっては忌むべき言葉です。それにしても、あなた方が何者かは知りませんが、あなたはその中でもきっと三流なのですね」
エディは因子という言葉に心当たりがあるような口ぶりだった。
「この俺が三流だと?」
ジアスは苛立ったように再び黒髪を片手でかき回した。
「これ以上は話さないと言っておきながら、ここにきてもまだ新たな情報を与えてくれる。お喋りなのか、残念なことに頭が少し足りないのか。ファジルさんやガイさんの師匠だというから、どれほど優秀な方なのかと思っていたのですが……結局は単なる酒臭い酔っ払いなのですね」
エディの言葉には容赦がなかった。怒りからジアスが血相を変えている。
「新たな情報? どうせお前たちはここで死ぬんだよ。死んじまうお前たちに、新たな情報も何もありはしねえぞ」
「ここで死ぬ……ですか。とうとう台詞が悪役の三下みたいになってきましたね。大丈夫ですか?」
エディは立てた人差し指を顎につけて、こてっといった感じで首を横に倒す。何ともふざけた絵面だ。
「骸骨風情が!」
怒声とともに、ジアスの長剣が空を裂きながら振り下ろされる。
「……まあ当然、斬撃ですよね」
先程と同じようにエディの指先が宙で奇妙な円を描いた。それと共に青い光が空間に滲み出すように再び現れる。そしてジアスが放った斬撃は、新たに出現した防御壁によって四散してしまう。
「ほえー? エディ、凄いのですー」
カリンが感嘆の声を上げている。
「魔導士の私に言わせれば、剣士の行動は読みやすいのですよ。間合いが近ければ直接剣を振り、遠ければ斬撃ですからね。予想をして予め魔法陣を生成しておけば、対処の仕様があるというものです」
それを聞きながら、言葉にすれば簡単ではあるのだがとファジルは思う。
それに……予め魔法陣を生成。
魔法に詳しいわけではないのだが、そんなことは聞いたことがないとファジルは思う。魔法陣は発動と同時に効果をもたらすものではなかったのか。だが、エディはまるで伏線を張るように魔法陣を発動できるらしい。
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