勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

勇者の根源とは……では、誰が勇者を殺すのか
yaasan y
yaasan

因子

公開日時: 2025年2月6日(木) 09:40
文字数:1,698

「貴様がどれだけの時間を生きてきた骸骨なのかは知らないが、近接戦がまだ分かっていないようだな。斬り合う奴らに向かって、その片方だけに魔法を放つことは不可能に近い」

 

 ジアスは間合いを一気に詰め、上段から鋭い一撃を振り下ろす。ファジルがそれを弾くと、ジアスは反動を利用しながら流れるように回転し、次の一手へと繋げた。

 

 その動きには一切の無駄がない。そのまま流れるような動作で、剣の切先をファジルの顔を目掛けて突き出してくる。

 

 ファジルは咄嗟に顔を大きく捻ったものの、完全には避けきれなかったようだ。右頬を掠めたようで、視界の端で鮮血が舞う。

 

「ファジルー!」

 

 カリンが泣き出しそうな声でファジルの名を叫んでいる。

 

「心配するな、カリン。少し油断をしただけだ」

 

 そう強がって言ってはみたものの、流石に師匠だなとファジルは思っていた。

 

 大体、あんな技を教わった覚えはない。もし教わっていたのなら、こんな風に血を流してなんていないはずだ。

 

「骸骨、こんな感じだ。斬り合ってる片方にだけ魔法を発動させるなんて無理だろう? そこの天使にしても、おれの剣に合わせて防御壁を都合よく展開なんてできないだろう?」

 

 まあ、確かにジアスの言う通りなのだろう。だけれどもとファジルは思う。

 

「師匠、随分とおしゃべりになったな。それにさっきの技、俺は教わっていないぞ?」

 

 ファジルが言うとジアスは黒髪を片手で掻き回した。

 

「まあ正確に言えば、俺はお前の師匠じゃないがな」

 

「いや、師匠だろう。俺が剣を教わったんだから」

 

 ファジルは口を尖らせて反論する。

 

「俺がお前に教えたのは剣の構え方ぐらいだな」

 

「……へ?」

 

 ジアスはそこで苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「今後のことを考えてお茶を濁したんだが、勝手に強くなりやがって。因子は恐ろしいって実感したよ」

 

 ……勝手に?

 ……因子?

 ジアスが何を言っているか分からない。因子なんて言葉は聞いたことがない。ただ、そこに禍々しい響きを感じたのは気のせいだったのだろうか。

 

ファジルがそう思っていると、エディがジアスの言葉に反応した。

 

「ほう……やはり、因子ですか。私にとっては忌むべき言葉です。それにしても、あなた方が何者かは知りませんが、あなたはその中でもきっと三流なのですね」

 

 エディは因子という言葉に心当たりがあるような口ぶりだった。

 

「この俺が三流だと?」

 

 ジアスは苛立ったように再び黒髪を片手でかき回した。

 

「これ以上は話さないと言っておきながら、ここにきてもまだ新たな情報を与えてくれる。お喋りなのか、残念なことに頭が少し足りないのか。ファジルさんやガイさんの師匠だというから、どれほど優秀な方なのかと思っていたのですが……結局は単なる酒臭い酔っ払いなのですね」

 

 エディの言葉には容赦がなかった。怒りからジアスが血相を変えている。

 

「新たな情報? どうせお前たちはここで死ぬんだよ。死んじまうお前たちに、新たな情報も何もありはしねえぞ」

 

「ここで死ぬ……ですか。とうとう台詞が悪役の三下みたいになってきましたね。大丈夫ですか?」

 

 エディは立てた人差し指を顎につけて、こてっといった感じで首を横に倒す。何ともふざけた絵面だ。

 

「骸骨風情が!」

 

 怒声とともに、ジアスの長剣が空を裂きながら振り下ろされる。

 

「……まあ当然、斬撃ですよね」

 

 先程と同じようにエディの指先が宙で奇妙な円を描いた。それと共に青い光が空間に滲み出すように再び現れる。そしてジアスが放った斬撃は、新たに出現した防御壁によって四散してしまう。

 

「ほえー? エディ、凄いのですー」

 

 カリンが感嘆の声を上げている。

 

「魔導士の私に言わせれば、剣士の行動は読みやすいのですよ。間合いが近ければ直接剣を振り、遠ければ斬撃ですからね。予想をして予め魔法陣を生成しておけば、対処の仕様があるというものです」

 

 それを聞きながら、言葉にすれば簡単ではあるのだがとファジルは思う。

 それに……予め魔法陣を生成。

 魔法に詳しいわけではないのだが、そんなことは聞いたことがないとファジルは思う。魔法陣は発動と同時に効果をもたらすものではなかったのか。だが、エディはまるで伏線を張るように魔法陣を発動できるらしい。

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