勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

勇者の根源とは……では、誰が勇者を殺すのか
yaasan y
yaasan

勇者

公開日時: 2023年7月18日(火) 10:16
文字数:1,712

「勇者様……」

 

 人垣の中から声があがる。ファジル自身、勇者を見たことなどはなかったが彼が勇者であること。そして、彼らが勇者一行であることは一目で理解できた。

 

 それは何によるものなのだろうか。魔力感知に疎いファジルでも感じることができる勇者が身につけている強大な魔力を帯びた甲冑。そういったものだけではないことは明らかだった。

 

 何かもっと根源的なもの。人族としてファジルの中にある根源的なものが、彼が勇者であること。彼らが勇者一行であることを訴えているようだった。

 

 ファジルたち人族にとっては不倶戴天の敵である魔族。それを決定的に退けられるのは、人族の中から定期的に現れる勇者だけだった。

 

 人族はそんな勇者を勇者として知る術を根源的に持っているのかもしれない。ファジルはそんなことを考えていた。

 

 今、憧れだった勇者が自分の前にいる。だが、不思議とファジルの中で気分が高揚することはなかった。意外と冷静に勇者を見ている自分がいる。それを少しだけファジルが不思議に思っている時だった。

 

 ファジルの視界にいる勇者が深緑色の瞳を不意にファジルに向けた。

 

「君は……」

 

 勇者がファジルに向けてそう言いかけた時だった。勇者の前に老人が進み出て跪いた。

 

「勇者様とお見受けします」

 

 跪いて発した老人の言葉に勇者は金色の頭を縦に振った。

 

「これは僥倖でございましょう。正に今、我々の村は危機に瀕しております……」

 

 その言葉の途中で、跪く老人と勇者の間に紺色の貫頭衣を着た若い女性が割って入った。その片手には魔術用と思しき杖を持っている。

 

「はいはい、その辺で止めてくれるかしら。私たちは急ぎの用があるのだから」

「いえ、ですが……」

 

 老人が彼女の物言いに驚いた顔で言い淀む。

 

「マリナ、話だけなら聞いてあげても……」

 

 勇者が苦笑を浮かべる。

 

「まったく、いつもそんなことばかり言って……」

 

 マリナと呼ばれた女性は老人に顔を向けた。

 

「ほら、言ってごらんなさい。お優しい勇者様が話だけなら聞くそうよ」

 

 話だけ……。

 マリナはそれを特に強調させる。老人はマリナに促され、慌てて口を開いた。

 

「は、はい、ありがとうございます。実は村の近くに火蜥蜴が出没しておりまして、既に村の者が六人も犠牲になっております。是非とも勇者様に火蜥蜴の退治をお願いしたいかと……」

 

「無理ね」

 

 マリナが老人の言葉に被せるようにして言う。

 

「え? あ、あの……」

 

 即座に断られると思っていなかったのか、言葉を失ってしまったかのように老人は口をぱくぱくとさせている。そんな二人を見て勇者は苦笑を浮かべた。

 

「マリナ、そう即座に断っては……」

 

「あら、そんな暇がないのはロイドだって知っているでしょう?」

 

「それはそうだけど……」

 

 ロイドと呼ばれた勇者は言い淀む。

 

 そう。確かに今の勇者はロイドという名だったとファジルは思う。

 

「マリナ、その暇がない理由を言えとロイドは言っているのだ」

 

 二十代半ば位に見えるロイドとマリナに対して、割って入ってきたのは四十歳前後に見える男だった。聖職者の服を着ており、その装いを見る限りでは高位に属する者に思えた。やはり勇者と行動を共にするのだから、実力だけではなくて、それなりの地位もあるのだろうとファジルは思う。

 

「お前はいつも説明が足りないのだ。だから、余計な軋轢を生むことになる」

 

 男は尚も苦言めいた言葉を続ける。

 

「グランダル、余計なお世話よ。今はグランダルに意見を求めていないんだから」

 

「ほれ、そしてお前はいつも素直じゃない」

 

 グランダルの言葉にマリナが無言で口を尖らせる。

 

「二人とも言い合いは止めようか。人の目もあるからね」

 

 ロイドは二人に向かって言うと未だに跪いている老人に顔を向けた。

 

「ごめんね、お爺さん。申し訳ないけど、僕たちはこの村の先にある下弦の滝に用事があるんだ。だから、お爺さんのお願いには応えてあげられないんだ。この村は単に通っただけで、僕たちには時間がないんだよ」

 

 勇者ロイドの物言いはどこまでも爽やかだった。そして、同時にどこまでも取りつく島がなかった。

 

 それらを聞いて何かに突き動かされるようにして一歩前へと踏み出したファジルだったが、後ろから服の裾を引っ張っている者がいることに気がつく。

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