……不味いわね。
エクセラが真っ先に心配したのはファジルのことだった。ファジルはあのなんちゃって幼児と一緒にいるはずだった。
あのなんちゃってはあんな感じでも天使族であることには間違いがない。天使族が扱う神聖魔法は非常に優れているはずだ。
ならば自身の安全とファジルの安全ぐらいは守れるだろう。もっともファジルとカリンが今も一緒にいればの話になるのだったが。
考えても分からないことを心配していても意味がない。ファジルは今もカリンと一緒にいると信じて、その無事を自分は願うだけだ。
そして今、自分がやることは……。
エクセラはそう思い背後のエディに振り返った。
「防御魔法を展開するわよ。エディも手伝って」
「防御魔法といっても何の準備もしていませんからね。エクセラさんと二人で頑張っても、きっとこの宿屋を中心とした一区画程度を包み込むのが精一杯ですよ?」
「うるさい! それでも精一杯やるの! 私たちは勇者になれないのは分かっているけど、勇者になりたい一行なんだから!」
ファジルのように何だかよく分からないことを自分でも言っている自覚があった。しかし、ファジルがこの場にいればきっと今の自分と同じことを言うだろう。あの勇者になりたい幼馴染みの言動なんて考えなくても分かる。
きっと今頃はカリンに街全部に防御魔法を展開しろといった無茶を言っているかもしれない。もしくはあの火球を斬ろうとさえしているかもしれない。
そこまで考えてエクセラはふと気がついた。
……あれ? あの筋肉ごりらは?
街の外れで見つけた小さな空地で修練の一つとして大剣を黙々と振るっていたガイは突如としてその動きを止めた。
額から汗が滴り落ちてくる。それをぬぐうことなくガイは上空に視線を向けた。先程から首筋から背筋にかけてちりちりとした感覚があるのは、あれによるものなのかとガイは思う。
魔力を感じることが得意なわけではなかったが、あれがとんでもない魔力量によるものだということは分かる。
斬れるのか?
一瞬だけそんな言葉が頭に浮かんだが、ガイはそれを即座に否定した。あれは斬れる、斬れないといった代物ではないようだ。
そんなことを考えていると、炎を纏った球体がゆっくりと下降してくる。やはり球体を生み出した者はそれを街にぶつけるつもりらしい。
「流石に不味いよな……」
ガイは呟くと左右を思わず見渡したものの、諦めたような顔で再び視線を空に向けた。ちょっとした遮蔽物があったところで球体の被害から身を守れるはずがない。
……ならば。
ガイは大剣を両手で握り直して切先を球体に向ける。大きく息を吸い込んで両頬を膨らますと、次いでゆっくりとその息を吐き出した。
「こいつは人生最大の危機ってやつだな」
ガイはその顔に不適に見える笑みを浮かべた。
「面白い。かかってきやがれ」
誰に言うわけでもなく、ガイはひとり呟いたのだった。
バルディアに住んでいた人々の多くは自身に何が起こったのかも分からなかっただろう。しかし、分からないままで生を終えた人々は、ある意味で幸運だったのかもしれない。
街全体が高熱を伴った爆風で吹き飛ばされて瓦礫と化していいた。その瓦礫の中ではまだ息のある者がたくさんいるようだった。
その誰もが無傷ではなく、今すぐにでも適切な処置をしなければ死を迎えることは明らかなように思えた。
炎や黒煙が上がる瓦礫の中のどこからか悲痛な叫び声が聞こえてくる。どこからか子供の泣く声が聞こえてくる。そして、道端に転がるようにいくつも横たわっている黒く焦げた物体は、かつて人だった存在なのだろう。
カリンが展開していた薄い青色の防御壁がファジルの眼前からなくなる。その視界に飛び込んできた光景がこれらだった。
地獄のような光景。そう表現する他にないような光景がファジルの周囲に広がっていた。
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