……ということでファジルは今、魔法学院内の中庭に一人で来ていた。中庭にある空いていた椅子に腰掛けて柔らかな日差しを浴びていると、やはり自分の中で様々な疑問が湧き上がってくる。
しかし、そのどれもが考えてみても答えが出ないことばかりだ。元来、考えることがあまり得意ではないという妙な自負もファジルの中にはある。
答えの出ないことを考え続けていると、本当に頭が痛くなってくる。そのため、思考を振り払うようにファジルは中庭を見渡した。
中庭はエクセラが言っていた噴水を中心として円形に広がっていた。噴水の水音が静かに響き渡り、その周りにはところどころ生徒らしき姿が見える。
学院の生徒たちは、きっとまだ十代なのだろう。二十歳になったファジルとそう年代が異なるものでもないのだなと思う。
ファジル自身は学校というものに行ったことはなかった。読み書きだけは子供の頃に、村の中で一つだけあった教会から教わったものの、勉学らしきものはそれだけだ。
実家は貧乏なわけではなかったが、別に裕福でもなかった。そのため村にいる他の子弟と同じように、十歳を超えてからは商家で丁稚のようなことをしながら、師匠であるジアスの下で剣術を学んできただけだった。
それゆえ魔法や剣術も含めて、様々な学問を学ぶ学校というものに昔から興味があった。
もし自分の家がエクセラのように裕福だったなら、王都にある剣術学校で学ぶことができたのだろうか。もっとも勉強は嫌いだから剣術の技能はともかくとしても、学校自体に入れないかもしれないなと思ったりもする。
そんなことを考えていたら、ファジルの中でやはりエクセラは凄いのだなという結論に達した。ファジルとは違って家が裕福だからといった要素はあるのだが、あんな田舎町でちゃんと勉強をして、このように立派な王立魔法学院に入学。そして、そこを主席で卒業したのだ。
あのマウリカという講師が言っていたが、魔導士としての能力は当代の勇者に一行として同行できるぐらいの実力らしい。これまでの旅で確かにその片鱗も窺えた。
そんなことを漫然と考えていたら自分に向かって、とてとてと近づいてくる小さな影があることにファジルは気がついた。
「やっと見つけたんですよー」
カリンはファジルのところに来ると嬉しそうな顔で言う。カリンはガイと一緒に冒険者組合に行っているはずだった。
「ガイと一緒じゃなかったのか?」
ファジルは当然の質問をする。
「ガイは鍛錬だと言っていたんですよー」
……鍛錬か。
筋肉ごりらは筋肉ごりららしく、どんな時でも鍛錬を欠かさないものらしい。改めてファジルはそう思う。
冒険者組合に行ってどうだったのか気になるところだったが、それをカリンに訊くと話がややこしくなる気がした。なのでファジルは別の疑問を口にすることにした。
「カリン、よく一人で学院の中に入ることができたな」
門の前には警備の人間が立っていたはずだ。そんなファジルの言葉にカリンは、ほえーっとした様子で小首を傾げた。
「えっと、生徒のお姉ちゃんにどうしても大事なお話があるんですと涙目で言ったら、中に通してくれたんですよー」
「そ、そうか……」
門前で大きな瞳に涙をためて、お姉ちゃんにどうしても大事なお話があるんですとカリンは声を震わせてみせたのだろう。そんな少女の姿を見た門番の男性は、まるで罪を犯したかのように慌てて門を通してしまったのかもしれない。
この子はそれなりに計算ずくだったりするのでは。エクセラがあざといと表現するのも、あながち間違いではないような気も……。
ファジルがそんなことを考えていると、カリンは再び、ほえーっとした様子で小首を傾げる。
陽光を浴びたカリンの髪は、まるで黄金の絹糸のように輝いていた。その一束一束が微かな風に流されるたび、まるで空に溶け込むかのような儚さをまとっていた。
陽光に包まれたカリンの姿は、まさに天使そのものだった。その天使族という名の通り、まるで神々の使いであるかのように美しい。
あまりに可憐で、そして神々しさを漂わせるその姿。気がつけば不意に涙がこぼれていた。あざといなどと思ってしまった心の醜さが洗われるような気さえしてくる。
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