勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

勇者の根源とは……では、誰が勇者を殺すのか
yaasan y
yaasan

圧倒的

公開日時: 2025年2月14日(金) 09:55
文字数:1,933

 その時、エクセラには嫌な予感しかなかった。腕の中で動くことがなくなった師匠を大地にゆっくりと寝かせた後、ファジルが勇者に向かってゆらりと立ち上がった。その顔には表情というものが何も浮かんでいない。

 

「駄目! ファジル!」

 

 悲鳴のような声でエクセラは叫んだ。

 

ロイドの長剣がファジルの前で一閃した。

ひと呼吸を置いて、ファジルの胸から鮮血が吹き出す。それを目の当たりにして、自分のものとは思えないようなエクセラの絶叫が周囲に響き渡る。

 

 絶望的な絶叫を放ちながらも、エクセラは背筋に悪寒を感じた。その感覚に促されるようにして、エクセラは上空に視線を向けた。

 

 エクセラたちのほぼ真上に見たことがない青白い魔法陣が出現している。青白い魔法陣は不気味な輝きを放ち、周囲の空間が歪むように波打った。

 

 エクセラは反射的にマリナに視線を向けた。マリナは既に呪文の詠唱を終えている。上空に翳すように握っていたマリナの杖が振り下ろされた。

 

 防御魔法を!

 

「カリン!」

 

 駄目! 間に合わない!

 カリンの名を叫んだのと、エクセラがそう思ったのはほぼ同時だったかもしれない。

 

 だが、上空から降下してきた渦巻く炎はエクセラたちに届かなかった。気がついた時には大地に倒れているファジルも含めて、エクセラたちは薄い緑色の半透明の球体に包まれていた。

 

 マリナが激しく舌打ちをするのが聞こえた。隣りで聖職者のグランダルが、そんなマリナに何かを言いたそうな様子で顔を顰めている。

 

「凄いね、そこの不死者は。あの瞬間でマリナの魔法を防ぐ防御壁が展開できるなんて。マリナの魔法は、分かっていても防げるものではないのだけれどね」

 

「カリンさん、ファジルさんをお願いします」

 

 あまりの出来事に表情も動作も硬直していた様子のカリンは、エディの言葉で我に帰ったようだった。既に半泣きとなった顔で、カリンはファジルの元に駆け寄っていく。

 

 エクセラもファジルの容体は何よりも気になるが、今はカリンに託すしかない。そう思いロイドに視線を向ける。

 

 自分の特大魔法でこの勇者を何とかできるものなのだろうか。エクセラはごくりと唾を飲み込む。

 

「勇者とはいえ、少し横暴がすぎるようですが? どうなのでしょうか、勇者さん?」

 

 エディの言葉にロイドは微笑を浮かべて肩を竦めた。

 

「どうなんだろうね。その姿、君は不死者だね。そもそも君が……何者で、どこで何をしてきたのかは……知らないけれど……」

 

 ロイドはそこで少しだけ言葉を切る。さっきまで浮かべていた微笑はなくなって無表情となっていた。

 

 その顔を見た瞬間、エクセラは全身に鳥肌が立った。意識しないままで両手を交差させてエクセラは自分の体を抱きしめた。

 

「色々と知っていることがあるのかな?」

 

「さあて、どうなのでしょうか? ですが、不死者となる前から、勇者が横暴なことは知っていますよ」

 

 エディがこてっと顔を倒した。それを見てロイドは再び少しだけ笑顔を浮かべた。

 

「随分とふざけた骸骨のようだね。マリナの魔法は防げるかもしれないけど……」

 

 その言葉とともに、ロイドの剣が無造作に振り下ろされた。何かが割れるような乾いた破裂音を響かせて、エディの防御壁は砕け散る。

 

 エクセラは息を詰まらせた。体が硬直する。ロイドの一撃を見た瞬間、全身に冷たい戦慄が走った。圧倒的なのだ。こんなの防げるはずがない

 

「何か凄くまずいですね、エクセラさん」

 

 分かっているわよとエクセラは思う。エディにそう言われたものの打つべき手が分からない中で、エクセラたちの前に現れたのはガイの大きな背中だった。

 

 ロイドがそれを見て、少しだけ不思議そうな顔をする。

 

「剣の腕に自信があるみたいだけれど……どうなんだろうね。もしかして、勇者の僕に勝つつもりなのかい? 君には因子がないんだよ?」

 

 また因子だとエクセラは頭の隅で思う。

 因子とは一体、何なのだろうか。なぜ彼らはそれを決定的な差であるかのように、口にするのか。

 

「カリン、ファジルは?」

 

 カリンに託すと思ってはいても、ファジルのことが心配でならない。幼馴染みなのだ。少しだけ頭が弱くても、小さな頃から大好きな幼馴染みなのだ。

 

 でも魔導士である自分には、この場でできることなど何もない。さっきから駆けつけたい気持ちを必死で抑えている。

 

 そうなのだ。今は自分が勇者一行を止めなければ、皆が共倒れになってしまう。死ぬことになる。

 

 爪が食い込むほど拳を握りしめ、燃えるような赤髪を翻しつつ、エクセラはロイドを睨みつけた。

 

「何とかしないと、ファジルが死んじゃうんですよー!」

 

 背後から泣き声混じりでカリンが叫んでいる。だけれども天使族のカリンが傍にいるのであれば、大丈夫なはずだとエクセラは自分に言い聞かせる。

 

 天使族が使う神聖魔法の力は誰よりも絶大なはずなのだ。

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