勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

勇者の根源とは……では、誰が勇者を殺すのか
yaasan y
yaasan

勇者だろう?

公開日時: 2024年4月22日(月) 09:12
文字数:1,584

「カリン……」

 

 その声は震えていたかもしれない。呟くようにカリンの名前を呼んで、ファジルは彼女に視線を向けた。あまりの惨状だからなのだろう。カリンの瞳には涙が浮かんでいる。

 

 誰がこんなことを。一体、何の目的で。死傷者の数は。エクセラたちは無事なのか。

 

 様々な疑問がファジルの中で渦を巻いている。焦る気持ち。それらを辛うじて押さえ込んで、ファジルは震えて掠れる声のままで口を開いた。

 

「カリン、傷ついた人たちの手当てを……俺はエクセラたちを探しに行く」

 

「は、はい……ぼく、ぼく、頑張るのです」

 

 カリンは左手にあった倒壊している建物の方へと駆け出して行く。その後ろ姿を見た後、ファジルは改めて周囲を見渡した。

 

 多くの建物は倒壊していて、火の手が上がっている箇所もあった。無事な建物はあるのだろうか。そして何人が犠牲になったのたろうか。いや、何人が生き残ったのだろうか。

 

 誰が何の目的で……。

 そう考えたところで今は分かるはずもない。取り敢えず今はエクセラたちの安否を確認することが先決だ。

 

 ファジルはそう思い直して一歩を踏み出そうとした時だった。ファジルの眼前にある空間が突如として揺らぎ始めた。

 

 ……空間転移。

 目にするのは初めてだったが、そういった魔法が存在することは知っていた。やがて揺らぎの中に三つの黒い影が現れた。ファジルは腰にある長剣の柄に無言で手を伸ばす。

 

 揺らぎの中から現れたのは勇者一行だった。揺らぎの中から一歩を踏み出した勇者のロイドはファジルに目をくれることもなく、厳しい顔つきで左右を見渡している。

 

 次いで魔導士のマリナと聖職者のグランダルが姿を現した。グランダルは大きく顔を顰めながら左右を見渡しているロイドに向けて口を開いた。

 

「無茶を言う。事前の準備もなしに空間転移することがどれほど大変で、どんなに危険なことか……」

 

「緊急事態のようだったからね」

 

 そんな苦言もロイドには大した感銘もなかったようだった。そうあっさりと言葉を具ランダルに返すと、今度はファジルに深緑色の瞳を向けた。

 

「君は……」

 

 ロイドはそう言ってその顔に笑顔を浮かべた。

 

「本当に君とはよく会うね。その様子では無事だったんだね。流石は冒険者といったところなのかな。大したものだ」

 

 勇者からの少しだけ場にそぐわないような賞賛の言葉にファジルはごくりと唾を一つ飲み込んだ。

 

 黙っているファジルを見てロイドが再び口を開いた。

 

「酷い状況だね。巨大な魔力の発生を感じて来たのだけれど、少し遅かったみたいだ」

 

「一体、誰がこんなことを……」

 

 ファジルの言葉にロイドは心の底から不思議そうな顔をしながら小首を傾げた。

 

「魔族に決まっているだろう? 人族に対してこんなに酷い真似をするのは魔族しかいない」

 

「……魔族」

 

 今度はファジルの言葉にロイドは大きく頷く。

 

「奴らは人族を殺すことに何の躊躇いもないからね。だからこんな大量虐殺といった真似もできるのさ。もっとも、こんな惨状が起こったのは久々なのだけれども」

 

「……止められなかったのか?」

 

 言葉の意味が分からなかったのかロイドが再び小首を傾げた。

 

「勇者だろう? 人々を守るのが勇者だろう?」

 

 ロイドはあからさまな大きな溜息をついてみせた。

 

「君はやっぱり以前から大きな勘違いをしているね。僕は確かに勇者だ。でも、厳密に言えば人族を守るために存在しているわけじゃない。前にも言ったように人族から魔族を退けるために勇者は存在しているんだよ。もちろん魔族を退ける過程で人族を救うこともあるかもしれない。でもそれは過程途中の結果でしかない事象なのさ」

 

 詭弁。それはファジルにとっては詭弁でしかなかった。

 

「ふざけるなよ……」

 

 怒りを込めて短くそれだけを言うと、ファジルは長剣の柄を握る。しかそれを押し留めるように背後から伸ばされた手があった。

 

 背後から伸ばされたその手は長剣の柄を握るファジルの手を上から包み込む。

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