ジアスたちが何でそんな真似をするのか。何を守ろうとしているのか。
魔族に関わってはいけないのは分かるが、だからって何でこのようなことをする必要があるのか。
何も分からない。でも理由は分からなくても、自分たちの仲間をあんな無慈悲に殺す必要なんてない。
あのときの若者……ボリスという名前だったはずだとファジルは思う。少し話しただけだが、悪い奴には思えなかった。少なくとも仲間に問答無用に殺されても仕方がないような者ではなかったはずだ。
そこまで考えていたら、次第に腹が立ってきた。
「誘ってるつもりなのか? 何だかよく分からんが……」
ジアスはそう言うと視線をファジルの背後、斜め後ろにいるカリンに向けた。
「お前に勝算があって、その構えは俺を誘っているとすれば、それに付き合う必要はないよな。まあ、こちらとしては、別にお前の命だけを狙ってるわけじゃないのでな」
「……え?」
嫌な予感がする。瞬間、ファジルの血の気が引いた。
上段で構えをとっていたジアスの長剣が下段へと何もない宙で振られる。
……斬撃?
防げるのか?
そもそも衝撃波は見えるはずがない。仮に見えたところで、師匠の斬撃を剣で弾けるものなのか。
「ファジル!」
カリンの今にも泣き出しそうな声が響く。
気づけば体が勝手に動いていた。斬撃でジアスが狙うとすればカリンの首、もしくは心臓がある胸だと考えるのが妥当だった。
どちらかは分からない。考えても分かるはずがない。ならば分からないことは考えない。ファジルにとっては明確な理屈だ。
ファジルは背後にカリンを置いて片膝をつけた。そして、自分の眼前で長剣を両手で握って構える。
ジアスならカリンの首を狙うはずだ。根拠なんてない。その選択が外れたらといった恐怖を感じる前に、ファジルが握る獅子王の剣に衝撃が加わった。斬撃が空気を切り裂く音がする。
ジアスが放つ衝撃波。さすがに獅子王の剣が両断されることはないだろう。そうは思ったものの、剣が両断される前に眼前に差し出している獅子王の剣が、両腕ごと持っていかれそうな勢いだった。
剣が弾かれれば、全身で衝撃波を受ける。結果は火を見るより明らかだ。だが衝撃波が長く続くことは基本的にない。どちらかと言えば、それは一瞬に近いはずだ。
ならばこの瞬間さえ乗り切ればいい。
ファジルは奥歯を噛みしめ、跳ね上がる獅子王の剣を必死に押さえ込む。
「……何だ? 柄にもなく、苦戦してるのか?」
大剣がファジルの眼前に振り下ろされる。それと同時に、獅子王の剣を押さえつけていた圧力が霧散する。
「……ガイ」
そう呟くファジルを見てガイは両肩をすくめた。
「何て顔をしてる? それが勇者になりたいとかって、おかしなことをいつも言っている男の顔か?」
余計なお世話だとファジルは思う。別におかしなことを言っているつもりはないのだ。単にその気持ちが皆に伝わっていないだけだ。そう思いながらも反論しないファジルに、ガイは再び口を開いた。
「覚悟を決めろ、弟弟子! でなきゃ皆が死ぬだけだ!」
「……そっちはどうなった?」
「あ? 三人とも黒焦げでぶった斬られているよ」
ガイはそう言うと大剣の切先をジアスに向けた。
「師匠、俺の弟弟子をあまり虐めるなよ?」
「どいつもこいつも師匠、師匠とうるさいな。全員、お前が斬ったのか?」
それまでとは変わって、ジアスの表情が険しいものとなる。
「俺が斬ったというよりも、先に黒焦げになったというのが正解だろうがな」
ガイはそう言い、再びファジルに視線を向けた。次の瞬間、低く野太い声が響いた。
「いい加減に腹を括れよ、弟弟子! こいつは勇者ごっこじゃないんだ。お前がそんな甘いままだと、この先、エクセラもカリンも死ぬぞ? 相手は仲間を躊躇なく殺せる連中だからな」
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