弟弟子、弟弟子とうるさいんだよとファジルは思う。自分は勇者ごっこをしているつもりはない。そもそも筋肉ごりらのくせに、さっきから偉そうなのが気に入らない。
「下がってろ、ガイ。師匠は俺が斬る。俺は勇者になりたい男だからな。俺が皆を守る」
その言葉に一瞬だけファジルの顔を見た後、ガイは軽く頷いた。
「ファジル!」
「ファジルー」
背後からエクセラとカリンの心配そうな声が聞こえる。
「さっきのガイさんの言葉に、私の名前が入っていないのが悲しいですね」
エディの素っ頓狂な声も聞こえてくる。
覚悟が足りなかったと言うつもりはないが、きっとそういうことなのだろうとファジルは思う。
悔しいが、ガイの言葉を認めるしかない。ファジルは獅子王の剣の切先をジアスに向ける。
「師匠、皆を傷つけるなら、俺が斬る」
ジアスは意味が分からないといったように首を傾げた。
「頭が……とは思っていたが、その通りだな。お前が師匠の俺に勝てるはずがないだろう。今までのやり取りでまだ分からないのか?」
「俺の頭がどうだろうと余計なお世話だ。それに俺の師匠じゃないんだろう? 剣の構え方ぐらいしか教えなかったって、さっき言ってたぞ?」
「屁理屈をこねるな……」
言い返されて怒りを覚えたのだろうか。その口調には怒気が含まれていた。
「エクセラ、カリン、ガイ、エディもだ。手出しはするなよ!」
「ちょっとファジル、大丈夫なの?」
皆の気持ちを代弁するようにエクセラが言う。その声は微かに震えているようだ。
ファジルは背後のエクセラを一瞬だけ振り返る。エクセラの瞳には心配と信頼が入り混じった複雑な色が宿っていた。
「大丈夫」
特に根拠はなくてファジルは反射的に返事をする。しかし、強がっているつもりはファジル自身にはなかった。
「まあ、お前がやるって言うんだ。止めはしねえよ……もし死にそうになったら、俺が助けるだけだ」
ガイは軽く笑いながら言っているが、その拳は強く握りしめられていた。
皆を守る。
先程、自分が口にした言葉だ。言葉にするのは簡単だ。しかし、師匠を相手に本当にそれができるのだろうか。頭の片隅に一瞬だけそんな弱気な思いが浮かぶ。
だが、ファジルはそんな弱気な思いを全力で打ち消した。ここで自分が引くわけにはいかないのだ。
確かに師匠であるジアスは強いのだろうとファジルは思う。
だが、火蜥蜴と比べてどうなのだろうか? 黒竜と比べてどうなのだろうか? 魔獣だけではない。ガイと比べてどうなのだろうか? 勇者のロイドと比べてどうなのだろうか。
「……師匠、答えは明確なんだ」
ファジルは剣を左下段に構えた。
「言ってることも、その構えも意味が分からねえぞ?」
ジアスが上段に構えていた長剣を振り下ろした。
「ファジル!」
背後でエクセラが叫ぶ声が聞こえた。斬撃が空気を切り裂く音が聞こえる。ファジルは全身の筋肉を緊張させる。そして限界と思えた瞬間で、下段から右上段に向かって獅子王の剣を振り上げた。
鈍い衝撃が腕に伝わる。この感触、間違いない。ジアスが放った斬撃を受け止めて弾いたのだ。
驚愕しているのだろう。ジアスの両目が見開かれている。
「大したもんだな」
そんなガイの言葉が聞こえる。ファジルは一気にジアスとの距離を詰めた。驚愕の表情を浮かべたままでジアスが上段から長剣を振り下ろした。その速度は風すら斬り裂くかのようだった。
だが……。
「……師匠、遅いよ?」
再び下段から上段へとファジルは長剣を走らせて、ジアスが振り下ろした長剣を弾く。
火花が宙を舞い、甲高い金属音が響いた。
ジアスの長剣を跳ね上げたファジルは、長剣を一気に振り下ろす。
ジアスの両目がこれ以上ないぐらいに見開かれた。胸から溢れる鮮血とともにジアスの体が仰向けになって大地に投げ出される。
「ファジル!」
「ファジルー!」
エクセラとカリンだった。ファジルは大きく息を一つだけ吐き出して、背後を振り返る。
こんな時にどんな顔をすべきなのだろうかとファジルはふと思った。よく分からなかったが、仲間を安心させなければならないのだろうと思って微笑を浮かべる。
「お? 余裕の笑みか? だが、大したもんだ。流石、俺の弟弟子だ」
ガイがファジルの微笑に応えるようにして、笑顔で片手を上げている。
……何だか微妙な絵面だった。
あっちでごりらが嬉しそうに笑っている。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!