王国の最も西にある街、アルギタ。
街の規模はそれほど大きくはない。村に毛が生えた程度のものと言ってもいいのかもしれない。ただ他の街や村と違って異質なのは、街のすぐ外に巨大な城壁があることだろう。
見上げるほどに高く聳えるこの城壁は、アルギタの街を取り囲んでいるわけではなかった。巨大とも言えるこの城壁は街から見渡して左右遥か地平線まで続いている。
……人族の地と魔族の地を分ける巨大な城壁。
この高く聳え立ち、人族と魔族の地を断ち切るまで長く続く城壁を人族は数百年をかけて造ってきた。その城壁にはどこにも城門などはない。あるのはどこまでも続く灰色の巨大な壁だけだ。
「ほえー」
カリンが可愛らしい口をあんぐりと開けて聳え立つ城壁を見上げていた。この城壁を越えられる者は翼を持つ者以外にはいないと評される城壁だ。そういう意味では背中に翼を持つ天使族のカリンであれば、この城壁すらも難なく越えることができるのかもしれない。
それにしても確かに凄い城壁だとファジルも改めて思う。だがこの城壁をこつこつと数百年もかけて、よくもまあ作ったものだとの思いの方がファジルの中では強かった。
それほどまでの長い時をかけてまで人族は魔族の地を分断したかったのか。それとも、それほどまでに魔族が人族にとっては脅威だったのか。もしくはその両方ということなのだろうか。
魔族の脅威というものを直接的には知らないファジルとしては、実際に城壁を目にすると呆れるといったような思いの方が強いようだった。
魔族の脅威を知らない……いや、違うのかとファジルは思う。
あのバルディアの惨劇。バルディアの街が壊滅したのは魔族によるものなのだ。
だから魔族の脅威を知らないというのは正確ではないとファジルは思い直す。しかし、それでもこの城壁を見るとここまで必死に魔族を分断、あるいは隔離しようとする人族に呆れるような気持ちを抱くのは何故なのだろうかとファジルは思っていた。
そんな呆れるような気持ちを抱いてしまうこと自体、自分自身がまだ魔族の脅威を身近な脅威として受け止めてはいないからなのだろうか。
ファジルがそんな袋小路のような思考の淵に沈みかけた時だった。
「ちょっと、何を真剣な顔をしてるのよ。お腹でも痛いの?」
何で自分が真剣な顔をしているとお腹が痛いことになるんだ。
そんな文句の一つでも言おうと、エクセラに顔を向けたファジルだったが、意外に真剣な彼女の顔を見てファジルはその言葉を飲み込んだ。どうやらエクセラは本気で自分を心配しているらしい。
「いや、大丈夫だ。何でもない。ただ、よくもまあこんなに高くて長い城壁を造ったものだと思っていただけだ」
エクセラも同意をするように大きく頷いた。
「そうね。話には聞いていたけれど、実際にこれを見ると感心するわよね」
「数百年という長い年月をかけて人族が造り続けてきたものですからね。強度な対魔法処理もされていて、まさに難攻不落の城壁ですね」
エクセラの隣で、骸骨の風貌を隠すために奇妙ともいえるような仮面をつけているエディがもっともらしく言っている。そんなエディにファジルは顔を向けた。
「長い年月をかけてこんな物を造らなければいけないほど、人族は魔族を恐れているってことか?」
「いや、逆だろうな」
そう言ったのはガイだった。ガイは更に言葉を続ける。
「魔族が嫌いでその地を自分たちから分断するためにこれを造ったってところじゃないか?」
「さて、どうなのでしょうか。その両方という気もしますね。ただいずれにしても、人族にとって不倶戴天の敵は魔族。それは遥か昔から変わっていないですからね」
エディがどれほどの時間を存在してきたのかは知らないが、彼の背景を考えるとその言葉には妙な重みがある気がする。
「ほえー。これではあっちからも、こっちからも来られないですねー」
まあそのための壁なのだからとファジルは思う。この子はこれが何のための壁なのか分かっているのだろうか。少しだけ心配になってくる。
そのようにファジルたちがそれぞれの思いで城壁を見上げていると、声をかけてくる者がいた。
「観光か? こんな街に珍しい」
ファジルが背後を振り返ると三人の武装した男たちが立っていた。その出立ちからアルギタの街に常駐している騎士団のようだった。
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