「おや? 師匠は何かもの凄く驚いた顔をしていますね。魔法は人族だけのものではないのですよ。人族の手を離れていれば、それはそこで独自に進化するというもの」
何だろう。エディの言葉が自信に満ち溢れている。先程も思ったことだが、いつものふざけたおっさん骸骨の面影がどこにもない。
もしかしてエディは、すごい人だったのだろうか。そう言えば、さっき不死者の王だとか何だとか言っていたが……。
……すごい人。
いや、骸骨だから人ではないのか。ファジルはそんなどうでもいいようなことを思う。
「……骸骨風情が」
ジアスが呪詛を込めるかのように憎々しげに呟く。
「やはり師匠の方が、上から目線のような気がしますね」
エディはそこで一瞬だけ言葉を切った後、再び言葉を続けた。
「あなたがどれだけ自信家なのかは知りませんが、絶対的な差というものを見せてあげましょう」
エディはそう言って横にいるファジルに顔を向けた。
「それではファジルさん、よろしくお願いします」
ファジルに向かってエディは一礼をする。
「……へ?」
言われたことが咄嗟には飲み込めなくて、ファジルは思わず間抜けな言葉を返した。
「お、俺か? 結局は俺か?」
それと同時に何だよ、この調子はいつものエディじゃないかとも思う。ファジルは気を取り直すようにして、再びジアスに視線を向けた。
「師匠、もう引いてはくれないんだよな」
「何だ、ファジル? お前もそこの骸骨と同じで上から目線だな。俺に勝つつもりなのか?」
「師匠が本当は何者かなんて、俺はどうでもいい。尊敬する師匠には違いないからな」
「師匠だ? 尊敬だ? 聞いていなかったのか? 俺は剣の構え方ぐらいしか教えてないんだよ!」
ジアスは吐き捨てるように言う。悪ぶっているだけなのだろうか。それとも気がつかなかっただけで、これがジアスの本性だったのだろうか。
ファジルには判断がつかなかった。しかし今はどう見えたとしてもファジルの中では、やっぱりジアスは飲んだくれで気のいい師匠だった。
「俺は師匠を傷つけたくない。でも、俺や仲間を傷つけようとするなら、俺は師匠を傷つける」
「あ? それが上から目線だと言ってるんだよ。最初に剣を合わせて分からなかったのか? お前の腕じゃ俺には勝てねえよ!」
ジアスが一歩を踏み込んだ。
やはり速い。ファジルがそう思うと同時に長剣の切先が顔を目がけて飛んでくる。
紙一重で避けたつもりだったが、さっきと同様に頬を掠めたようだった。鮮血が宙を舞う。どうやら今日は頬を何度も斬られる日らしい。
「ファジルー!」
カリンが不安そうな声で叫んだ。やはりあの速さではカリンが防御壁を展開するのは間に合わないようだ。
もっとも相手は師匠だとはいっても一人だけなのだ。そもそもの話として、カリンやエディの援護を期待するのは間違っているのかもしれない。
師匠を越えられないぐらいでは、勇者になれるはずもない。ファジルの中にある勇者とは、魔王も含めて全てを越えていく存在なのだから。
「カリン、危ないから少し下がっていてくれ」
「ファジルー」
カリンが今にも泣き出しそうな声で言う。
「大丈夫。勝てると思えば勝てるのさ」
エクセラにも言った言葉をファジルは再び口にした。
「ファジルー」
カリンから今度は心の底から心配していそうな声が聞こえてくる。別に強がっているつもりはなかった。勇者になりたいのだ。相手が師匠だとしても、遅れをとるつもりはなかった。
……まあ、遅れをとらない根拠はあまりないのだが。
ファジルはそんなことを考えながら、長剣を下段に構えた。それを見てジアスが不思議そうな顔をする。
「その構え……何のつもりだ?」
「いや、このほうがいいかなって……」
ファジルの返答にジアスが呆れたような顔をする。
「お前、分かってるのか? 遊びじゃねえんだ。これは命の遣り取りだぞ。お前には緊張感がねえんだよ!」
命を懸けてという緊張は感じているさ。そう言いたいところだった。実際にジアスたちはあの時、仲間だった男を躊躇うことなく殺している。
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