『ブランカ、君は冒険者だろ?冒険者は体が資本だ。そんなに痩せ細ってちゃ、いざという時力が出ないし、それが原因で死んじゃうことだってあるかもしれない。だから、しっかり食べて力を付けようよ』
僕はお金を使うことを躊躇うブランカを説得していた。ブランカは痩せすぎだ。もっとしっかり食べた方が良い。幸いお金はあるのだから、しっかり食べて健康な体になってほしい。
「でも……」
僕の言葉を聞いても、まだお金を使うことを躊躇するブランカ。
「あんた、さっきから1人で何ブツブツ言ってるんだい?」
マリアには僕の声を届けてないから、ブランカがずっと独り言を言ってるように見えたのだろう。
あ!そうだ!僕が勝手にブランカの分も注文しちゃおう。
『マリア、ステーキでも2人前頼むよ!」
「えっ!?頭に直接…!?これ、あんたの声かい?」
「クー!」
僕はマリアに頷いて見せた。
「ステーキはいいけど、ちゃんと払えるのかい?」
マリアが怪訝そうな顔で僕とブランカを見る。
「ステーキ!?そんないくらすると……」
『大丈夫だよ。お金ならある』
驚きの声を上げるブランカを無視してマリアに答える。
「本当に?」
マリアは僕の言葉か信じられないのか、ブランカに確認を取った。
「え?ある、けど……でも、ステーキなんて……」
『ほら、お金はあるんだ。ステーキを2人前頼むよ』
「本当にいいのかい?」
マリアはあくまでブランカの意思を優先するようだ。まぁ実際お金を払うのはブランカだし、当然だね。
『ブランカ、僕はステーキを食べるつもりだ。君もステーキ食べたくないかい?きっと美味しいよ?』
「あなただけズルいわよ!あたしだって食べたいのに……」
『じゃあ食べればいいじゃないか。ステーキなんて高くても大銀貨1枚程度だから、あと240回はステーキを食べられるだけのお金は持ってるんだよ?』
「え!?そんなにたくさん!?」
ブランカが驚きの声を上げた。算数のできないブランカにとって、金貨12枚というのは大金だということは分かっていても実感が沸かなかったのだろう。
『マリア、ステーキっていくら?』
「ウチは豚だから銀貨1枚だよ」
「銀貨…!」
予想よりも安かったな。でもブランカは銀貨と聞いて尻込みしているようだ。
『ブランカ、銀貨で驚いているようだけど……』
「だって1食で銀貨1枚なんて…!」
『大丈夫だよ、ブランカ。あと720回も食べることができるから。ブランカはそれだけのお金を持ってるんだよ』
「そんなにたくさん……」
数が大きくなりすぎて理解が追いつかないのか、ブランカがぼんやりとした呆けたような表情を浮かべている。
『だから1回ぐらいいいじゃないか。それでも気が咎めると言うなら、今日を特別な日にしちゃおう。今日は僕らが出会った記念すべき日だよ。僕らが出会えたことを祝おうじゃないか』
「特別な日……記念日……お祝い……」
『そうだよ。さあ、一緒にステーキを食べてお祝いしよう』
「うん……」
本心ではブランカもステーキを食べてみたかったのだろう。最終的には僕の言葉に頷いたのだった。
◇
「これが……ステーキ…!」
ジュウジュウと音を立てる大きな白っぽいお肉を前に、ブランカが緊張した面持ちで呟く。まるでこれから命を賭けたデスゲームでも始まりそうなほどの気迫を感じるが、相手は只のステーキである。余裕パクパクだ。
『さあ食べよう。僕たちが出会ったこの日を祝して』
「そ、そうよね。お祝いだもんね。食べていいんだよね」
ブランカがおずおずとナイフとフォークを手に取ると、慎重にステーキを切り分け、恐る恐る口へと運ぶ。
「はー、ふー」
口の前で一旦フォークが止まり、ブランカが目を瞑って深呼吸をする。そして目を開けると、ついに意を決したようにパクリとステーキへとかぶりついた。
「んふー!」
ブランカの歓喜の叫びが聞こえる。手足をバタバタさせて大興奮だ。どうやらそれだけ美味しかったらしい。
そんなブランカの様子を見ながら、僕はナイフとフォークを器用に使ってステーキを切り分ける。自分で切るのは、もしかしたら転生してから初めてかもしれないな。いつも巫女さんが食事のお世話をしてくれてたからなぁ……“あーん”とかしてもらってた……はぁ、巫女さんハーレムが恋しいよぅ……。
巫女さんハーレムに思いを馳せながらステーキを食べる。まぁ普通のトンテキだね。僕にとっては特別美味しいわけでもないけど、ブランカにとっては大興奮の美味しさらしい。なぜだか無性にブランカに美味しい物を食べさせてやりたくなるなぁ……。もしかしたら、僕は父性に目覚めたのかもしれない。ブランカを幸せにしてやりたくなる。
「はふはふ」
ブランカがはふはふ言いながら顔を綻ばせて美味しそうにステーキを食べる姿を見ていると、なんだかとっても和やかな気持ちになるのを感じたのだった。
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