影魔術師と勇者の彼女

~勇者に故郷を襲われたので勇者の彼女を人質に旅に出ました~
サクヤ
サクヤ

第56話 イグニア邸の円卓会議

公開日時: 2020年11月30日(月) 08:00
文字数:2,042

 翌日、目を覚ましたロイは隣を見て息を呑む。長い黒髪がシーツに広がり、整いつつも可愛らしさを併せ持つ顔がこちらを向いている。


 口は半開き、そして瑞々しい唇が酷く蠱惑的だった。


 規則正しい呼吸に合わせて強調された胸がロイの喉を鳴らしてしまう。


「ユキノ、風邪引くぞ? ……はぁ、仕方ないな」


 ロイは、はだけた寝間着のボタンを留めていく。────が、突然ロイは手を握られた。


「ふふ、ロイさんも男の子なんですね。でも、寝てる女の子にイタズラするのはダメですよ?」


 状況から見ても、ロイがボタンを外してるように見えなくもない。真実はその逆だが、起きたばかりのユキノにはそうは見えなかったのだ。


「ち、違うって! お前は寝相悪いから、いつもはだけてるんだ。その度にボタンを留めてやる俺に感謝して欲しいくらいだな」


 ユキノは目を見開いた後、少し微笑んで言った。


「うん、ロイさんってそういう人でしたよね。ありがとうございます」


「わかれば良いんだよ。さて、そろそろ食堂に行くぞ」


「はい! 今日も頑張りましょう!」


 ロイとユキノは手早く準備を整えて食堂に向かった。


 ☆☆☆


 巨大な円卓ラウンドテーブルが荘厳さを醸し出す食堂。


 ロイは基本的に時間より早く行く性格であり、ロイとユキノとその他数人が座るのみだった。そして、スタークの実働部隊代表のダートが現れた。


「ロイ殿、ユキノ殿、おはようございます。お早いですね」


「ああ、おはよう」ロイに続けてユキノも「おはようございます」と返す。


「 俺達のパーティは最低でも30分は早く来るようにしてるんだ。対策って大事だろ? 」


「素晴らしい、普通のパーティだと誰か1人は遅刻するから驚きだ」


「いいや、うちにも遅刻要員がいる。ただ俺が起こしてるから毎回間に合ってるんだよな?」


 ロイがユキノへ問い掛けると、ユキノは不満ありありな表情で答えた。


「うぅ~、たまに起きれないだけですもん!」


 ユキノの抗議を聞いたダートは笑い始めた。


「ぷっ! はははは、君らは仲が良いようで羨ましいな」


 談笑をしているうちに、他の面子も徐々に集まり始めた。初めて会う人間も、そうじゃない人間も、それぞれに応じた挨拶を交わしている。


 そして最後にこの館の主が現れた。昨日と同じく豪華な服に白衣を羽織っている。


「さて、皆さん、おはようございます。無事にここまで辿り着いた幸運に感謝します。では長い話しも正直面倒なので、まずは最大の功労者であるロイ君の目的を教えて欲しい」


 ロイは立ち上がり、そして語った。


 ・オーパーツの回収

 ・異世界人の帰還方法の模索

 ・ハルトの保護


 これらを目標として提示した。


「もちろん、これが満たせるならスタークとしてある程度の活動協力はするつもりだ」


 ロイの言葉にエイデンは頷いた。


「ギブアンドテイクってことだね。うん、こちらとしてもそのつもりでいるよ。じゃあ、影の長は何か要望でもあるかな?」


 影の一族オンブラの長、シュテンが立ち上がり、答えた。


「エイデン殿、我等を取り込むつもりで助けたのだろう? だとすれば協力という形で恩を返そうと思っている。これからよろしく頼む」


 そしてエイデンはアンジュの方へ視線を向けた。


「私達はただのアンジュとその熱狂的なファンみたいなものだから、衣食住を提供してくれるなら協力するわ」


「ハッ! 我等アンジュ様のファンでございます!」背後の元近衛騎士達が、剣で地面を叩きながら主張した。


 みんな、気圧されている。このままでは狂気的なファンになりかねない。アンジュでさえ頭抱えてるじゃねえか。


 これで影の一族、ロイのパーティ、王国の精鋭騎士が協力関係になった。


 そしてエイデンは苦笑いしながら手を叩いた。


「まずは僕の立場を磐石にする必要がある。ロイ君への協力はそれからで構わないかな?」


「ああ、構わない」


「よし、では皆さん。話しは終わったのでご飯タイムといこうか!」


 エイデンの合図で使用人が料理の入った銀の蓋クローシュを次々と持ってくる。それらは手早く配膳された。


 ちなみにテーブルに座れなかった人間は別室に案内され、そこで食事を取ることになった。


 ☆☆☆


 ロイは銀の蓋クローシュを取って絶望した。ユキノはすぐにその理由に気付いた。


「ロイさん、私のパン食べてくれませんか? 代わりにトマトスープを私が頂きます」


「すまん、助かる」


 イグニア領の特産物は"冬トマト"であり、出された料理の半分はそれがふんだんに使われていた。

 ロイはトマトが大の苦手だった。イグニア邸に向かう間、農地に赤々と生っていたトマトらしきものを見たロイはそれが出されるとは思っていなかった。


 ユキノはロイの雰囲気から察して、トマトの使われていない料理と交換を申し出た。


「でた、正妻気取り」


 ロイの右横に座るソフィアが悪態をついた。


「わ、私はただ、ロイさんが食べられないから……」


「甘やかしたら栄養が偏るじゃない」


 言い争いの始まりを察したロイは言った。


「わかったから! 一品だけ食べる、これなら文句ないだろ?」


「……分かればいいのよ」


 ソフィアは納得し、ロイはなんとかその場を収めることに成功したのだった。

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