影魔術師と勇者の彼女

~勇者に故郷を襲われたので勇者の彼女を人質に旅に出ました~
サクヤ
サクヤ

第40話 男とロイ

公開日時: 2020年10月31日(土) 08:00
更新日時: 2020年12月6日(日) 01:54
文字数:1,823

 ロイはその場に暗殺者集団を放置して帰還の途についていた。自分たちが去ればなんとかして縄抜けぐらいするだろう、そう考えての行動だった。


 帰る途中、馬車の中でユキノがロイへ尋ねる。


「ロイさん、もしかして……姪の事を考えて生け捕りにしたんですか?」


「ああ……あの男を殺せば結局俺と同じ人間を生み出すだけだからな。もちろんこれまで殺した人間の中にも家族はいただろうが、結局のところ俺がただ嫌だってだけなんだよ」


「やっぱりロイさんは優しいんですね」


「ちげえよ。ただの……偽善者だ」


 それを聞いたユキノは馬車の中にも関わらず、ロイの両の手を包み込むように握った。


「偽善でも善です。故意に傷つけるよりよっぽどマシです!それに、小さな子供のことを考えるロイさんは素敵ですよ?」


「……そ、そうか」


 満面の笑みで語りかけるユキノに、ロイは少しだけ心臓の鼓動が早くなるのを感じた。周囲もユキノに賛同し、頷く。村に帰る間、そのむず痒い感覚にロイは頬をかきながら照れるのだった。



 ☆☆☆



 ロイ一行《いっこう》はギルドで偽のクエストだった事を報告した。どうせ信じてもらえない、そう思っていたが意外なことにすんなり信じてもらった。


 実はロイの受けたクエストは情報が書かれていた資料をすり替えられており、発行されたクエストの発行者も身元不明の架空の人物となっていた。調べればすぐにわかることなのに、計画性もなにもない安直な手法は、今すぐにでもロイを仕留めたいという表れだったのかもしれない。


 担当した受付嬢は陳謝して多額の報酬を渡してくれた。多額と言ってもハイゴブリンの時に一歩及ばない程度だ。これだけあれば次の村では2日くらいのんびり暮らしてもいいかもしれない。


「本当ですか!?えーっと、朝食もサービス付き、ですよね?」


「ああ、次の村ではゆっくりしよう。一族の禍根とはいえ、俺の責任でもあるしな。ここのところ忙しかったけど、たまには良いんじゃないかって思ってたから───」


「やったぁぁぁ!」


 ロイの言葉を遮るほどのユキノは嬉しかったのだろう。御者のパルコが速度を落として振り返るほどだ。


「とにかく、早く発つぞ」


 ここにいるべきではない。目に見えてしまえばきっと、再び、その怒りが燃え上がることだろうから……。みんなも同じ気持ちだったようで、特に反対意見もなく夕方には村を出ることができた。


 着いてその日の内に出発するのは初めてではないだろうか。パルコには無理をさせてしまうだろうが、今日は次の村に着くまでずっと走ることになる。もちろん、御者の練習も交代でしているのでパルコには合間合間で仮眠を取ってもらうつもりだ。


 サリナと保存食の下拵したごしらえをしていると、ソフィアが隣に座って手伝いを申し出てきた。


「馬車の中で作業するの、苦手じゃなかったか?」


「別に、構わないでしょ?ワタクシだって……そばにいたいもの……」


 ソフィアがそう言ったとき、馬車がガタンと大きく揺れた。そしてその結果、最後の言葉はロイに届かなかった。


「何か言ったか?」


「気にしないでちょうだい、ただの一人言だから。そ、それよりも!次の村は鍛冶が有名みたいだから投擲用の短剣でも買ったらどうかしら?」


 ソフィアの強引な話題の変え方にロイは疑問を感じたが、それ以上突っ込まずに話しに乗っかることにした。


「そうだな、ハイゴブリンの時にコレクションが一気に使い物にならなくなったからな。ソフィアにはわからないだろうな、集めて、投げて、失って……このジレンマが」


「知らないわよ、無くなるのが嫌なら聖剣投げるか回収すればいいじゃない」


「派手に魔力槍をブッパするお前にはわからないんだよ。シュッと投げてドスッと当たったときのあの快感が、な」


 ソフィアも、そして黙々と作業してたサリナさえもため息をついてロイの思考が理解できなかった。

 そんな和気藹々わきあいあいとした会話をしているうちに、少し前まで漂っていた辛気臭さは次第に薄れていった。


 その後、空が白み始めた頃、パルコが馬車で仮眠を取るロイ達へ声をかけた。


「ボス……じゃなかった。ロイの旦那!見えてきましたぜ」


「お前、心の中で俺のこと”ボス”って呼んでるだろ?」


「あ、はははは……将来なんか大きなことをしそうでさ。ついつい呼んじゃうんだよ……ま、そんなことより、あれを見てくだせえ!」


 パルコが指差した先は明るく、とても村とは思えないほど煌々と輝いていた。


「あれは?」


「鍛治の村”シミュート”鍛冶師が──最も過労死する村だ」

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