影魔術師と勇者の彼女

~勇者に故郷を襲われたので勇者の彼女を人質に旅に出ました~
サクヤ
サクヤ

第22話 アグニの搭 共犯

公開日時: 2020年10月14日(水) 12:11
更新日時: 2020年11月27日(金) 19:48
文字数:2,942

 昼休み、マナブとユキノは屋上で本を読んでいた。ユキノもあの日から本を持参している。何のジャンルか知ることもなかったが、お互いに読みにくい本を屋上で読むことにメリットを見出だしていた。


 日常的な会話を5分ほど交わしてお互いに持参した本を読む、それが2人の日課になりマナブにとっては初恋の女の子と共に過ごすことのできる貴重な時間となった。


 彼にとってユキノは空に燐然と輝く太陽、彼女に出来たら良いなと言う憧れの対象だった。

 ユキノには誰もが認める幼馴染恋人候補がいる。その相手とはまだ恋人同士ではないが、誰もがその将来を予想出来る程に仲が良かったのだ。


 "イチジョウ・ハルト"


 絵に描いたようなイケメンな上に成績は常に学年2位、学力でも顔でも敵わず、そして何より時間と言う絆においても敗北していた。


 大きな風車に戦いを挑む勇気も蛮勇も無かったマナブはあの特別な場所を共に過ごすだけで良かった。そんな状況に甘んじていた時、クラスで班決めが始まった。


 そう、『修学旅行』である。当然ボッチのマナブは中学の時と同様にお情けで余った所に入るつもりだった。だが、その覚悟が打ち破られる出来事が起きてしまった。


「イトウ君、一緒の班に入らない?」


 ユキノの声に一瞬だけクラスがざわついた。「またお節介かよ」「ペット感覚なんじゃね?」そんな声が聞こえない程に目の前の天使ユキノに釘付けにされてしまう。


「あ、え……と」


 それは、マナブにとって予想外過ぎた状況だった為に返事にもたついてしまった。

 そんな時、ユキノの背後から2人が現れた。


 片方はハルト、そしてもう1人はこの間までマナブと同類と思われていた同級生の"カタギリ・サリナ"だ。ある日突然髪を染めてきたつい最近の話題の人物。カースト上位の人間からは"地味子"と評価が低い一方で、下位の中では清純っぽく、そして容姿が高水準故に裏ランキング1位の女子だった。


「ユキノ、彼を誘うのかい?」


「うん、友達を誘ったらいけないの?」


「いや、僕は構わないよ。サリナはどうかな?」


「あ、あたしはハルトが良いなら全然……」


「じゃあ、イトウ君だっけ?よろしく!」


 そう言ってハルトは手を差し伸べてくる。まだ返事もしてないのに、しかも名前すら覚えてない相手に爽やかな笑顔で握手を求めるハルトにマナブはおずおずと握手を交わした。


「イトウ君、ありがとうね!」


「え、あ、うん。……むしろお礼を言いたいのは僕の方……」


 こっそり耳打ちしてきたユキノに顔を真っ赤にして答えるマナブ。それと同時にサリナから怪しげな視線を向けられている事に気付いた。その時は不思議に感じたが、嬉しさが勝っていたので気付けなかった。


 彼女サリナに潜む悪魔の思惑に。



 それから2週間、班が決まり、散策ルートを決める時期にユキノからそれを聞いた。


「イトウ君、私ね。ハルトと付き合う事にしたんだ~!」


「へぇ~……そうなんだ。お、おめでとう」


「うん、ありがとう!……それでね、これから屋上にはあまり来れなくなるの。ホントにごめんね!」


 その日は本の内容が頭に入って来なかった。何度か言葉を交わして彼女が帰ったのはわかるが、しばらく放心状態のままその場で空を見上げていた。


 ギィ~


 屋上の扉が開いた音でマナブは我に返った。先生かと思ったが、現れたのはサリナだった。


「イトウ、あんたこのままで良いの?」


 出身がカースト下位だからこそ、サリナもマナブもお互いの想い人を理解していた。


「良いも悪いも、元々僕には勝ち目なんて無かったんだ」


「あたしはハルトが好き、あんたはシラサトが好き、協力しあえば全てが上手くいくと思うけど?」


 つかつかと歩いてきて上から見下ろしながらさらに問う。


「行動しなさい。じゃないと何も得られないよ?」


 最初から詰んでいた。たった数ヶ月で埋まる距離ではなかった。それを行動すれば埋まると言いたげなサリナに頭にきた。そしてマナブは少しだけ嫌味を込めて返す。


「その……髪みたいに?」


「あら、知ってたの?そうよ、体育の授業の後、ハルトとその友達が話してたのを聞いたの。『僕は黒髪より若干金髪の方が好みだな~』って言ってたのをね」


 マナブの予想では失恋したから染めた、そう思っていた。だがサリナは気に入られる為だけに3年と言う大事な時期に髪を染めたのだ。


 そしてサリナは語る。ハルトの登校時間、昼食が弁当かどうか、食べ物の好き嫌い、趣味、アドレスや番号、それ以外も含めたあらゆる情報を調べあげた事をマナブに話した。


 ユキノの為にそこまで出来るだろうか?いや、しただろうか?サリナは結果的には敗北寸前だが、最後の最後まで足掻いている。狂気ストーカーに近い所業、そしてマナブに協力を持ち掛けたのは恐らく似た者同士だったから。


「……わかった。協力するよ」


 その行動力を尊敬したマナブは悪魔の手を取ってしまった。


「助かるわ。じゃあ明日、シラサトと下校して頂戴。あなたは校門辺りでシラサトの顔を覗き込むだけでいいわ。ハルトは私が引き離しておくから」


「え、それだけで良いの?」


「ええ、頬に手を添えてくれたら上出来だけどね」


 きっとここがマナブにとって分岐点だったのだろう。だけど齋は投げられてしまった。




 次の日サリナの指示を完璧にこなし、近くの公園でサリナと合流することにした。


「夕食から消灯まで自由時間でしょ?その間にあたしがハルトを呼び出して落とすわ。この画像を使って……ね」


 映し出されていたのは男子がユキノにキスをしている様に見える画像だった。上手く相手マナブの顔がわからないようにユキノの後ろから撮影されていた。


「でもこれって逆にシラサトさんって分かりにくいんじゃ……」


「あんた、本当にシラサトが好きなの?右手の鞄にキーホルダー付いてるでしょ?それはシラサト手製のぬいぐるみよ」


「う、確かに……これは知ってて当然の情報だったかも」


「まぁ、いいわ。旅行から帰って仲がこじれてる間にあなたが相談に乗る振りして落としなさい」


 修学旅行当日、計画通りにはならなかった。縁結びの神社でお参りをしている最中に異世界転移したからだ。


 そこからは計画を異世界で実行したこと以外はユキノに聞いた内容とほとんど同じだった。王様から武器を渡され、勇者と担がれ、王国の傀儡となって戦い、そして現在に至る。


「──って事です」


「……そうか。ユキノ、お前はそれを聞いてもまだコイツを生かしたかったんだな?」


「はい、ですが私よりもロイさんの方が……その、家族も亡くなってますし……」


「俺は──暗殺任務をたまに受けて、誰かと結婚して、子供を作って、そんな漠然とした未来を思い描いていた。何かに対する使命とか、生きざまとか、そんな熱意も別に無い。漠然とした未来を奪われた俺は生きる意味を見出だすことを迫られた。だから復讐を生きる意味にしたんだと思う。少しの間だけどお前と旅をして、聞き流してた両親の言葉の意味が段々わかってきたんだ」


 色々な言葉を両親は遺したけど、用は「近しい者の笑顔を守りなさい」そう言う事なんだと思う。


「許せる努力もする。だからマナブ、お前は償える何かを探せ」


「ロイさん……いや、ボスと呼ばせて頂きます!僕はあなたについていきます!」


「……はぁ。わかった、ついてこい!子分」


 こうしてロイのパーティは探索を再開したのだった。

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