影魔術師と勇者の彼女

~勇者に故郷を襲われたので勇者の彼女を人質に旅に出ました~
サクヤ
サクヤ

第30話 南から北への旅

公開日時: 2020年10月20日(火) 08:21
文字数:2,328

 ロイが尋問を行った結果、王都でのお粗末な手配書はわざとであったことが判明した。

 あのまま油断して王都に滞在していればきっと見付かっていたかもしれない。


 夜とはいえ、自身がサリナをお姫様抱っこで疾走したのは間違いだったかもしれないとロイは少しだけ行動を改める事にした。


「それで、この2人どうするのかしら?」


「ボス、もしかして殺すのですか?」


「取り敢えず、武装解除だ。装備はユキノ、お前の"アイテムボックス"に収納だ。もう1人は重症だから"リジェネレイト"も頼む  」


 ユキノはコクコクと頷き、ソフィアに胸を刺された男の治療を始める。無傷な男の方はマナブが追加の縄でさらに縛った。


「ソフィア、ちょっといいか?」


「あら、何かしら?」


 ロイはソフィアを誘って馬車の裏まで誘導し、ソフィアの右手に着けているウエディンググローブにも似た白い手袋を脱がした。


「これは何だ?何でこんなに腫れてる?」


 指摘されたソフィアはそっぽを向く。ソフィアの右手は真っ赤に腫れており、最初にソフィアが刺した男はそれが原因で命が助かっていた。


 ロイが"シャドーポケット"から軟膏やポーションを取り出すとソフィアが抗議の声をあげた。


「ポーションならもう飲んだわよ。骨も完治してるし、あとは腫れだけ引けば終わりよ?」


「それで殺し損ねたんだろ?」


「そうね、でもあなたはさっき"生かす"指示出してたから良いのではなくて?」


 ロイはポーションと軟膏を合わせて使い、その上から影の帯を優しく巻き付けた。


「俺は正義の味方を気取るつもりはない。生かしたいと思えば生かすし、殺したいと思ったら殺す。だからマナブもサリナも生かしたんだ」


 襲ってきた連中はロイの胸先三寸で殺される。異世界において相手が殺そうとするのなら殺されても仕方ない、むしろ気持ち次第で生かそうとするロイは冒険者の中でもかなり甘い考えだった。


「不調はなるべく隠さないでくれ、予測のつかない要素は可能な限り無くしたいんだ」


「暗殺者の村で育った子供とは思えない言葉ね。でも……わかったわ。次からきちんと報告するわね」


「暗殺は副業だ。本業は"オーパーツの守護"なんだよ、わかってるだろ?」


「ねえ、ロイ?この手、カイロの手斧を弾いた時に負った怪我なの。今のワタクシでもこの様だから、あなたは無謀な戦いはしないで」


「わかってる。俺も気を付ける……それと、アグニの塔で助けてくれて、ありがとな」


 ロイの為に生きてきたソフィアにとって、当たり前過ぎて感謝されるとは思ってなかった。それ故に少し驚き、そして微笑んだ。


「どういたしまして。あ、ロイ……この治療、定期的に頼んでいいかしら?ヒンヤリしていて気持ち良かったわ」


 ロイはわかったと返事して影を格納し、みんなの元へと戻って行った。その背中を見送りつつ、ソフィアは村長から貰った"黒い指輪"を3つ掌で転がす。


「また渡しそびれたわ。案外、ワタクシも乙女なのね……」


 ソフィアはそれらをポケットに入れてロイの後を追った。


 ☆☆☆


 一行は帝国を目指して道なりに北上する。ソフィアの話によれば、エイデンと言う貴族が"国家間塔攻略競争"を防ぐ手立てがあるとのこと。


 ロイ一行は交代制で御者の隣に座り、警戒を行う。もちろん、御者はエイデンの配下なのでスタークの一員である。


 ロイは御者の隣から後ろを振り向いて馬車の中を見る。


 マナブはこの世界を知るために歴史書やギルドが配布する"初心者のススメ"を熱心に読んでいる。


 ユキノは毛布を被ってスヤスヤ寝ている、まるでスライムのようなヘラヘラした顔だ。


 ソフィアは膝の上に槍を横たわらせて瞑想に入っている。俺やユキノと違って"浄化" が遅いから暇さえあればこうして瞑想をするのだと言う。


 サリナは仮眠を交えつつ、非常食を作っている。元の世界で料理を猛特訓する仮定で得た技術らしい。ハルトの好きな女性像が"料理ができる女性"だったから即座に覚えたようだ。


 ロイはユキノを見て思う。


 ユキノは……料理出来なかったはずだ。俺が教えてなんとか最低限のものが作れるようになったんだ。ま、俺自身がプロクラスと言うわけじゃないが。一体ハルトの理想とは何だ?


 そこでロイは1つの可能性に気付く。


 俺の村でもイケメンが得意気に『俺はこう言う女が良いな!』と話してるのを聞くが、サリナはもしかして、それを全てばか正直に信じたのだろうか……。


 ああ、なるほど……サリナは真っ直ぐな女なんだな。


 ロイが少しだけ笑みをこぼすと、サリナは不機嫌そうな顔でロイを睨む。


「ニヤニヤして気持ち悪い。こっち見ないで」


「いやな、サリナの事が少しだけわかった気がしてな」


「気安く呼ばないで、それとアンタなんかに知って欲しくないし」


「いやいやそうはいかない、サリナと俺達は今や同じお尋ね者で尚且つパーティだろ?信頼は戦闘で必要になるぞ?」


 ロイが"サリナ"と呼ぶ度に機嫌が悪くなっていく。それでもロイは果敢に挑んでいく。が、それも遮られることになった。


「ロイ、ビッチ、うるさくてよ?ユキノが起きちゃうでしょ?」


 ロイはやれやれとジェスチャーをして前へと向き直り、サリナは"ビッチ"と呼ばれて一瞬ソフィアを睨んでから作業に戻る。すると、御者が話し掛けてきた。


「ロイの旦那、怒られちまったな」


「はは、ちょっかいかけたくなるんだよ……ああいうタイプにはな。それよりパルコ、寝ずに走らせて悪いな。次に村か街に着いたらそこで宿を取ろう、そこでエールでも奢るよ」


「へへ!ありがてえ!マナブみてえに俺っちも"ボス"って呼ぼうかな」


「やめてくれ、ボスは1人で充分だ」


 王都から数時間、休みを挟んではいたが、御者のパルコも疲れ始めていた。ロイの提案により、約1時間後に近くの村へと辿り着いた。

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