影魔術師と勇者の彼女

~勇者に故郷を襲われたので勇者の彼女を人質に旅に出ました~
サクヤ
サクヤ

第17話 アグニの塔 前夜

公開日時: 2020年10月12日(月) 17:10
更新日時: 2020年11月27日(金) 19:31
文字数:2,509

 アグニの塔が解禁される時期になると、腕試しに新人冒険者が集まってくる。ゴブリン等の低ランクの魔物しか相手にしたことがない人間ばかりなので、自身のランクアップや初パーティーの連携合わせ等の様々な用途に用いられてきた。


 前日になると入口付近に多数のテントが陣取る光景は風物詩となりつつある。

 例に漏れることなくロイ達もテントで過ごしていた。




 アグニの塔、火属性の魔素が多く放出されないように女神によって栓をされた土地。

 オーパーツを用いればその栓は外され世界に再び火の魔素が溢れる事になる。


 レグゼリア王国は火の魔素を大量に消費する魔道具の使用が可能になり、財政難は確実に打破される。

 しかし、王国程ではないが他国にも火の魔素が行き渡る為、世界全体の軍備拡大に繋がってしまう。


 ……と、ロイはユキノに懸念を吐露していた。


「せせせ、戦争になるんですか!?」


「すぐにではないが、何かの切っ掛けで戦争は始まるだろうな」


「それに加えて魔神も復活するんですよね?」


「正直な話し……わからん。魔神復活論が多勢だが俺の村《オンブラ》では『黄昏の到来』と言う説も文献として残ってた」


 ユキノは顔を青くしながら言った。


「私、封印解放で世界は豊かになって、魔神も楽に倒せる……簡単に思ってました」


「お前達《異世界人》に与えられてる情報は都合の良いものばかりだからな」


 ロイはそう言いながらテントの外に出ようとする。


「ロイさん、どこか行くんですか?」


「アイツらのテントの位置を確認するだけだ。そんなに離れねえよ」


 絶対に誰も入れるな。ユキノに言い付けて周囲を散策した。ざっと見る限り、テントの数は20。

 例年通りの数らしいが、一際異彩を放つテントを見つけた。


 他のテントより少し離れた位置に明らかに装飾過多なテントが鎮座しており、周囲を歩く他の冒険者の奇異な視線を集めていた。


 そして、中からメガネを掛けたマッシュルーム頭の男が出てきた。

 そいつの名はマナブ……ロイはその姿を確認すると、暗殺で学んだ技術を使って尾行することにした。



 ☆☆☆



 ハルトに寄り添うようにサリナは座り、マナブの提案を真剣な面持ちで聞いていた。


「パーティを分割する?」


「ああ、正直俺らが同時に戦うと動きにくいだろ?」


 マナブの提案は『パーティの分割』、いきなりの提案にハルトは驚いたがよく考えるといつも交代交代こうたいごうたいで戦っていた。


 ハルトはサッカー部キャプテン、サリナはテニス部のエース、マナブは将棋部部長、3人ともゲーム等する暇もなく学校生活を満喫していた。


 どちらかと言えば異世界人の中では、帰宅部で平均的にゲームをするユキノが最もオタク文化に詳しかった。


 当時のユキノは強く言うことができず、ゲームにおける役割《ロール》の意味も知らないハルト達は互いの攻撃が邪魔になるからと、交代で敵の相手をする手法をとっていた。


「それで、パーティを分けるとして仲間はどうするんだい?」


「仲間か……俺としてはいらねえけど、飯の用意とか道中の案内とか面倒だからな。適当に見繕うさ。俺のパーティはオーパーツが無いからな、お前のサポート役をするさ。サリナは、ハルトに付くんだろ?」


 それまでハルトにうっとりとした顔を向けていたサリナがようやく口を開いた。


「そうね、当たり前でしょ?あんたは……仲間の目星ついてるみたいね」(頑張ってユキノを捕まえなさいよ)


「ああ、一応……な」(魔素が濃くて分かりにくいけどゴーレムの索敵に一瞬引っ掛かったからな。ユキノは近くにいるはず)


 意味ありげな視線を交わしたあとマナブはテントを出てユキノを捜し始めた。

 適当に歩くこと数分、マナブは思ったより離れ過ぎた事に気付いて引き返そうとしたその時。


 シュッ!!


「あ、ぶね!短剣?……はは!俺を狙うなんて命知らずだな?出てこいよ!」


 だが、襲撃者はマナブの挑発には乗らずに沈黙を貫いている。相手の対応に少しだけ苛立ち、戦闘体勢に入った。


 "スキル・ゴーレムクリエイト"


 5体の2m級ゴーレムが敵の隠れているであろう木を取り囲んだ。


 これがマナブの禁書・グリモワールの特性『召喚コスト極低減』、これにより最大5体までの同時召喚が可能になった。


「死ねえ!!」


 ゴーレムが一斉に木を殴り付ける……が、そこには"何もなかった"。


「どこに行った!」


 その言葉を発したと同時に肩に痛みが走った。別方向から飛んできた短剣が刺さっていたのだ。


「──ぐぅッ!」


 辺りを血眼になって探すがテントから離れているため光源は少なく、日本では柳の木が幽霊に見えてしまうが如く、周囲の枯れ木が襲撃者に見え始めていた。


「クソッ!クソッ!クソッ!」


 ゴーレムを分散させて次々と枯れ木を破壊するが、その度に全く違う方向から飛んできた短剣に体がダメージを負っていく。


 次第に歯がガチガチと音を立てて震え始め、枯れ木を破壊するのを中断し、自身の周囲を守るようにゴーレムを展開させた。


 ──と、その時。


「マナブ?何してんの?」


「さ、サリナ!た、助けてくれ!」


 ハルトとサリナは中々戻って来ないマナブを捜しに来ていた。


「あんたが戻って来ないから捜してたのよ。ねぇ……これ、誰がしたの?」


 当然ながらマナブの傷に気が付いたサリナは犯人について聞くが、返答は要領を得ないものだった。


「ハルトは?」


「アタシとは別の方向を捜してる。その様子じゃユキノは見付からなかったようね。で、あんたはどうするの?提案、撤回するの?」


「い、いや。俺から言い出した手前それは出来ない。暗い所に行かなければいいだけだし、それに傷付いてるユキノを癒す時間が惜しい。じっくりと俺のモノにしてからハルトに引き合わせる……それまでにお前もきちんと掴んどけよ?」


「確かに、悲しいときに慰めてくれたらアタシもキュンとくるけど……あれから時間経ってるでしょ?とっくに他の男に取られてるんじゃない?」


「だ、大丈夫だ!俺には『同郷』と言うアドバンテージがある!」


 サリナは呆れつつも、ユキノならあり得ると小馬鹿にしてマナブを立たせた。


「もう攻撃は止んだみたいだし、明かりを背にして戻るわよ」


 次の日、マナブは勇者メンバーの権威を利用してソロ冒険者を3人雇って攻略することになった。

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