影魔術師と勇者の彼女

~勇者に故郷を襲われたので勇者の彼女を人質に旅に出ました~
サクヤ
サクヤ

第91話 アルスの塔・5

公開日時: 2021年1月12日(火) 08:05
文字数:3,376

 ロイ率いるメインパーティとスタークで構成されたサブパーティは順調に塔の攻略を進めていた。


 道中の魔物は復活していたがボスは復活していない為、5階層毎に休憩を取ることができて通常の攻略よりも遥かに楽だった。


 その一点に限って言えばリディア達に感謝しても良いくらいだ。


 そして現在は20階層中、13階層を攻略している。


「ボス! 地面の黒い跡から推測するに、次は右に曲がるのが正解ですぜ!」


「……ああ、わかった」


 パルコとマナブがボスと呼んでいるうちに、スターク内で定着したのだろう。

 いつの間にか報告に来る伝令さえも"ボス"と呼び始めた。


 ロイはボスと言う呼称に対して、抗議することを諦めた。毎回訂正するのも疲れるし、そう言う空気でスターク全体が団結しているのなら、訂正は悪い方向に働くかもしれないからだ。


 ───ムギュッ!


「ねーねー、何でロイ君が斥候役をしないのー? 暗殺の訓練してたんでしょ?」


 アンジュがロイの腕に自身の腕を絡めつつそう質問した。


「俺のジョブは影魔術師だ。近接にも遠隔にもなりきれない半端ジョブだからな、こういう時は専門家に任せた方が良いんだよ」


「そっかそっかー。ふふ、ロイ君のこと、また1つ知れて嬉しいな」


 ソレイユ砦で風呂に一緒に入ってから、アンジュは露骨にロイにアプローチを開始した。


 服装は胸元が露出するように、スカート丈は膝下だったのが膝上5センチに、いつも肩を叩く程度のスキンシップも腕を絡めるほどに、最早アンジュがロイを狙ってるのは本人ロイ以外誰もが理解していた。


 それに対して女性陣の反応は様々だった。


 自己主張をあまりしないユキノは頬を膨らませて唸る、過去の出来事から遠慮がちなサリナは自身の片腕をぎゅっと握ってそっぽを向いていた。


 そんな中、パーティの風紀を正すためにソフィアがアンジュの首根っこを付かんで引き離す。


 ────ぐいっ!


「アンジュ、今はダンジョンの中ですわよ」


「イテテテテテテ、んもぅ~、ソフィアはそうやって自制してばかりだからユキノに割って入られるんだよ~」


「な、なんですって~!」


 金髪アンジュ銀髪ソフィアが火花を散らし始める。


「なぁ、アイツ盗賊も待ってるから早く行くぞ」


 ロイは2人を注意するとプイッと反対方向を向いて歩き始めた。


 ☆☆☆


 ~15階層~


「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」


 ──ギンッ!


 階段から出てすぐに横合いから剣が振り下ろされたので、ロイは聖剣でそれを弾いた。

 14階層から15階層に出た瞬間に襲われるとは思わなかった。それも魔物ではなく人間に──。


「チッ! ここからが拠点ってわけか!」


 視線でアンジュに交代の合図を送る。そしてロイは騎士を相手にせずに"シャドーシールド"を前方に張った。黒い影が入口付近を覆うように広がる。


 ──ダダダッ!


 ロイのシールドに矢が3本突き刺さる。


 騎士そっちのけでシールドを張るロイに襲撃者は剣を振る、アンジュはロイの合図通りに交代スイッチし、その騎士の腕、胴、足を回転斬りで一閃、そして騎士を蹴り飛ばす。


 騎士はただの一閃で3回斬られるとは思わなかったのだろう。壁に激突した騎士は地面に落下後、驚きの表情を浮かべながらこちらを見上げている。


 騎士としての意地なのか、腕を使って立ち上がろうとしている。しかし、両足の腱を斬られた以上はもう起き上がれないだろう。


 そしてすぐに矢の飛んで来た方向を確認するが、そこには壁しかなかった。


「弓か……迷路で扱うには不向きだが、一体どこから?」


「ロイ、ここは帝国ですわよ。闇魔術なら擬態系の魔術を扱えてもおかしくないですわ」


「それもそうだな、じゃあここは真っ直ぐ飛ばすとするかっ!」


 ロイは聖剣を次元の裏側から射出、聖剣は矢が飛んで来たであろう壁をすり抜けて何かに当たって止まった。壁は陽炎のように揺らめいたあと消え失せた。


 消えた壁の向こう側には弓を持った騎士が聖剣によって肩を貫かれ、はりつけにされていた。


「バ、カ…………な…………ッ!!」


 ロイが聖剣を手元に召喚すると、騎士は肩を押さえてこちらを睨んできた。


「そのままそこにいろ、次向かってきたら殺す」


「…………くっ!」


 念の為、サブパーティが2人を拘束して攻略を再開する。


 ☆☆☆


 その後、待ち伏せアンブッシュした騎士数人の相手をしたあと、抵抗らしい抵抗がなくなった。


 おかしい、こちらは数の上で圧倒的に不利。そして入口の襲撃を退けた段階でこちらの存在も敵に知られたはず、それなのに数でごり押ししてこない。


 魔物も騎士もいない迷路を走り続けていると、マナブが唐突に立ち止まった。そして人差し指に唾を付けて何かを確認し始めた。


「ボス……なんか空気が良くなった気がしませんか?」


「そう言えば、ダンジョン特有の埃っぽい臭いがしないな……」


 空気が? …………まさかっ!?


 あることに気付いてすぐに指示を出す。


「マナブ! 前方に壁を作れ!」


「わかりました! "石壁"!」


 マナブは土魔術でロイの指定した場所に石で出来た壁を作り出す。すると、いきなり突風が吹き荒れてパーティはすぐに石壁の裏に隠れた。


「みんな、この風には絶対触れるなよ!」


「ロイさん、この風もしかして……」


「ああ、ダートがこの階層の出口から黒い風を送ってるみたいだ」


「どうしますか? これじゃあ先に進むのは難しいです」


「いや、これはそこまで問題じゃない。魔力は有限だから長時間は風を流せない、そして奴は俺達の生存を確認する術がない。だから奴は風を定期的に止める必要があるんだ」


「じゃあ、風が止む度に進んで予兆が来たらマナブが石壁を出す、そんな感じで行くんですね?」


「そうだ、しかも風が出口の方向を報せてくれるしな」


 ロイの作戦通り石壁で防いで進む、これを繰り返すことで出口が見えるところまでたどり着くことができた。


「ソフィア、辛いなら下がっててもいいぞ?」


 次の階層への階段が見える位置、物陰から出たらダートとの戦闘が始まる。ロイはソフィアのことを考えてそう提案した。


「ロイ、気遣いありがとう。確かに辛いという気持ちもありますわ。だけど、彼を倒さなければ大勢の命が奪われることになりますわ」


「わかった。じゃあソフィア、引導を渡しに行くぞ!」


「ええ!」


 あらぬ嫌疑で処刑寸前だったダートを保護し、そしてエイデンの下で暮らした日々。それらを振り払うようにしてダートの前に姿を現した。


 久々に見たダートの容貌は大きく変化していた。顔には黒い筋が血管のように浮かび上がり、頭髪はロイやユキノのように黒く染まっていた。


 物陰から飛び出たロイ達に、ダートは驚かなかった。大規模攻撃を抜けられたというのに、ダートは落ち着いた表情だった。


「ソフィア様、やはりあなた達が来ましたか」


「ダート……何故裏切ったのかしら?」


「単純に申し上げますと、"恋慕"というものでしょうか。あなた様はいつもその男との再会を夢見て槍を振っていた。時間をかければ気持ちが傾くと考えていた。だが、あなた様が王国に行くと言い出してから、それは無理だと気付いた……」


 ソフィアは自身の腕を強く握ってダートの言葉を受け止めていた。


「恋は盲目というが、私もあなた様のことを言えたものではないですな」


「それはあの時の事を言ってるのかしら?」


 ソフィアの言う"あの時"──それはダートがリディアから借り受けた闇精霊を使って精神に攻撃を仕掛けた時のことだった。


 ダートの行動は、ロイに気付かれつつあったとは言え明らかに悪手。本来ならもっと準備をした上で行動に移すべきだ。


「無理矢理ワタクシを洗脳しても、それは意味が無いわ。ロイにもう一度会いたい、その意思を含めてワタクシソフィアなのだから……」


「そうですな……。ですが、理屈ではわかっていても無理なのが人というものです」


「あなたの気持ち、わかったわ。だけどロイの敵である以上は倒さなくてはいけない」


「エイデン・イグニアではなく、その男の為に……」


 ダートはそれ以上何も言うまいと首を振り、剣を構えたあと、騎士達を両サイドに展開した。


「ロイ、ごめんなさい。彼はワタクシに任せて欲しいの」


「わかった。俺のパーティは右翼を、スタークのパーティは左翼を担当する。頑張れよ、ソフィア」


「ええ、必ず勝つわ。その代わり、全てが終わったらご褒美が欲しいのだけど……」


「あまり高いのは無理だぞ?」


「大丈夫、ゴールドはかからないから」


 ソフィアは妖艶に微笑んだあと、ダートとの戦闘を始めたのだった。

この話が最新話となります。ここからは週二回ほどの更新となります。

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